1章9節
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まず初めに踏み込んできたのは、正面の男だった。
無駄のない動き。
浅層にいるにしては、明らかに慣れている。
「――っ!」
ヤヒロは盾を前に出す。
ガン、と鈍い音。
片手斧が叩きつけられ、腕に痺れが走る。
重い。
だが、受け止められる。
「硬ぇな」
男が短く吐き捨てた。
ヤヒロは反撃に出る。
盾を踏み込みざまに叩きつける――シールドバッシュ。
ゴン、と鈍い衝撃。
相手の体勢がわずかに崩れた。
だが、次の瞬間――
背後から殺気。
「――っ!」
反射的に身を捻る。
ギリギリ間に合う。
ガキッ――!
衝撃。
次の瞬間、右手に持っていたレアの短槍が折れた感触がした。
「……?」
視線を落とす。
槍の穂先が、
盾の縁に触れたまま――沈んでいる。
金属が、削れる音もなく、
形を保ったまま、溶けるように盾へと吸い込まれていった。
柄も、
穂先も、
跡形もなく。
次の攻撃が来る。
盾で受ける。
ガンッ!
衝撃。
耐えられる。
盾は、確実に強くなっていた。
だが――
「囲め!」
声が飛ぶ。
左右から、同時。
今度は、盾だけでは足りない。
盾で一撃を受ける。
だが、もう一撃が――
脇腹を、抉った。
「ぐっ……!」
革鎧が裂け、焼けるような痛み。
踏みとどまろうとして、
足が、止まった。
ヤヒロ自身も、その瞬間は痛みと体勢維持で精一杯だった。
「チッ、しぶといな」
正面の男が、吐き捨てる。
両手剣。
明らかに、レア装備だ。
「盾が固いだけだ。使い手が追いついてねぇ」
踏み込み。
盾で受ける。
ガン――ッ!!
今度は、
衝撃が身体の芯まで突き抜けた。
視界が揺れ、そのまま背中から床に叩きつけられる。
息が、出ない。
勝てない。
「じゃあな。また頑張れよ」
両手剣の男が、ヤヒロの首筋に剣を当てた。
意識が、闇に沈んだ。
「……終わったな」
両手剣を下ろした男が、そう言って肩を回す。
「確認しろ」
別の男が、床を見渡す。
落ちているのは、
薬草、換金用の小物、
そして――
「……おい」
声が、険しくなる。
「レアは?」
沈黙。
誰かが、舌打ちをした。
「確かに、宝箱を開けてたはずだろ」
「短い槍だ。見間違いじゃねぇ」
「じゃあ、なんで落ちてねぇ」
袋を漁る。
床を探す。
ない。
「……クソ」
苛立ちが、はっきりと声に混じる。
「装備はドロップしねぇのは分かってる」
誰も、盾や防具を奪おうとは思っていない。
思ったところで、意味がない。
死ねば、装備は消える。
それが、この世界のルールだ。
だからこそ――
レア装備は、生きて持ち帰らなければ価値がない。
「じゃあ、あのレアはどこ行った?」
誰も答えられない。
短い槍が、
戦闘の途中で“消えた”ことに、
誰一人として気づいていなかった。
盾に触れ、
音もなく吸われていった瞬間を、
見ていた者はいない。
「……ツイてねぇ」
「時間の無駄だ」
吐き捨てるように言い、
彼らはその場を離れていった。
浅層だろうと、
命を賭ける理由はある。
だが、
報酬の乏しい戦いほど、虚しいものはなかった。
次の瞬間、
ヤヒロは自宅の天井を見ていた。
古い賃貸。
最低限の家具だけが置かれた、静かな一室。
会社を辞めると決めたとき、真っ先に引き払った社宅とは違い、
ここには他人の生活音も、規則もない。
装備は、いつも通り手元に戻っている。
盾も、防具も、傷一つなく。
――あの盾も。
地味で、
価値のなさそうな、
誰にも見向きもされなかった盾。
「……奪われない、か」
独り言が、部屋に落ちる。
この世界では、
装備は奪えない。
死ねば消え、
生きて戻った者だけが持ち帰れる。
襲撃者は、盾の異常性に気づかなかった。
レアが消えたことに腹を立てても、
原因が目の前の盾だとは、思いもしないだろう。
「……まだ、隠せてる」
安堵とも、興奮ともつかない感情が胸に広がる。
会社を辞めた。
守ってくれる集団も、身分も、もうない。
だが――
代わりに、誰にも縛られない。
この盾も、この力も、すべて僕のモノだ。
ヤヒロは、ゆっくりと盾を立てかけた。
「次は……負けない」
浅層だろうと、
ソロだろうと、
狙われる前提の世界だ。
それなら、
その前提ごと、踏み越えるだけだ。
静かな部屋で、
盾は何も語らない。
だがその沈黙が、
これから始まる本当の冒険の合図のように思えた。




