1章3節
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翌日のローテーションは、朝一番だった。
睡眠は三時間ちょうど。
復活条件を満たすためだけの、最低限の眠り。
転移門をくぐり、ダンジョンへ入る。
手にしている盾は一つだけ。
――《使い捨てる盾》。
持ち込める装備は、一人につき一式。
盾は武器扱いとなるため、他の武器を携行することはできない。
この日のダンジョン攻略は、いつもより順調だった。
「使い捨てる盾」は個体差なのか、普段よりも耐久値が高く、結果として、いつもより深い階層まで進むことができた。
その分、道中で見つかる宝箱やドロップ品も多い。
隊長の機嫌も、わずかに良いように感じられた。
ただし、いいことばかりではない。
「死に戻り」を前提に前線へ立たされる僕の背中には、
今回の攻略で拾い集めたコモン装備の山が詰まったバッグが背負わされている。
錆びた短剣。
短すぎるフレイル。
穂先の欠けた槍。
どれも売るには安すぎるが、ダンジョン産である以上、捨てるには惜しい。
持ち帰れれば儲けもの――そんな理由で、全部まとめて僕に押し付けられていた。
「ヤヒロ、前に出て確認しろ」
インカム越しの声に、短く返事をする。
通路を進み、角を曲がった瞬間――
床が、沈んだ。
足りない睡眠。
いつもより長い連続潜入時間。
そして、重い荷物。
それらが、罠への警戒を鈍らせていた。
「――っ!」
転移罠。
視界が裏返り、体が引き伸ばされる。
次の瞬間、足裏に固い床の感触が戻った。
狭い部屋。
低い天井。
逃げ道は、見当たらない。
空気が違う。
重く、澱んでいる。
前方に、赤黒い影が揺れた。
ホブゴブリン。
通常種より一回り大きく、筋肉の付き方が明らかに違う。
武器も粗雑だが、動きからして戦い慣れている。
――しかも、複数。
「……最悪だな」
盾を構える。
最初の一撃。
棍棒が、正面から振り下ろされる。
衝撃。
腕が、痺れた。
本来であれば、格上であるホブゴブリンの一撃など、受け止められるはずがない。
だが――盾は耐えた。
次の一撃。
横から、斧。
さらに盾が受け止める。
その瞬間――
背中のバッグの中で、何かが砕けた。
「……?」
次の攻撃。
今度は、二体同時。
盾が、軋む。
それでも、割れない。
代わりに、
バッグの中で短剣が折れ、
フレイルがひしゃげ、
金属同士が潰れる音が、連続して響いた。
盾が、重くなる。
ほんのわずか。
だが、確実に。
「……どういうことだ?」
なぜか、耐えられる。
喉が渇く。
それでも、僕は足を踏みしめた。
受ける。
耐える。
弾く。
盾で防ぐたびに、
背中の装備が、一つずつ壊れていく。
そして、そのたびに――
盾の感触が、変わっていった。
打撃が、浅くなる。
刃が、滑る。
ホブゴブリンの一体が、眉をひそめた。
明らかに、想定より攻撃が通っていない。
「……なんで、死なないんだ」
自分でも信じられない言葉が、漏れる。
腕は痛い。
体力も削られている。
それでも、盾だけは、まだ余裕があった。
背中のバッグが、軽くなっていく。
最後の鉄球が潰れた瞬間、
盾が、はっきりと変わった。
衝撃が、芯まで来ない。
「……いける。耐えて、逃げ切る!」
そう思った瞬間、
ホブゴブリンの一体が、連携を取った。
左右から、同時攻撃。
盾で一方を受け、
もう一方の一撃が、脇腹を抉る。
痛み。
視界が、白くなる。
それでも、倒れない。
盾は、まだ受け止めている。
だが――
今度は、吸収するものが、もうない。
バッグは、空だった。
最後の一撃。
重い棍棒が、頭上から叩きつけられる。
盾は、受けた。
だが、今度は――
受け切れなかった。
衝撃が、身体を貫く。
膝が崩れ、床に倒れ込む。
意識が、闇に沈む直前。
僕は、盾の表面を見た。
傷はある。
だが――昨日までとは、明らかに違う。
次に目を覚ましたとき、
僕はまた、社宅の天井を見ていた。
枕元で、スマートフォンが震えている。
次のローテの、着信だ。
僕は、ゆっくりと息を吐き、立ち上がる。
ふと気づいた。
装備したままになっている盾を見て。
ロストしていない。
――盾は、ほんのわずかに、光を宿している気がした。




