2章26節
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上層での狩りは、中層までとは、まるで別物だ。
魔物は強い。
だが、それ以上に
環境が、牙を剥く。
降り止まぬ火山灰。視界を遮る熱気。足場の不安定さ。
流れる溶岩という、常時稼働の罠。
ヤヒロは、
最初のうち、
盾を構える回数が多すぎた。
危険を感じるたび、
正面に立とうとしてしまう。
「……今のは、前に出なくていい」
ツダが、
淡々と告げる。
「溶岩の流れで、あいつの進路は限定されてた」
「ああ……」
ヤヒロは、
一歩、引いた位置に立ち直す。
守るべきなのは、
味方だけじゃない。
戦線そのものだ。
サラマンダーが、
溶岩溜まりから這い出てくる。
以前なら、焦って距離を詰めただろう。
だが今は。
「ユイ、右」
短い指示。
ユイは、何も言わず、矢を放つ。
火の鱗の隙間を貫く一射。
サラマンダーが、体勢を崩しながらも突進してくる。
ヤヒロは、前に出ない。
盾を、少しだけ傾ける。
突進が、横に流される。
そのまま、溶岩の縁へ。
「今だ」
ツダの槌が、叩き込まれる。
サラマンダーは溶岩へ落ち、光となって消えた。
「……早いな」
ツダが、ぽつりと呟く。
以前より、ずっと。
無駄がない。
無理をしない。
危険を増やさない。
狩りは少しずつ、「作業」に近づきつつあった。
サラマンダー。
ワイバーンの下位種。
灰土竜。
どれも、派手な強敵ではない。
だが、油断すれば命を持っていかれる。
それでも、三人は一度も崩れなかった。
ヤヒロは、
盾を振るう回数が減り。
盾を“置く”ようになった。
ここに立てば、敵は来ない。
ここを通せば、味方が危ない。
判断が、先に立つ。
「……強くなったな」
ツダが、
何気なく言う。
以前なら、重く響いた言葉。
だが今は。
「……まだです」
ヤヒロは、そう返した。
強くなる、とは。
前に出ることではない。
守り続けられることだ。
そして――
その気配は、
突然現れた。
熱気の向こう。
灰の中。
立っているだけで、
圧がある。
「……来るな」
ヤヒロが、盾を構える。
「待て」
ツダが、低く言った。
「敵じゃない」
その声の先。
火山灰を踏みしめ、
一人の女が、
姿を現す。
長身。
無駄のない装備。
背中に負った、
異様なまでに大きな剣。
その目が、まっすぐヤヒロを捉える。
「……」
一瞬で、わかる。
この人は――
全部、見ている。
「随分、落ち着いたじゃない」
成田八千代が、
そう言った。
ヤヒロの胸がわずかに詰まる。
「前は、もっと壊れそうな顔で盾を振り回してた」
責める口調ではない。
事実を、そのまま述べているだけ。
「今は?」
ヤヒロは問い返す。
ヤチヨは一瞬、考えるように視線を逸らし。
それから、小さく笑った。
「良い顔をしてる」
その一言で。
ヤヒロの中で、何かが
静かに落ち着いた。
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
ヤチヨは、剣の柄に手をかける。
「上層じゃ、それができるやつが一番しぶとい」
そう言って、踵を返した。
「先はまだ長いわよ」
火山灰の向こうへ、消えていく背中。
その背中に、待ったをかけた男がいた。
「ヤチヨ、待ってくれ」
「何?」
声音は軽い。
だが、一線を引く気配があった。
「合流を頼みたい」
ツダが切り出す。
「断る」
即答だった。
「上層はね、人を増やす場所じゃない」
「私は、己を鍛えるためにここにいる」
視線が、ヤヒロに向く。
「特に、無茶なことに首を突っ込むのはゴメンよ」
ヤヒロは、一瞬、言葉を失った。
それでも、一歩前に出る。
「確かに、俺たちは無謀なことをしてる」
正直な声だった。
「それでも、ここまで来た」
ヤチヨは、何も言わない。
「ユイは――」
ヤヒロが、言い淀む。
その名に、ヤチヨの眉が、わずかに動いた。
「ユイは、エリクサーを必要としてる」
ユイは、黙っていた。
だが、ヤヒロが続きを言う。
「母親が、重い病気だ」
ツダが、横で目を伏せる。
「上層のボスなら、確実に手に入る」
「……だから?」
ヤチヨの声が、少しだけ低くなる。
「死んでも最初からやり直せばいいじゃない」
ヤヒロは、拳を握る。
「間に合わない可能性がある」
ユイが、小さく口を開いた。
「……だから、行く」
短い言葉。
逃げも、言い訳も、なかった。
ヤチヨは、しばらく、
何も言わずに二人を見る。
火山灰が、静かに舞う。
「……」
やがて、ため息。
「ずるいわね」
誰にともなく、そう呟いた。
「そういうの」
視線が、ユイに向く。
「女の子が、黙って覚悟決めてる顔、反則よ」
ユイは、何も返さない。
だが、その沈黙が、答えだった。
ヤチヨは、今度は、ヤヒロを見る。
「……あんたも」
少し、困ったような顔。
「昔から、そういう目で見てたわね」
ヤヒロは、唇を噛む。
「……先輩」
その一言に、ヤチヨの肩が、ほんのわずかに揺れた。
「慕ってました」
ヤヒロは、深く頭を下げる。
「今もです」
「……」
「お願いします」
懇願だった。
「俺一人じゃ、守りきれないかもしれない」
「でも、あなたがいれば」
ヤチヨは、剣を見下ろす。
虎嘯大曲剣が、低く鳴いた。
「……ほんと」
小さな、笑い。
「後輩に弱いの、昔から変わってないわね、私」
顔を上げる。
「勘違いしないで」
指を立てる。
「合流は、条件付き」
ツダが、息を詰める。
「私は基本的に見ているだけ」
「それでも私が前に出る時は、盾は下がる」
ヤヒロを見る。
「守るのは得意でしょ?」
「なら、私が暴れる時は、絶対に死なせない」
ヤヒロは、即座に頷く。
「わかりました」
「よし」
ヤチヨは、剣を肩に担ぐ。
構えた瞬間、空気が変わった。
「じゃあ――」
口調が、荒くなる。
「上層の洗礼、受けさせてあげる」
ツダが、苦笑する。
「……助かる」
「勘違いすんな」
ヤチヨは、火山の奥を睨む。
「情と、昔の縁で、一時的に付き合うだけよ」
だが。
その立ち位置は、もう自然と四人目だった。
上層は、さらに過酷になる。
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