表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に戻りが許されるダンジョンでは、バトルロワイアルが日常です。  作者: 昼ライス
2章:富士山ダンジョン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/56

2章16節

毎日17:30投稿

境界を越えた瞬間、足元の感触が変わった。


それまでの中層の地面は、湿った土と腐葉土が混じる、柔らかい感触だった。

だが今、ヤヒロのブーツの下にあるのは、硬く焼けた岩肌だ。


ひび割れた黒。

その隙間から、赤い光が脈打つように漏れている。


熱だ。


空気そのものが、重い。

吸い込むたび、喉の奥が焼けるような感覚がある。


視界は悪い。

いや、悪いのに、明るい。


空から降っているのは雪ではない。

火山灰だ。


細かい灰が舞い、風に流され、

常に視界のどこかが滲んでいる。


ヤヒロは、ふと思い出す。


――富士山は、活火山だ。


学校で聞いた、そんな程度の知識。

だが、それは「いつ噴くか分からない」という意味であって、

今、目の前にある光景とは決定的に違う。


ここは、

噴火を控えている山ではない。


噴火した後の山だ。


すでに一度、すべてを焼き尽くし、

その熱と傷跡が、まだ生きている状態。


溶岩が流れ、灰が舞い、

大地そのものが、完全には冷え切っていない。


ダンジョンは、

富士山のそんな「もしも」を、現実として突きつけてくる。


その向こう側では溶岩が、流れていた。


川のように。あるいは、意思を持つ生き物のように。


一定の流れではない。

溜まり、跳ね、時折、地形そのものを変える。


「……トラップだらけだな」


ヤヒロの呟きに、ツダが軽く笑う。


「ここからは自然が敵ってやつだ。中層とは、もう訳が違う」


周囲を見回す。


木はない。

代わりに、炭化した岩柱や、溶岩が冷えて固まった奇妙な造形が、林立している。


遮蔽物にはなる。

だが、安全地帯ではない。


少し距離を誤れば、足元が赤く光る。

熱で崩れた岩が、突然、崩落することもある。


そして――音。


溶岩が流れる、低い轟音。

火山灰が擦れ合う、ざらついた音。

どこかで、岩が割れる乾いた破裂音。


そのすべてが、常に鳴っている。


静寂が、存在しない。


「……音が多すぎる」


ユイが、ぽつりと言った。


その一言で、ヤヒロは理解する。


ここでは、敵の足音を聞き分けることすら難しい。

逆に言えば


「こっちの音も、全部飲み込まれる」


ツダが、続けた。


「戦闘音も、悲鳴も、爆ぜる音もな」

「だから、上層では、気づいた時には始まってる」


ヤヒロは、盾を握り直した。


視界は利かない。

足場は信用できない。

音は、意味をなさない。


それでも、進むしかない。


ここが――

エリクサーへ至る道の、入口だ。


そして、ここから先は、

中層を生き残った者だけが、試される場所。


ヤヒロは、火山灰の向こうに滲む赤を見据えながら、

静かに息を吐いた。


「ここが、上層か」


ヤヒロが決意を胸に、盾を握りなおした直後だった。


溶岩が流れる低い轟音に、

火山灰が擦れるざらついた音。

その中に、一瞬だけ、異質な重なりが混じった。


ぼこっ


湿った、泡が弾けるような音。


「止まれ」


ツダの声が、短く飛ぶ。


同時に、ユイが動きを止めた。


遅れて、ヤヒロも足を止める。


音の出所は、前方。

溶岩が、溜まっている場所だ。


赤黒く光る表面が、不自然に盛り上がった。


次の瞬間。


バシュッ!


弾けるように、溶岩の塊が撃ち出された。


「――っ!」


反射的に、ヤヒロは盾を構える。


ドンッ!!

という衝撃。


だが、想定していた「熱」よりも先に、

質量と速度の暴力が叩きつけてきた。


盾が、後ろへ押し戻される。


「く――っ!」


衝撃波反転。


条件反射で、スキルが発動する。


ギィンッ!!


衝撃が、完全に反転し、

溶岩弾は、撃ち出された方向へと押し返された。


だが。

そこには、もう何もいない。


溶岩弾は、空振りで地面を抉り、

新たな赤を撒き散らす。


「……っ、移動してる!」


溶岩が、流れた。


いや、流れていた溶岩の一部が、形を持った。


赤黒い体躯。

四肢は短く、地を這うように低い。


背中に、亀裂のような発光。

口の奥で、赤い光が脈打っている。


「サラマンダーだ」


ツダが、歯を見せて笑う。


「上層の洗礼ってやつだな」


次の瞬間。


ゴォッ!


サラマンダーが、口を開いた。


溜めもなく、

溶岩弾が、連続で吐き出される。


「くそっ……!」


移動しながら多方面から放たれるそれをヤヒロは、盾で受けつづける。

しかし、このままではじり貧だった。


溶岩の流れに、溶け込むように移動しているのだ。

少しでも見失えば、あっという間に焼かれてしまうだろう。


「近づけない……!」


足場が悪すぎる。


一歩踏み出すたび、

熱と崩落の危険が付きまとう。


ツダが前に出ようとするが、

溶岩の帯が、それを遮る。


「ヤヒロ、これ――」


「決定打が、ない」


ヤヒロ自身が、一番よく分かっていた。


衝撃波反転は、近接攻撃を当てられる前提のスキルだ。

遠距離攻撃に対しては、相手が撃ってきたものを跳ね返しても、

その場に留まってくれなければ、意味がない。


そして――


ゴォッ!


また一発。


今度は、角度を変えて、上から。


反転しても、溶岩が降り注ぐ。


「――っ!」


ヤヒロは、歯を食いしばる。


その瞬間。


――ピィン


澄んだ音が、灰の中を切り裂いた。


ユイだった。


すでに、弓を構えている。


実体のある弓。

だが、矢は撃った瞬間、空中に留まった。


赤い光を帯びた魔素の矢が、

サラマンダーの頭部前方で、静止する。


サラマンダーが、そちらを向く。


遅れて、


シュンッ


矢が、飛んだ。


溶岩の流れを縫い、

移動を先読みした位置へ。


ギャァッ!


初めて、

サラマンダーが悲鳴を上げた。


顎の付け根。


発光していない、

冷えた部位。


「……そこ」


ユイの声は、淡々としていた。


続けて、二射、三射。


止まる。

飛ぶ。

当たる。


溶岩弾が、途切れる。


サラマンダーの動きが、鈍る。


「……なるほどな」


ツダが、感心したように息を吐く。


「敵だけが遠距離持ってる盤面で、

唯一、対等に殴れるのがお前ってわけだ」


ヤヒロは、盾を構え直した。


まだ、サラマンダーは倒れていない。


だが勝ち筋が、見えた。


火山灰の向こうで、

再び、溶岩が脈打つ。


上層は、

まだ始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ