1章12節
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帰還後、ヤヒロは真っ直ぐギルドへ向かった。
鑑定窓口。
料金は一件、千円。
安くはない。
だが、確実だ。
鑑定方法は単純だ。
専用の鑑定アイテムを装備に触れさせるだけ。
数秒後、
カウンター脇の端末から、
レシートのような紙が排出される。
そこに、結果が印字される。
内容は、
鑑定を依頼した本人しか見ない。
紙を渡すことも、
見せることも、
捨てることも自由。
情報は、金で秘匿できる。
ヤヒロは、長剣を差し出した。
数秒。
カシャ、と乾いた音。
吐き出された紙を、すぐに手に取る。
そこには、簡潔な文字列。
―――――
装備名:長剣
等級:レア
特性:切れ味上昇(小)
スキル:なし
―――――
「……当たりだ」
小さく、息を吐く。
派手ではない。
だが、確実な強化。
他の二本も鑑定したが、
特性もスキルもなし。
問題ない。
本命は、この一本だ。
ヤヒロは、紙を折り、ポケットにしまった。
誰にも、見せない。
その夜、帰宅後。
ヤヒロは、すぐに盾を取り出した。
「使い捨てる盾」。
もう、見慣れたはずの無骨な外見。
だが、
今ではそれが、異様に頼もしく見える。
長剣を、盾に当てる。
キン。
いつもより、少しだけ、音が澄んでいた。
剣は、溶けるように消える。
刃も、柄も、何一つ残らない。
盾は、何も語らない。
だが触れた感触が、わずかに――鋭い。
気のせいかもしれない。
だが、ヤヒロは確信していた。
「……乗ったな」
その夜は、早く布団に入った。
珍しく、
夢を見なかった。
翌日。
ヤヒロは、盾を抱えて再びギルドを訪れた。
鑑定料、千円。
盾を差し出す。
数秒。
レシートが、排出される。
ヤヒロは、
一呼吸置いてから、それを取った。
―――――
装備名:使い捨てる盾
等級:レア(変質)
特性:切れ味上昇(小)
スキル:なし
―――――
「……」
思わず、笑いそうになるのを堪えた。
確かに、書いてある。
切れ味上昇。
盾に。
武器の特性が、
間違いなく、継承されている。
しかも、等級がレア装備へと更新されている。
紙を畳み、ポケットへ。
誰も、何も知らない。
ギルドを出ると、外はいつも通りの朝だった。
だが、ヤヒロにとっては違う。
――これで、証明された。
この盾は、
特性も、選り好みせず喰らい、その身に宿す。
あとは、どれだけ集められるか。
どこまで、隠し通せるか。
「たくさん食わせてやるからな」
ヤヒロは、盾を抱え直し、静かにダンジョンへと歩き出した。
ヤヒロは、浅層でもう一段だけ奥へ進んでいた。
これまでなら、避けていたエリアだ。
理由は一つ。
――コボルトが出る。
小柄だが、動きが早い。
スライムのように受け潰すだけでは済まず、
サラリーマン時代では、盾役として時間を稼ぐ相手だった。
通路の先。
乾いた足音。
甲高い鳴き声。
現れたのは、二体のコボルト。
錆びた短剣と、粗末な槍を持っている。
「……来たか」
ヤヒロは、盾を構えた。
だが、
これまでのように“受ける構え”ではない。
盾を、わずかに傾ける。
刃を構えるように。
自分でも、無意識にそうしていることに気づき、
一瞬、戸惑った。
――切れるのか?
問いは、次の瞬間に消えた。
一体目が飛び込んでくる。
短剣を振り下ろす軌道。
ヤヒロは、踏み込んだ。
盾を、横に振る。
「――ッ」
鈍い音。
だが、いつもの“叩く感触”ではない。
何かが、裂けた。
コボルトの首に、一線の傷が走る。
浅い。だが、確実に――切れている。
コボルトは、そのまま倒れた。
「……切れた」
思わず、呟く。
二体目が、動揺したのが分かった。
距離を取り、槍を構え直す。
これまでなら、ここからが面倒だった。
だが、ヤヒロは、前に出た。
突きを、盾で受ける。
金属音。
そのまま、
受け流すように盾を返す。
刃のないはずの縁が、
槍の柄を削り、
腕を裂いた。
悲鳴。
コボルトが怯んだ、その一瞬。
盾を、振り抜く。
今度は、迷いなく。
胴体に、斜めの一線。
血が噴き、
コボルトはそのまま崩れ落ちた。
静寂。
ヤヒロは、盾を見下ろす。
血が付いている。
だが、
刃こぼれも、欠けもない。
「……これは」
ただの防具じゃない。
殴る盾から、
斬れる盾へ。
戦い方が、変わった。
これまで、
コボルトは“時間を食う敵”だった。
受けて、引いて、逃げるか、倒すかを迷う存在。
それが今は――
「一対一なら、問題ない」
いや。
複数でも、
立ち回り次第で、十分に勝てる。
ヤヒロは、息を整えながら歩き出す。
盾を、自然に構え直す。
もう、迷いはなかった。
この盾は、
受けるだけの道具じゃない。
切って、倒す。
その選択肢が、
確かに、自分の手の中にある。
習志野ダンジョンの空気が、
ほんの少しだけ、軽くなった気がした。




