1章23節
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「レア装備ってさ、基本ワンオプションでしょ?」
「切れ味アップとか、スキル一個とか。せいぜいそのへん」
「なのにさ」
指を一本立てる。
「切れ味上昇っぽい反応と」
二本目。
「打撃系のスキル反応」
首を傾げる。
「その両方がいっぺんに見えるんだよねえ」
「これ、仕様?それとも裏技?」
ヤヒロは、息を呑んだ。
――この男、分かって言ってる。
「いやいや、誤判定かもしれないけどさ」
あっさり引く素振りを見せつつ、
「でもさあ、レアで二重反応って、前例ないんだよ」
軽口のまま、核心だけを突いてくる。
ユイが、低く言った。
「……それ以上、嗅ぎ回るの嫌い」
「はは、だよねえ」
男は両手を上げた。
「ごめんごめん。職業病ってやつ?」
そして、何気ない調子で続ける。
「市川有加利さん」
空気が、凍った。
「……名前やめて」
「はいはい、了解」
謝る気配はゼロだ。
「いやあ、でも本名っていいよね」
「記録が一気に『人間』になる」
ヤヒロは、完全に理解した。
こいつは――
ふざけているフリをした観測者だ。
「でさ」
男は、楽しそうに言う。
「逮捕?しないしない」
即答。
「回収?今じゃない」
あっさり。
「じゃあ何しに来たのかって?」
モノクルを指で叩く。
「興味本位」
それだけだった。
「君の盾と、彼女の弓」
ユイを見る。
「どっちも、表に出たら即“お国預かり”コース」
笑顔のまま、物騒なことを言う。
「だからさ、提案なんだけど」
テーブルに肘をつく。
「一緒に潜ろっか」
「は?」
ヤヒロが思わず声を出す。
「いや、ほら」
男は肩をすくめた。
「俺が一緒にいれば、少なくとも見なかったことにできる範囲が広がるじゃん」
「それって……」
「そうそう、監視兼お目付け役兼、ついでに戦力とでも」
にこっと笑う。
「安心して。邪魔はしない主義だから」
ヤヒロは思った。
――信用できない。
だが、拒否したらもっと面倒だ。
ユイが、短く言う。
「……ヤヒロ」
「……分かってる」
逃げられない。
「条件は?」
ヤヒロは、できるだけ感情を乗せずに言った。
断るにせよ、飲むにせよ――ここで主導権を手放すわけにはいかなかった。
「おっ」
男――モノクルの公安は、楽しそうに声を上げる。
「いいねえ。ちゃんと交渉してくるタイプだ」
机に肘をつき、顔を近づけてくる。
その距離感が、いちいち鬱陶しい。
「条件の前に、俺のことを教えておこうか」
逃げ場を与えるつもりはない、という意思表示だった。
「名前は津田宗吾。二十八歳」
年齢を聞いて、ヤヒロは一瞬だけ眉を動かした。
思ったより若い。
それでいて、この場を支配している空気は、場数の多さを物語っている。
「公安部第零課。まあ、正式名称はダンジョン調査特別課ってやつ」
“第零課”という言葉に、嫌な響きがあった。
公表されない部署、表に出せない仕事を専門に扱う部門といったところだろうか。
「で、ここ重要なんだけど」
ツダは、軽い調子のまま続ける。
「君たちの処遇を、かなり自由に決められる裁量を持ってる」
脅し文句を、冗談の皮で包んだ言い方。
だが、冗談ではないと、誰にでも分かる。
「俺の自慢は、このモノクルでね」
ツダは、指で片眼鏡を叩いた。
「これ、エピック装備。見た武器や装備を、即座に鑑定できる」
ヤヒロの喉が、わずかに鳴る。
「君たちを見つけられたのも、こいつのおかげ」
視線が、ヤヒロの背後にある“はずの盾”をなぞる。
今は背負っていない。
だが、ツダの目は、そこに“あるもの”を見ている。
ツダは再び指を立てた。
「さて、条件は三つ」
一本目。
「一つめ。さっきも言ったけど、これからダンジョンに潜るとき、俺も同行させてもらう」
監視。それを、同行という言葉で言い換えただけだ。
「二つめ」
二本目。
「そこで見聞きしたものは、上に報告させてもらう」
ユイの視線が鋭くなる。
「安心して」
ツダはすぐに続けた。
「君たちの情報は、極秘扱い。書類も、人も、最小限にする」
つまり、握り潰すことも、表に出すことも、ツダ次第。
「三つめ」
三本目。
「この二つを守ってくれれば」
ツダは、にこやかに笑った。
「俺は君たちを逮捕しない。武器の没収もしない」
そして、少しだけ声を落とす。
「その代わり」
視線が、ヤヒロとユイを交互に行き来する。
「条件を飲んでくれるなら、それなりの報酬を用意してあげる」
「金でもいいし、それ以外でもいい。俺にできる限りのことならなんでも」
選択肢を与えているようで、
実際には逃げ道は一つしかない。
――ほとんど、脅しだった。
ヤヒロは、テーブルの上で拳を握りしめる。
会社に使い潰され、
死に戻り前提の盾役として消耗され、
ようやく辞めて、自由になったと思った。
それなのに。
(今度は、政府か)
監視される人生に値踏みされる装備。
奪われるかどうかを、他人の裁量で決められる立場。
だが。
ヤヒロは、ツダの目を見る。
この男は、脅している。同時に、提案してもいる。
そして何より。
自分たちを、まだ“切る価値がある存在”として見ている。
交渉は、ここからだ。




