1章32節
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異変は、数値から始まった。
習志野ダンジョン付属ギルド販売所。
日次在庫ログに記録された「売却済み」の項目が、明らかにおかしかった。
レア装備。
販売許可数、ほぼ全消失。
誤差でも、記入ミスでもない。
購入履歴が、綺麗に一本で繋がっている。
購入者名は、津田宗吾。
報告は、現場からギルド統括へ。
そしてギルド統括から、公安部へ。
数時間後、ツダの端末に短い通知が届いた。
――至急、出頭すべし、と。
***
会議室は、無駄に広かった。
長机の向こうに、顔の見えない上官が二人。
壁際には、記録用の無人カメラ。
ツダは椅子に腰を下ろすなり、背もたれに体重を預けた。
「で、なんでしょうか?」
上官の一人が、書類を机に置く。
「習志野ギルド販売所の件だ」
「あぁ」
「レア装備が消えた」
「消えた、は言い過ぎだな。買われた」
空気が一段、冷える。
「……全てを?」
「在庫分は、ですけどね」
「理由を聞かせてもらおうか」
ツダは、少し考える素振りをしてから言った。
「理由?」
「私物化か、横流しか、実験か」
「三択?」
「正直に答えろ」
ツダは、軽く笑った。
「じゃあ三つ目です」
「実験?」
「観測対象が持つ装備の検証ですよ」
「ついでに、“なぜ売れ残ってるか”の理由確認ってとこです」
「ギルド販売所は、お前の実験場じゃない」
「そうですね。でも、倉庫で眠らせてるよりはマシじゃないですか?」
上官が、指で机を叩く。
「許可は取っていないな?」
「事後なら取ってます」
「減俸案件だぞ」
「うわ、それは困ります」
ツダは肩をすくめる。
「でもですよ。俺が買わなきゃ、誰も買わない装備ですよ?」
「……だからといって――」
「発動条件がピーキーなものや、そもそも装備すらできない武器など」
ツダは、淡々と並べた。
「全部、“理由があって使われない”」
「でも、それって実際に試した結果じゃないでしょう?」
沈黙。
「俺は、確認しただけです」
「結果は?」
「これからです」
上官が、額を押さえる。
「始末書を書け」
「三行でいいですか?」
「ダメだ」
「じゃあ五行にしますね」
「……」
「それと」
ツダは、少しだけ声を落とした。
「横流しも転売もしてない。
記録は、全部残してます」
「……分かっている」
「ならいいです」
椅子を引く音。
「今回は、調査名目として処理する」
「助かります」
「だが次はない」
「次?」
ツダは振り返り、にやっと笑った。
「次は、もう少しバレないようにやります」
「そういう意味じゃない!」
ツダは手を振り、そのまま部屋を出ていった。
***
廊下に出た瞬間、ツダは小さく息を吐いた。
「……ふう」
ポケットから端末を取り出し、メモを一つ削除する。
――盾の吸収挙動:未記載。
報告書は、
書くものより、書かないものの方が重要だ。
ツダは、モノクルを指で弾いた。
「さて……次は、どこまで飲み込むか」
その顔は、
仕事よりも、完全に――遊びのそれだった。
***
なお、この件は――
正式には、問題なく処理された。
販売所の在庫異常は「調査用途の一括購入」。
報告書も、監査ログも、すべて整合している。
ただ一つだけ、誰も気に留めなかった項目がある。
――習志野ダンジョン
――レア装備一括購入
――公安関係者
この三つのキーワードが、
別々のシステムに、別々の形式で記録されたこと。
ギルドの売買ログ。
ダンジョン庁の統計。
公安内部のアクセス履歴。
それらは直接つながらない。
つなげる“理由”も、公式には存在しない。
だが、記録である以上、見られること自体は、防げなかった。
ある分析担当者は、
単なる数字の偏りとして。
ある外部委託の技術者は、
デバッグ用のサンプルとして。
そして、どこかの誰かは「面白いデータだ」と思っただけ。
ツダが削ったのは、報告書の中身だけだ。
報告書の外にある『痕跡』までは、どうしても残っている。
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