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【第9話 侵略者】

 日本政府は、北海道の離島を一つ手放した。


 奥尻島の南南西七十キロに位置する渡島大島。日本最大の無人島を、アメリカへ無償譲渡した。奥尻島の迎撃システム構築への「思いやり譲渡」とマスコミは報じたが、国民の怒りは止まらなかった。


 アメリカは当然の権利とでも言うように、渡島大島を新たな州として開発し始めた。


 それを合図にしたように、アメリカ資本が北海道へ雪崩れ込んできた。


 上ノ国町、乙部町、厚沢部町。これまで函館まで出なければなかったマクドナルド、ケンタッキー、スターバックスが次々と出店した。テスラ・モーターズとAmazonとコストコが進出してくると、道南の田舎町は見たことのないほど賑わい始めた。いつの間にか米ドルが使えるようになり、看板の英語表記が増えた。


 地元の住民には、戸惑いと潤いが同時に降り注いだ。


 やがてこう揶揄されるようになった。江差は異世界人エリア、上ノ国と乙部はアメリカエリア、と。反米感情は国内だけでなく、ロシア、中国、北朝鮮を中心に世界規模で広がっていた。奥尻島の次はどこを狙うのかと、近隣諸国は神経を尖らせていた。


 一方で、奥尻島の自動迎撃システムはアメリカ管理のもとで安定していた。ゲートを通過しようとする異世界人を一人も許さなくなった。


 今、地上に残る敵は、江差町を実効支配している二十二人だけだ。


 その二十二人の居場所も、動きも、アメリカの衛星がすべて把握していた。江差沖にはイージス艦と原子力潜水艦が常駐し、異世界人が奥尻島へ引き返す退路も塞がれている。


 かりそめの平穏だった。



 ◆



 そんな穏やかな朝、来翔はいつものようにパン屋へ向かって歩いていた。


 肩の上の妖精が鼻歌を歌っていた。


「♪オーラバトラー♪ダンバイン〜♪」


「ネーラはいつもそれしか歌わないんだな」


「うん!ダンバインの方が好きだもん!」


 妖精——ネーラが日本語を話せるようになったのは、つい最近のことだ。


 最初の一語は「パン!」だった。来翔が毎朝パン屋へ連れて行くうちに覚えたらしい。最初は擬音なのか食べ物なのかわからなかったが、来翔がパンを買うたびに「パン!」と言うことから、食べ物だと判明した。それをきっかけに来翔は幼児向けの絵本と図鑑を買い与えた。ネーラはそれを読み込んで、驚くほどの速さで言葉を吸収していった。


 今ではほぼ日常会話に困らない。


(知能は確かに人並み以上にあったんだな)


 ネーラの名前も、本当の発音は地球人には難しいため、来翔が聞き取れるように教えてくれた形のものだ。年齢は自分でも知らないという。



 ◆



 日本語が使えるようになって、異世界の話を少しずつ聞けるようになった。


 ネーラはフェアリーで、あちらの世界ではレア種らしい。高値で売買されることもあるという。来翔を目眩しにした大男に、あちらで買われた。フェアリーは付与魔法を使えるとされていて、ネーラもそれを期待されていた。だが大男は、ネーラを育てる前に囮として使い、そのまま置き去りにした。


「あのЬЭЧっておじさんに、来翔と心を繋げって命令されたの。来翔の目を塞げって言われて……あのときはごめんなさい」


「そんなことは気にしなくていいよ。僕の仕事は敵を倒すんじゃなく、逃げて報告することだから」


 ネーラはその言葉を聞いて、少し黙ってから小さく頷いた。


 ネーラが言うには、ネーラのことが見えるのは「心が通じた者だけ」だという。大男が命令で強引に来翔と心を繋げたことで、来翔にだけネーラが見えるようになった。来翔も思い当たった。最初に大男が虫カゴを放ってきたとき、カゴの中はぼんやりとしか見えていなかった。


 付与魔法について確認すると、ネーラはレベル1のままだという。大男に買われてから育てられることなく置き去りにされたため、成長していない。レベル1の付与魔法は「軽量化(5%)」だけで、対象の重さをわずか五パーセント軽くするだけだ。


「今のところ使い道はないな……」と来翔が率直に言うと、ネーラは「うん……」と素直に認めた。


 異世界にはレベルアップの概念があることは、これで確認できた。地球側が予測していた通りだった。


 江差を占拠している二十二人は、あちらでは名の知れた盗賊一味らしい。かもめ島に掲げた旗は、彼らが属するXXX国(地球人には発音できない国名)のものだという。南の島国で、周辺の軍事国家にはまだゲートのことは知られていない。


 彼らが求めているのは、宝石などの貴金属と女、そして何より「食料」だった。


 異世界の農業は地球とまるで違う。定期的に収穫できる環境が整っていない。漁業はほぼ不可能で、沖合に出ることは海の魔物の餌になることと等しい。安定して食べられるものといえば魔物の肉くらいで、味のバリエーションは乏しい。


 そんな世界にゲートが現れた。勇気ある盗賊がくぐって奥尻島へ渡り、美味いものと豊かな暮らしを体験して帰ったという話がXXX国に広まり、ゲートは憧れの場所になった。


 幸いなのは、ゲートの存在がまだXXX国の者しか知らないことだ。周辺の軍事国家に知れれば、次に来るのは盗賊の小隊ではなく本物の軍隊になる。


 来翔はこの話を自衛隊に報告しようとした。


 だが誰にもネーラは見えない。来翔の話は精神的な疲労による幻覚として扱われた。配属間もないハンターの、ストレス反応として。


 来翔は報告を諦めた。


(証明できないなら、仕方がない)


 ただ、自分だけは知っている。それで今は十分だと思うことにした。



 ◆



 そんな平穏なある日、ワタルが来翔の仮住まいを訪ねてきた。


「来翔さん、江差奪還作戦です。また組んでもらえますか」


「もちろんです。僕の家も取り返したいですから」


 来翔の肩の上で、ネーラが「やったー!」と声を上げた。



 ◆



 江差町が実効支配されてから、約半年。


 日米共同の江差奪還作戦が始動した。


 ワタルは第一陣の突入部隊に選ばれた。同行するのは自衛隊員五名と米兵五名の計十名。米兵は全員がハンター登録を済ませてB-Class認定を受けており、来翔よりも格上の扱いになる。


 江差のバリケード前に十二人が集まり、本部の合図を待った。


 米兵の一人が、ひときわ目を引く装備を持ち込んでいた。近未来的な、光線銃のような形をした機材だ。ミスター8と名乗るその男は、それをソニック・シュレッダーと呼んだ。


 来翔はそれをじっと見てから言った。


「玩具みたいですね」


 ミスター8は来翔を見た。次に、来翔の腰の杓文字と旧式の44オートマグを見た。それから、ゆっくりと苦笑した。悪意のある言葉ではないとわかるので、怒る気にもなれないというような顔だった。


 ネーラが来翔の肩の上で、ソニック・シュレッダーを指さしてぴょんぴょん跳ねている。


「来翔、あれかっこいいね!」


「そうか?杓文字の方が実績があるぞ」


「でもかっこいいよ!」


 来翔は小声でそれだけ返して、バリケードの向こうに視線を戻した。


 江差の街が、その先にある。自分の家も、Keiワークスも、そこにある。


 本部からの合図を、十二人は静かに待ち続けた。




 






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