1章14節
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習志野駐屯地ダンジョン。
何度目かの侵入だった。
もう、転移門をくぐるときに息を呑むことはない。
足運びも、盾の構えも、自然に体が動く。
壁際には、倒れたコボルトの死骸がいくつか転がっていた。
数は、覚えていない。
いちいち数える段階は、とうに過ぎている。
首元が裂け、
胴が抉られ、
どれも致命傷だ。
「……悪くない」
ヤヒロは、盾の縁を軽く指で弾いた。
刃はない。
だが、振り抜いたときの感触は、確実に“切っている”。
切れ味上昇。
数字だけの補正ではない。
「使い捨てる盾」という守りだけではない武器の使い方そのものが、
いつの間にか、体に馴染んでいた。
そのとき――
背後から、足音。
三人分。
隠す気のない、慣れた足取り。
「……いたぞ」
振り返ると、そこにいたのは、見覚えのある顔だった。
ソロで潜り始めた頃。
一度、命を奪われた相手。
装備は、前より少し良くなっている。
動きも、洗練されている。
だが、視線は変わらない。
「また一人か」
「盾だけって、相変わらずだな」
「今度も、逃げるなよ」
三人はニヤついた顔で、武器を抜きながらゆっくりと近づいてくる。
逃げ道はある。
だが、ヤヒロは動かなかった。
逃げ続ける時期は、もう終わっている。
「……来い」
ヤヒロは短く、そう告げる。
最初に動いたのは、斧使いだった。
大振り。
殺意を隠さない一撃。
ヤヒロは、盾を正面に構えた。
衝撃。
腕に、重さが走る。
――耐えた。
「【スキル:衝撃波反転】!」
瞬間、盾の奥で、何かが反転する。
打ち込まれた力が、裏返る。
斧使いの体が、
自分の攻撃を受けたかのように吹き飛んだ。
「……は?」
男は壁に叩きつけられ、
そのまま動かなくなる。
残る二人が、明らかに動揺した。
「今の……」
「スキルか」
ヤヒロは、間合いを詰める。
クールタイムは三十秒。
次を使えるまで待ってくれる相手ではないだろう。
だが、十分だ。
二人目に対し、盾を横薙ぎ。
ザリ、と嫌な音。
刃のないはずの縁が、
鉄鎧に守られていない関節を裂く。
相手は、悲鳴を上げて崩れ落ちた。
最後に、両手剣の男が、無理やり距離を詰めてくる。
だが、動きが雑だ。恐怖が、混じっている。
これまで、反撃をしてこない初心者ばかりを狙っていたのだろう。
手痛い反撃を食らった動揺が、こちらにもありありと伝わってくる。
盾で受け、
押し返し、
そのまま――叩き潰す。
三人目が、倒れた。
誰も、もう立ち上がらない。
ヤヒロは、盾を下ろし、気絶する三人を縛り上げた。
自分から手を下すことには、あまり気が進まなかった。
ほかの冒険者か、モンスターにでもやられてしまえばいい。
ただし、彼らからレア装備をいただいておくことも忘れない。
今まで自分たちが散々やってきたことだ。
逆に自分たちがやられたからといって、文句を言える立場ではないだろう。
彼らの装備はダンジョンの制約上剥ぎ取ることはできなかったが、
バックパックからは大量のレア装備をいただくことができた。
「またこれで強くなれる」
だが、量が問題だった。
これをそのまま持ち運んでいては、また別の冒険者らに狙われることになるだろう。
幸い、ここはほかの冒険者が立ち寄らない、ダンジョンの入り組んだ先だ。
ヤヒロは、その場で「使い捨てる盾」にレア装備を食わせることにした。
キン。
キン。
キン。
・・・・・・
「使い捨てる盾」の強化を終えたヤヒロは息を整え、周囲を見渡す。
――視線。
通路の奥、影の中。
女の冒険者が、一人立っていた。
軽装だが、粗末ではない。
武器も構えていない。
逃げる様子もない。
ただ――
今の戦いを、最初から最後まで見ていた目。
視線が、交わる。
一瞬。
女は何も言わず、
音も立てずに、闇の向こうへ消えた。
「……見られたか」
面倒だ、と思う。
だが同時に、
胸の奥が、わずかにざわついた。
この盾の戦い方は、もう隠せる段階じゃない。
実際、戦ったこの三人には手の内がばれてしまっている。
その内、この盾の秘密もばれてしまうことだろう。
その時はその時だ。
そうなってもいいように、今はできるだけ早く強くなることが最優先だろう。




