1章5節
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夜勤明け。
身体は正直、限界だった。
目の奥が熱く、足取りも重い。
それでも僕は、まっすぐ会社の購買所へ向かった。
蛍光灯の白い光。
金属棚に並ぶ、見慣れた装備品。
剣、斧、棍棒、短剣、槍。
どれもコモン。
どれも微妙に歪み、刃が甘い。
ギルドなら、まず置かれない代物。
「……相変わらず、ひでぇな」
無意識に、そう呟いていた。
値札を見る。
短剣:安い
棍棒:さらに安い
鉄球:重いが、破格
僕は、躊躇なく籠に放り込んでいく。
一本、二本、三本。
気づけば、籠はすぐにいっぱいになった。
「……足りないな」
もう一つ、籠を取る。
ガシャン、と金属音を立てて重ねた。
レジの向こうにいる購買担当は、
新聞を読みながら、ちらりとこちらを見る。
「あー……ヤヒロくん?」
「はい」
「今日も盾、壊れた?」
「ええ。仕事なんで」
「ああ、そっか」
それだけだった。
購入数も、種類も、
誰も気にしない。
この会社では、
装備が壊れるのは日常だ。
人が壊れるよりは、ずっと安い。
「短剣十、棍棒八、フレイル三、鉄球二……っと」
淡々と読み上げられる数字。
金額は、思ったよりもいかない。
給料日前でも、十分に払える。
普段、盾の補充以外で金を使うことなんてないからな。
これだけあれば――
しばらくは、足りる。
いや。
足りるどころじゃない。
「領収書、いつもの宛名で?」
「はい」
紙が切られ、差し出される。
その一枚が、
僕には“素材一覧”にしか見えなかった。
周囲を見る。
同僚が二、三人。
包帯を巻いた腕、
疲れ切った顔。
誰も、僕の籠の中身を見ていない。
見ても、
「盾役がまた消耗するんだな」
それくらいにしか思わないだろう。
――無関心。
それが、この会社の空気だ。
僕は装備袋を肩に担ぎ、
出口へ向かう。
袋の中で、金属がぶつかり合い、
鈍い音を立てた。
「……全部、食わせてやる」
誰にも聞こえない声で、そう呟く。
使い捨てられるはずだった装備たち。
使い捨てにされてきた僕。
だがこれからは――
使い捨てるのは、こっちだ。
購買所の自動ドアが閉まる。
盾が静かに、待っている。
帰宅すると、ヤヒロは靴も揃えないまま、自室の床に腰を落とした。
バックパックを放り投げ、「使い捨てる盾」を両手で抱える。
電灯の下で見るそれは、相変わらず地味な外見をしていた。
装飾もなければ、銘文もない。
購買所の棚に無造作に並んでいた、数あるコモン装備の一つ――
少なくとも、昨日までは。
「……やるか」
息を吐き、バックパックを引き寄せる。
中に詰め込まれているのは、購買所でまとめ買いした武器たちだ。
刃こぼれした短剣、歪んだ鉄球、柄の割れたメイス。
どれも戦力としては数に入らない、使い潰される前提の品ばかり。
ヤヒロは、最初に短剣を手に取った。
盾に、軽く当てる。
キン、と乾いた音がした。
次の瞬間、短剣はまるで水に溶けるように形を失い、
刃も柄も、すべてが盾の表面へと吸い込まれていった。
二本目、三本目と武器をぶつけていく。
キン。
キン。
キン。
音は一定だ。
抵抗はない。
破壊されるはずの武器は、砕け散ることもなく、
ただ“消えていく”。
そして、そのたびに――
盾の重さが、わずかに増していくのがわかった。
気のせいではない。
持ち替えるたび、腕にかかる負荷が確実に変わっている。
「どんどん食えよ」
誰にともなく呟く。
盾は何も答えない。
だが、表面をなぞると、
以前よりも硬く、冷たい感触が返ってきた。
金属の質が、一段階上がったような――
そんな錯覚を覚える。
作業は、淡々と続いた。
武器を取り出し、
盾に当て、
音を聞く。
ただそれだけだ。
なのに、不思議と嫌な疲労感はなかった。
むしろ、胸の奥が静かに高揚していく。
時間を確認すると、すでに日付が変わっていた。
社宅の外は静まり返り、
壁の向こうから聞こえるのは、どこかの部屋の換気扇の音だけだ。
「……そろそろ寝ないとな」
そう思いながらも、手が止まらない。
ダンジョン外ですら、ほとんど意味を持たないはずのコモン装備が、
ここでは“素材”になる。
そして、その素材は――
会社の購買所に、いくらでも転がっている。
「……ああ」
ようやく、危険な答えに辿り着く。
この会社は、
この環境は、
このブラックな仕組みそのものが――
「最強の素材供給源じゃないか」
自嘲気味に笑いながら、
ヤヒロは最後のメイスを盾に当てた。
キン、と音が鳴る。
盾は、微かに光を帯びていた。
布団に入ったのは、それからしばらく後だった。
だが、瞼を閉じても、眠りは訪れない。
頭の中では、
明日のローテ、
次に買う装備、
どこまで強くなれるのか――
そんな考えが、渦を巻いていた。
疲れ果てているはずなのに、
胸の奥だけが、妙に冴えている。
「……寝不足は、慣れてる」
そう呟き、
ヤヒロは天井を見つめ続けた。
この盾が、
自分の運命をどこへ連れていくのか――
まだ、その輪郭すら見えていなかったが。




