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死に戻りが許されるダンジョンでは、バトルロワイアルが日常です。  作者: 昼ライス
1章

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2/18

1章2節

毎日17:30投稿

ダンジョンに潜って、何度目の死亡だったのかは、もう覚えていない。


意識が闇に沈み、次の瞬間には、見慣れた天井が視界に入る。

自室の照明、社宅の壁の染み、枕元で震えるスマートフォン。

すべてが、侵入前と寸分違わない。


――また、戻された。


「ヤヒロ!次だ!早く戻ってこい!」


電話に出ると、耳元に怒鳴りつける声が聞こえてきた。

すぐにまたダンジョンに戻らなくては。




曳舟八紘。

十八歳でダンジョン免許を取得し、そのままダンジョン攻略を専門に請け負う企業に就職した。


成長したい人。やりがいを求めている人。将来専業冒険家になりたい人。などという謳い文句に

当時、キラキラとした冒険家人生を夢描いていた僕は、簡単に就職を決めてしまった。

しかし実態はいわゆる、ブラック企業だった。


新卒で入社してから三年目。

気がつけば、僕はこの会社で、いちばん死んでいる人間になっていた。


「次、ヤヒロ。前、行け」


インカム越しに飛んでくる声は、いつも通り淡々としている。

命令というより、作業工程の確認だ。


「ハイ」


僕は返事をして、盾を構えた。


このパーティでの僕の役割は、はっきりしている。

敵の初動を引き受けること。

罠があれば踏み、

危険な攻撃が来るなら、まず受ける。


生き残れたら続行。

死ねば、次の侵入でまた同じことをやる。


「どうせ死んでも戻るだろ」


誰かが言う。

責めるでもなく、笑うでもなく、ただの事実として。


この会社では、死亡は事故ではない。

業務上の損耗だ。しかも、取り返しが利く。


ダンジョン攻略は利益が出る。

だが、それは誰かがリスクを引き受けるから成立している。


そして――

その「誰か」は、決まっている。


若く、身寄りがなく、

辞めたところで行く先のない人間だ。


僕の両親は、早くに亡くなった。

兄弟はいない。

頼れる親戚もいない。


この会社を辞めれば、生活はすぐに立ち行かなくなる。

だから、安い給料でも、危険な役でも、断ることはできなかった。


先輩の中には、途中で壊れてしまった人もいる。


ある人は突然来なくなり、

ある人は長期休職になり、

そして僕が唯一慕っていたあの人は――


誰も多くを語らない。業務に支障が出るからだ。


「……行きます」


僕はそう言って、据えた臭いのする薄暗い通路へと踏み出した。


ここでは、命は安い。

戻れるから。

代わりがいるから。

辞められない人間が、いくらでもいるから。


諦めたように覚悟を決めた僕の目の前に、ゴブリンの群れが現れた。


とっさに「使い捨ての盾」を構える。

この盾は、回数制限付きではあるものの

自身のステータスと同程度以下のあらゆる攻撃を防ぐことができるコモン武器だ。


3年目になっても、「死に戻り」を繰り返してきた僕は、ゴブリン程度の実力しかない。

従って、群れに対処するには多少割高でもこの「使い捨ての盾」を何度も買いなおしては使いつぶすしかなかったのである。


ゴブリンは、数で押してくる。


薄暗い通路の奥から、甲高い鳴き声と足音が重なって聞こえてきた。

三体、四体――いや、それ以上だ。


「来るぞ」


誰かが短く言った。

それだけで、十分だった。


僕は一歩前に出て、

腕に固定した「使い捨ての盾」を正面に構える。


最初の一体が、錆びた短剣を振り上げて突っ込んでくる。


ガンッ、と鈍い衝撃。


盾が攻撃を弾く。

防御が成立した感触が、骨に響いた。


すぐに、次。

右から棍棒。

左から、体当たり。


盾を中心に、体をひねり、

受けて、弾いて、押し返す。


後ろでは、仲間たちが動いている。

槍が伸び、

斧が振るわれ、

剣が一体ずつゴブリンを切り伏せていく。


――その間、僕は前を塞ぐ。


いつもの役割だ。


だが、ゴブリンは減らない。

狭い通路の奥から、次々と湧いてくる。


盾に走る衝撃が、次第に重くなっていく。

腕が痺れ、

握力が削られる。


内側に、嫌な振動。


耐久が削れている。


「ヤヒロ、そのまま持たせろ」


インカム越しの声は、相変わらず落ち着いている。

僕が耐えているあいだに、後ろで数を減らす。

そういう算段だ。


ゴブリンの一体が、盾の縁を叩き、

別の一体が、下から突きを入れてくる。


バキリ。


小さな音。

だが、はっきりと分かる。


盾に、亀裂が入った。


「盾、もう――」


言いかけた瞬間、

正面からの一撃が、亀裂を正確に叩いた。


砕ける音。


次の瞬間、

衝撃が、直接体に流れ込んでくる。


息が詰まり、

視界が白く弾けた。


膝が折れる。


「盾、割れたな」


誰かが言った。

状況報告のように。


前に出て助けに来る者はいない。

後退の指示も出ない。


ゴブリンたちは、すぐに理解する。


防御が、なくなったことを。


刃が、肩を裂き、

棍棒が、脇腹を打ち、

何かが、背中に突き刺さる。


痛みは、ぼやけている。

もう、慣れてしまった。


視界の端で、

仲間たちがゴブリンを処理し続けているのが見えた。


――間に合わないな。


床に倒れる。

冷たい石の感触。


ゴブリンの足音が、近づく。


誰も、僕を引き上げない。

それが、このパーティのやり方だからだ。


意識が、ゆっくりと暗くなる。


――ああ、まただ。


次の瞬間、

すべてが闇に沈んだ。


そして。


意識が、強引に引き戻される。


見慣れた天井。

社宅の壁の染み。

枕元で震えるスマートフォン。


侵入前と、寸分違わない。


――また、死んだ。


そう理解した。


着信音が止まらない。

画面に表示された名前を見て、理由は分かっていた。


次のローテの催促だ。


「ヤヒロ!

 何やってんだ、もう回ってるぞ!

 さっさと戻れ!」


怒鳴り声を一方的に浴びせられ、通話は切れた。


深呼吸をする時間もない。

体は戻っても、気持ちは置き去りのままだ。


僕はベッドから起き上がり、

部屋の隅に立てかけてあった盾に手を伸ばす。


「使い捨ての盾」。


回数制限付きの、コモン装備。

さっきまで使っていたものとは別だ。


死亡時に復元されるのは、持ち込み時の状態となるが、ダンジョン内でロストした場合は例外である。

壊れた盾は、もう戻ってこない。


だから、こうして予備を何枚も部屋に置いている。


バックルを締め、

腕に固定し、

重さを確かめる。


問題ない。


財布の中身が、また少し軽くなることだけを考えないようにして、

僕は玄関に向かった。


ドアノブに手をかけて、一瞬だけ立ち止まる。


――また、前に立つ。


――また、盾を受ける。


それが、この会社での僕の仕事だ。


扉を開け、

僕は次のローテへと向かった。


そして前線に立ち、盾の耐久値が切れれば死に戻る。


――今日も一日、その繰り返しだ。





その日の業務が終わった頃には、外はもう完全に夜だった。


社屋の一階にある購買所は、まだ明かりがついている。

ダンジョン攻略専門企業らしく、売っているものは装備品と消耗品ばかりだ。


会社の購買所は、自衛隊の管理するダンジョン転移門出入口(通称ギルド)の購買所より一割ほど安い。

その代わり、置いてあるのはコモン装備のみで、質も総じて悪い。


刃の通りが鈍い短剣。

縫製の甘い防具。

そして――耐久値を切り詰めたような盾。


だが、選り好みをしている余裕はなかった。


ギルドの購買所は、僕の勤務時間が終わる前には閉まってしまう。

勤務明けのこの時間、装備を補充できるのは、ここしかない。


「使い捨ての盾、ありますか」


カウンター越しの店員は、端末から視線も上げず、棚を指した。


「……あちらです」


棚に積まれていたのは、見慣れた木製の中盾だった。

簡素な鉄縁、安っぽい木材。

いつも使っているものと、ほとんど変わらない。


――ただ、名前だけが違っていた。


《使い捨てる盾》


「……?」


一瞬、足が止まる。


誤字か、新ロットか。

この会社では、表記が適当な装備など珍しくもない。


手に取ってみると、わずかに重い気がした。

だが、秤にかけたわけでもない。

疲労のせいだろう、と自分に言い聞かせる。


念のため、説明札に目を落とした。


【使い捨てる盾】

・分類:コモン

・耐久:低

・備考:壊れやすい代わりに防御力の高い設計。


「……いつもと同じか」


いつも目にする説明文だ。

コモン装備にありがちな、簡素な一文。


きっと表記ミスなんだろう。


考えるのが、面倒だった。


僕はその盾を、ほかの「使い捨ての盾」と合わせて次々と棚から引き抜いた。

一枚、二枚、三枚……数えるのも億劫で、まとめてカウンターに置く。


「これで」


店員は一瞬だけ盾を見たが、何も言わずに端末を操作する。

合計金額が表示され、僕は黙って支払いを済ませた。

値段もいつもと変わらない。やはり表記ミスだったか。


袋を持ち上げたとき、

中の盾が、かすかに鳴った気がした。


――木が、軋むような音。


新品のはずなのに。

だが、立ち止まって確かめる気力はなかった。


「……帰ろう」


そう呟いて、僕は社宅への道を歩き出した。


このときの僕は、まだ知らなかった。


この盾が、

使い捨てられるのではなく――使い捨てる側の盾であるということを。


そしてそれが、

僕の人生を、決定的に変えることになるということを。


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