1章26節
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暗がりの中から、
ゆっくりと姿を現したのは――
ホブゴブリン。
だが、明らかに別格。
通常種より二回りは大きい体躯。
筋肉の盛り上がりが、鎧のように皮膚を歪めている。
手にしているのは、
丸太を削っただけのような巨大な棍棒。
その先端には、
いくつもの骨と金属片が、無造作に打ち付けられていた。
「……キング」
ユイが、短く呟く。
ホブゴブリンキング。
本来、この層には出現しない。
中層以降で、たまに確認される個体。
この層では完全なレアポップだった。
ヤヒロの背中を、冷たいものが流れた。
「……おい」
思わず、後ろを見る。
ツダは――
モノクル越しに、完全に目を見開いていた。
「……は?」
一拍、遅れて。
「いやいやいや、待って」
「これは聞いてないって」
明らかな動揺。
さっきまでの余裕が、綺麗に消えている。
「この層のホブゴブリンキング出現率は、
理論上――ゼロに限りなく近いんですが?」
誰に言うでもなく、早口になる。
「音で群れを寄せる実験は想定内だったんだけど、
キング個体が引きずり出されるのは別問題なんだよね」
ホブゴブリンキングが、
棍棒を床に叩きつけた。
ドンッ!
衝撃が、通路を震わせる。
周囲のホブゴブリンたちが、
一斉に吠えた。
――号令。
ヤヒロは、歯を噛み締める。
「……さすがに、まずいだろ」
「だねぇ」
ツダは、深く息を吸い――
一歩、前に出た。
今まで守っていた後衛位置を、完全に捨てる。
「これは、観測対象の範囲を超えたと判断するよ」
槌を、両手で構える。
その表情から、ふざけた色は消えている。
「……ヤヒロ」
「何だ」
「……盾、耐えられる?」
一瞬の問い。
ヤヒロは、盾を握り直した。
「やってみなきゃ、分からない」
「結構」
ツダは、短く笑った。
「じゃあ、ここからは――」
モノクル越しに、
ホブゴブリンキングを真正面から捉える。
「実戦データを取りながら、生き残ろうか」
ユイが、弓を引く。
空間に、見えない緊張が張り詰める。
ホブゴブリンキングが、
一歩、踏み出した。
この戦いは――
もう、予定調和では終わらない。
習志野ダンジョンもまた、
三人を試す気でいるらしかった。
ホブゴブリンキングが一歩踏み出した、その瞬間。
動いたのは、ツダだった。
「キングは任せるね。雑魚は俺が片付けるからさ」
言い終わるより早い。
ツダの足取りは軽い。
先ほどまで後衛にいたとは思えない速さで、横へと滑り込む。
――ドンッ。
槌が、床を叩く。
だが、狙いは地面ではない。
衝撃が、低く、鋭く、前方へ走った。
ホブゴブリン三体が、まとめて吹き飛ぶ。
骨の折れる音が、ほぼ同時に鳴った。
「……っ」
ヤヒロは、思わず目を見開いた。
衝撃波。
しかも、範囲を極端に絞っている。
力任せではない。
完全に制御された一撃だった。
「ちょ、ちょっと待て……」
盾越しに、思わず声が漏れる。
ツダは、振り向かない。
「驚くのは後でね。今は数が多い」
次の瞬間には、もう別のホブゴブリンの懐。
横薙ぎ。
槌が、肋骨をまとめて砕く。
反撃しようとした個体は、
逆に、柄で顎を打ち上げられ――
落下する前に、頭部を叩き潰された。
無駄がない。
動きが速い。
そして、静かだ。
音を立てずに、
だが確実に、数を減らしていく。
ユイが、短く息を吸った。
「……強い」
感想は、それだけ。
「公安って、こんなのばっかりなのかよ……」
ヤヒロが呟く。
「いやいや、これは個人差」
ツダの声が、軽く飛ぶ。
「俺がたまたま、ちょっと殴るのが得意なだけ」
冗談めいているが、
否定できる要素が一切ない。
その頃には、
ホブゴブリンの数は、すでに半分以下だった。
――そして。
キングが、ついに本気で動いた。




