2章21節
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火山灰の向こうに、人影があった。
単独。
装備は重い。
歩き方は、迷いがない。
「……一人?」
ユイが、低く言う。
「珍しいな」
ツダは、そう返しながらも、
視線を細めていた。
――妙だ。
この上層で、単独行動。
しかも、周囲を警戒する様子が、薄い。
「行くか」
ヤヒロが言った。
即断だった。
最近の、いつもの調子。
ツダが、何か言おうとして、
遅れた。
ヤヒロは、すでに踏み込んでいる。
盾を前に、音もなく距離を詰める。
火山灰を、蹴散らして。
「待て!」
ツダが、声を張った。
「ヤヒロ、そいつは……!」
その瞬間。
人影が、振り向いた。
そして。
踏み込んだ。
速い。
理解する前に、空気が、割れた。
――ドンッ。
衝撃。
ヤヒロの盾が、正面から弾かれる。
反転が、発動しない。
いや、させてもらえなかった。
重い斬撃が、盾の縁を叩き、力を逃がさず、
そのままヤヒロの身体が、吹き飛んだ。
「……っ!」
背中から、岩壁に叩きつけられる。
息が、一瞬で抜けた。
視界が、白く染まる。
「……は?」
何が、起きた。
起き上がろうとして――
できない。
足が、震える。
「ヤヒロ!」
ユイの声。
ツダが、前に出ようとして、
止まった。
「……やっぱり」
人影。
女が、小さく笑った。
長い刃を、肩に担ぐ。
大曲剣。
異様なほど、存在感のある剣。
「止めるの、遅いよ。ツダ」
その声。
聞いたことが、ある。
ヤヒロの、心臓が、跳ねた。
「……え?」
女が、こちらを見る。
その目が、まっすぐ、ヤヒロを捉えた。
「久しぶり」
淡々と。
「曳舟八紘」
名前を、呼ばれた。
呼ばれるはずの、ない声で。
「……っ」
頭の奥が、ぐらりと揺れる。
死んだ。
自殺した。
会社で。
唯一、話を聞いてくれた。
「成田、先輩……?」
声が、震えた。
成田八千代は、
鼻で笑った。
「先輩、ね」
「まあ、間違ってないか」
ツダが、頭を掻きながら、歩み出る。
「だから言っただろ」
「そいつは、襲う相手じゃない」
「……ツダ」
ヤチヨが、ちらりと見る。
「随分、面倒なの抱えてるね」
そして、再び、ヤヒロを見る。
その視線が深い。
装備を見る。
盾を見る。
立ち方を見る。
呼吸を見る。
そして。
「……壊れかけ」
一言。
ヤヒロの、胸がぎゅっと締まる。
「な……」
「目が」
ヤチヨは、あっさり言う。
「獲物を見る目だ」
「でも」
一歩、近づく。
「覚悟が、追いついてない」
ヤヒロは、反射的に叫んだ。
「生き残るためだ!」
「俺は……!」
「うん」
遮る。
「知ってる」
即答。
「だから厄介なんだ」
ヤチヨの口調が、
少しだけ、変わった。
剣を、地面に突き立てる。
そしてヤヒロの目をのぞき込む。
「ヤヒロね」
「壊れないように、壊れてる」
その言葉が、突き刺さる。
「このまま行くと」
「次に壊れるのは、判断だ」
ユイが、息を呑む。
ツダは、黙っている。
ヤヒロは、唇を噛んだ。
「……俺は」
声がかすれる。
「……強くなりたいだけだ」
ヤチヨは、
それを聞いて――
少しだけ、懐かしそうに笑った。
「昔と、同じこと言うね」
「だから」
剣を、引き抜く。
「今は」
「一人で戦っちゃ、ダメだ」
そして、背を向ける。
「また会おう」
「次は――」
振り返らずに、言う。
「ちゃんと、生きる覚悟を持ってから」
火山灰の向こうへ、その背は消えた。
残されたのは、静寂。
ヤヒロは、地面に座ったまま、動けなかった。
胸の奥で、何かが、ひび割れている。
壊れかけ。
その言葉だけが、いつまでも、耳に残っていた。




