2章2節
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リゾートホテルにてラウンジは、夜になると一段と静かだった。
ガラス越しに見える外の闇は、富士の裾野を思わせる濃さをしている。
自身の部屋にヤヒロとユイが入ってきたのを確認すると、
ソファに深く腰掛けたツダは、カップのコーヒーを揺らしながら言った。
「さて。なんでわざわざ富士まで来たか、だよな」
ヤヒロとユイの視線が、同時に向く。
「結論から言うと――
ここは、一番“歪んでる”ダンジョンだ」
ツダは軽く肩をすくめた。
「まず、低層。ここが少ない。数も浅さもな」
「少ない?」
「ああ。構造自体は習志野とほぼ同じだ。
「通路型、直線多め、罠も分かりやすい。でも、その区間が短い」
つまり、とヤヒロは理解する。
「慣らし運転の時間が、ほとんどない」
「そうだ。で、問題は中層からだ」
ツダは指を一本立てた。
「そもそも、この富士にはな、ほかに二つの駐屯地があるんだよ」
「……北富士と滝ケ原」
ユイが補足する。
「へえ。その辺、普通の冒険者は知らねえぞ」
「で、それがどうしたんだ」
ヤヒロが尋ねる。
「3つのダンジョンの入り口はすべてこの富士ダンジョンにつながるようにできている」
「だから、中層はな、現実の富士山周辺をそのまま写した構造になってる」
「……森?」
ユイが短く問う。
「正解。正確には、森林地帯と湖沼地帯だ。
見通しは悪い。起伏は多い。遮蔽物だらけ。水生のモンスターだっている」
「視界が開けたと思った瞬間、背後が死角になる」
「音がした方向を向けば、今度は足元が危ない」
「森と湖が混ざるせいで、足場も安定しない」
ツダは笑った。
「通路ダンジョンみたいに、前だけから敵が来ると思ったら大間違いだぜ」
「……三百六十度」
ユイが呟く。
「そう。上下左右、全部に警戒が必要だ。
モンスターも、人間も、どっからでも来やがる」
それは、これまでとはまったく別の戦場だった。
「で、上層」
ツダの声が、少しだけ低くなる。
「ここはもう、隠しても意味ないな。富士山そのものだ」
「……山頂」
「知ってるな。頂上がボスエリアになってる」
一拍置いてから、ツダは続けた。
「そして、あそこを攻略すれば、確実にエリクサーが出る」
その言葉に、空気が張りつめた。
ユイの指が、わずかに強く握られる。
「……万能薬」
「ああ。ドロップ率百パー。世界で唯一、保証されてる」
沈黙。
ヤヒロは、横に座るユイを見た。
「……それが、目的か」
ユイは、逃げなかった。
「……母が、病気」
短い言葉。
「エリクサーがあれば……治る」
それだけで、十分だった。
微睡の弓を盗んだ理由。
政府に追われる覚悟を決めた理由。
すべてが、一本につながる。
「だから、弓を盗んだ」
「……うん」
ツダは、あえて茶化さなかった。
「あぁ、知ってるよ。そういう事情だから、俺もお前を自由にさせてたんだ。ユカリ」
「……ユイのままでいい」
「わかったよ」
一息ついて、話を戻す。
「で。富士が厄介なのは、それだけじゃない」
「レア装備だな」
ヤヒロが言うと、ツダはニヤリとした。
「さすが。そう、レアドロップ率が異常に高い」
「……盾向き」
「そういうこと」
ツダは、ヤヒロの盾をちらりと見る。
「だからこそ、狙う奴が多い。モンスターだけじゃねえ」
「……冒険者」
ユイが言った。
「その通り」
ツダは指を鳴らす。
「富士はな、もう半分――人狩り場だ」
誰かが倒したモンスター。
誰かが開けた宝箱。
誰かが手に入れたレア。
それを、別の誰かが奪う。
「ギルドも管理はしてる。建前上はな。でもな……」
ツダは、鼻で笑った。
「山一個分の殺意を、完全に制御できるわけねえだろ?」
軽い口調とは裏腹に、言葉は重い。
「だから、バトルロワイアルが常態化してる」
「なるほど……」
ユイは、ゆっくり息を吐いた。
「……危険。でも――」
「見返りは、デカい」
ヤヒロが即座に継ぐ。
ツダがユイと目を合わせる。
「エリクサー。そして――」
今度はヤヒロの盾を見る。
「盾の強化素材も、よりどりみどり」
沈黙が落ちる。
逃げる理由は、もうなかった。
「……行く」
ユイが言った。
短く、迷いなく。
ヤヒロも、頷く。
ツダは満足そうに笑った。
「よし。決まりだな」
そして、軽い調子で付け足す。
「言っとくけど、ここから先は『今まで通り』じゃ済まねえぞ」
富士ダンジョン。
それは、欲望と事情と殺意が、
山の形をして積み上がった場所だった。
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