1章20節
少し短いですが、キリが良いので
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オークを倒し終えたあとも、
ユイは弓を下ろさなかった。
いや、正確には、その向き先をヤヒロへと向けた。
弓身は淡く光り、
まだ完全には消えていない。
ヤヒロが、ぽつりと聞いた。
「さっきの。なんで、あれを最初から使わなかった?」
ユイは、少しだけ間を置く。
視線は、通路の奥。
誰かが来る可能性のある方向。
「……人が、多すぎる」
「見られると、まずい?」
小さく、うなずく。
「……これは、国のもの」
言葉は短い。
だが、十分だった。
ヤヒロは理解する。
(政府管理指定……)
(しかも、弓)
ダンジョン内で唯一、
射程という概念を壊す武器。
それを、
個人が持ち歩いている。
「そりゃ……、使えないな」
「……うん」
モンスタートレインの最中、
あれを一射でも使えば――
誰かが気づく。
誰かが覚える。
誰かが、報告する。
取り締まりは、
ダンジョンの外だけじゃない。
冒険者同士の“噂”は、
公式記録よりも早く広がる。
「じゃあ、なんで俺の前では使った?」
ヤヒロの問いに、
ユイは初めて視線を向けた。
盾を見る。
少し、長めに。
「……その盾」
ヤヒロは、動かない。
「……普通じゃない」
断定。
「……吸う」
「……切る」
「……反す」
一拍。
「……隠してる」
ヤヒロは、苦笑した。
「バレてたか」
「……同じ」
ユイは、そう言った。
「……盗んだ」
ユイは自分を指さした。
「……隠してる」
そして次にヤヒロを指さす。
「……どっちか」
どちらにせよ。
堂々と見せられるものじゃない。
だからこそ。
「……あなたは、言わない」
それは信頼というより、
利害の一致だった。
ヤヒロは、盾を軽く叩く。
「俺も、それを広める気はないよ」
「……知ってる」
短く。
「……だから、使った」
理由は、それだけ。
ユイは弓をしまった。
空間に残っていた殺気も、
完全に霧散した。
しばらく、沈黙。
やがて、
ユイがぼそりと呟く。
「……食べ物、ない」
「は?」
「……保存食。もう、終わり」
ダンジョンに住み着く者の、
現実的な問題。
モンスターは食えない。
水も、限りがある。
「……一度、出る」
「地上に?」
うなずき。
「……補給。それだけ」
ヤヒロは、少し考えたあと――
頷いた。
「じゃあ、一緒に帰ろう」
転移ポータルの先。
地上。
人の目があり、
監視があり、
安全と危険が入り混じる場所。
ユイは、ほんの一瞬だけ迷ってから。
「……うん」
そう答えた。
ダンジョンに住むシーフと、
盾を隠す男。
二人は並んで、
帰還ポータルへ向かった。




