2章24節
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上層は、常に音があった。
火山灰が、空を削る音。
遠くで、溶岩が爆ぜる低音。
そして
「……羽音だ」
ツダが言った。
ゴーレムを倒してからまだ間もない。
しかし、上層はそんなヤヒロたちの状況など考慮してくれはしなかった。
重い。
しかし速い。
上から来る。
ヤヒロは、
反射的に盾を上へと構えた。
そして視線を上げる。
灰色の空を切り裂く影。
白いワイバーン。
翼膜は裂け、体表は煤に覆われ、
しかし火山に適応した個体。
咆哮が空気が震わす。
「今度は空かよ」
ツダが、どこか楽しそうに言う。
「……厄介」
ユイが、短く息を吐く。
ワイバーンは、旋回した。
高度を取り、一気に降下。
来る。
ヤヒロは、足を踏みしめる。
次の瞬間。
火の塊。
溶岩混じりのブレスが、
雨のように降り注いだ。
避けきれない。
ヤヒロは、逃げなかった。
盾を、頭上へ。
ただし、真正面にではない。
斜めにすべらせるように
降り注ぐ角度に、合わせる。
衝突。
ゴーレムの一撃と同じくらい重い。
熱は遮断した。
弾かれた溶岩が、左右へ散る。
背後の二人には、一滴も通さない。
「……今」
ユイが動いた。
ヤヒロの盾の陰。
ワイバーンからは完全な死角。
ワイバーンは、攻撃が通ったと誤認した。
次の瞬間。
矢が放たれる。
空中で、止まる。
一瞬。
そして
ワイバーンの体躯が跳ねた。
急角度からの、翼の付け根に向けた一撃。
頭上から浴びせられる悲鳴。
ワイバーンの姿勢が崩れ、空中で失速した。
そしてそのまま地面へ、叩きつけられる。
まだ生きている。
思わぬ一撃に激高し、目を血走らせたワイバーンの尾が、
大きく横に薙ぎ払われる。
ヤヒロが、前に出る。
盾で、受ける。
受けて、逸らす。
衝撃を、地面へ流す。
ワイバーンの動きが、完全に止まった。
「任せろ」
ツダが、前に出た。
槌を、振りかぶる。
跳躍の勢いを利用した一撃。
頭部から鈍い音が響く。
ゴギャッという
骨が、砕ける感触。
ワイバーンの体が、
もう一度跳ね、
そして、動かなくなった。
静寂。
死体には灰が、ゆっくりと降り積もっていった。
「三人じゃなきゃ無理だったな」
ツダが、槌を肩に担ぐ。
ユイは、弓を下ろし、ヤヒロを見る。
「……上も、守れてた」
ヤヒロは、息を整えながら、
空を見上げた。
空の敵。
今までは、
どうしようもない存在だった。
だが今は。
守りがある。
守り続けられる。
だから、
味方が攻撃できる。
だから、勝てる。
防御特化。
タンク役。
チームの壁。
それは、弱さではない。
この上層では
チームの成立条件そのものだったのだと
改めてヤヒロは理解することができた。
「ちょっと待て。何かおかしいぞ」
最初に気づいたのはツダだった。
ワイバーンの死体は、まだ消えていない。
倒された巨体が、
火山灰の上に横たわっている。
翼は折れ、頭部は陥没している。
だが――
「……消えないな」
ツダが言った。
中層なら、
とっくに光の粒になっている。
上層では、違うのか。
ヤヒロは、
嫌な予感を覚えた。
盾越しに、
地面へ伝わる感触。
――脈打っている。
死体の下。
地面が、わずかに呼吸している。
「……下から、来る」
ユイが、短く告げた。
次の瞬間。
ズズン、と低い音。
ワイバーンの死体の影から、
何かが、せり上がってくる。
岩?
いや、違う。
溶岩と岩と、骨。
それらが混ざり合った塊。
地面が割れて現れた「それ」は、
死体の腹部に、杭のように突き刺さった。
ワイバーンの体が、再度跳ねる。
まるで――
捕食されている。
「……地脈反応だな」
ツダが、
低く言った。
「上層じゃ珍しくもない」
「空の魔物が落ちると、それを求めて『下』が寄ってくる」
岩の塊が、蠢く。
その表面に、
ワイバーンの血が、
吸い込まれていく。
次第に、形が整っていく。
四肢。
胴体。
頭部。
だが、翼はまだない。
代わりに――
背中から、
熱を帯びた蒸気が噴き出す。
「……空と地、繋がってる」
ユイが、
弓を構え直す。
「そういうことだ」
ツダが笑う。
「倒した敵が、次の敵の“材料”になる」
「上層は、循環してる」
その魔物は、まだ完全ではない。
だが、確実に動き始めている。
ヤヒロは、盾を前に出した。
守る対象は、もう“前”だけじゃない。
上から落ちる。
下から湧く。
倒した結果が、次の脅威になる。
ここでは――
戦闘の終わりが、存在しない。
「撤退だ」
ツダが即断した。
「今の目的は、まだ勝つことじゃない」
「上層を理解することだ」
ユイも、すでに後退を始めている。
ワイバーンの死体は、
すでに半分以上、地の魔物に取り込まれていた。
空で生きたものが、地に還り、
地のものが、また動き出す。
この上層は――
生態系そのものが、戦場だ。
ヤヒロは、殿を務めるために盾を握り直す。
その直後だった。
「おいおい、随分と派手な呼び水じゃねぇか」
声が、横から割り込んできた。




