クズナさん
アッチルの町の名物は渡り鳥料理だった。
町を通り過ぎる際、多大なる糞害をもたらす渡り鳥を、卵が美味しかったり、家畜化出来る種類以外は全て撃ち落とす勢いで討伐するらしい。
しかも年に三回、違う渡り鳥が通過するので、その時期は老いも若きも町をあげての大討伐祭りと化し、自然と鳥料理や卵料理が洗練されて名物になったそうだ。
ユンリーさんのおすすめの店は、フードコートそのもので、最初に席を確保してから、カウンターで和洋折衷、見たことのある料理が聞き馴染みのある名前で描かれているメニューを見ながら注文して、番号が呼ばれたら取りに行く形式だった。
ヨーゼフさん、ロックさん、ハッチが店の人気No.1メニューのローストチキン定食、ぶーにゃが焼き鳥盛合せと玉子サンド、残りがユンリーさん一押しの特製親子丼セットを注文したら、何故か人数分のコップに入った水が出てきた。
疑問に思っていると、ヨーゼフさんが注文したら飲料水が一杯無料で付いてくるのだと教えてくれた。
やはり生水は危ないらしく、煮沸するか魔法で出したもの以外はマジでヤバイとのこと。
オレは親方から譲り受けた野営セットに、魔力を込めると飲料水が湧く水筒が入っていたので一安心だ。
まだ全部確認できていないけど、ハッチ曰く相当性能が良いらしく、今回の件が片付いたらお酒でも持って改めてお礼に行こうと思っている。
コップ片手に席に戻ると、ヨーゼフさんが自作の地図を取り出して、光苔の群生場までのルートや、出現する魔物のこと、護衛を兼ねて同行するから指示役は任せて欲しいこと、余裕を持って四泊五日の日程を組もうと思っていること、二人もアイテムボックス持ちで準備万全だから、買い出しは食料を中心に最低限で大丈夫だと言われた。
ヨーゼフさんとロックさんが中心になって細かいところを詰めていくのを、たまに相槌を打ちながら、点滅する数字を眺める。
……オレ、やっぱりあの厚化粧の受付嬢が怪しいと思うんだよね。
ヨーゼフさん達が依頼書をカウンターに持ってきて、受付嬢と話した瞬間に数字が変わったから。
毎年のように不審死が起きるのだから、二人にとって庭のような場所を、彼等が調べなかったとは思えないし、自己防衛のためにもギルドからの調査依頼とは別に、個人的に怪しそうな場所を調査した冒険者も多いと思う。
それでも何も出なかったということは、それだけ巧妙に隠されているって事で、そうなるとただの受付嬢には無理って事になるから、ヨーゼフさん達の件と連続不審死は別物って事になっちゃうのか……。
別なら別で良いんだけど、何かもやもやする。
あの推定アラフォーの受付嬢は、昨日の様子からして冒険者達から慕われてそうだし、ギルドの大掃除後も在籍してるのは、処罰対象ではなかったからだろう。
ヨーゼフさん達が今回の依頼とは別に受付嬢から個人的なお願いだとか依頼を受けていたら、思う存分怪しめるんだけど……。
店員さんのよく通る声で番号が呼ばれたので、皆で受け取り口に向かうと、クリスマスの日に母さんが焼いていたものの倍以上あるローストチキンが山盛りのご飯と汁物と共にトレーに乗せられていた。
「……ヨーゼフさん、この店はデカ盛りが売りなんですか?」
「ん?これくらい普通だろ。ロックさん、ハッチ、この定食はご飯と汁物のおかわり一回無料なんだ。この番号札を見せたらおかわり出来るから」
続いて出てきた親子丼も、特製ではなく特盛の見間違いじゃないかと確認してしまうくらいデカ盛りだった。
「あっちは少し多いけど、これくらいなら食べられるでしょ?」
二キロはありそうな親子丼セットを軽々持ちながらユンリーさんが笑う。
食の細そうなルミエールも同意してるのが怖い。
もしや冒険者はフードファイターなの?
ぶーにゃの焼き鳥盛合せと玉子サンドも優に三人前はあった。
オレは片手に自分の親子丼セット、もう一方にぶーにゃの分を持つつもりだったけど、ずっしりとした親子丼セットを片手で持つのは無理だった。
「ぶーにゃ、持つの大変だろ?先にオレの分置いてくるからちょっと待ってて」
「ご主人、大丈夫にゃ。ぶーにゃこういう事も出来るのにゃ」
そういった瞬間、焼き鳥盛合せと玉子サンドが乗ったトレーがふわりと浮いた。
「すごい!超能力みたいだ」
「風魔法の一種にゃ。ぶーにゃがご主人の分も運んであげるにゃ。さっきから裾を踏みそうで危ないにゃ」
返す言葉もない。
着物は七五三の時以来着ていないし、浴衣も夏祭りで着るくらいで、こういうローブの足捌きに慣れていないのだ。
「ありがとう。お言葉に甘えるよ」
「ぶーにゃにお任せにゃ」
何とか転ばず席に戻り、いただきますと食事を始めてすぐの事だった。
「──あ、」
話しかけようとして止めたかのような声に振り返ると、あの厚化粧の受付嬢が立っていたのだ。
「あれ?クズナさん!クズナさんもお昼ですか?」
「……ええ、そんなところ。ヨーゼフくん、依頼前にローストチキン定食を食べるのは相変わらずね」
「ははっ、まぁ験担ぎなんで。クズナさんもご一緒します?この店これから混み始めますよ?」
「ありがとう、でも大丈夫よ。偶然通り掛かったら二人が見えたから声をかけただけなの」
怪しい。
声をかけた、じゃなくて声をかけようとした、だよね?
偶然通り掛かったっていうのも嘘くさい。
長い付き合いならヨーゼフさんの験担ぎを知ってるはず。
先程までギルドの受付に居たのなら、今くらいの時間にヨーゼフさん達がこの店に食事に来ると推測出来るんじゃない?
穿ち過ぎかな?
「あ、そうだ。クズナさん、ミイちゃん元気ですか?以前、好き嫌いが激しくてご飯の用意が大変だって言ってましたよね?うちの実家のワンコも食わず嫌いなんです。良ければおすすめの肉屋を教えましょうか?品揃えが豊富で重宝してるんですよ」
「ありがとう。でも大丈夫よ。色々試してご飯の好みが分かったの。おかげでミイちゃんスクスク育って、元気いっぱいなのよ。──君は昨日冒険者登録した子よね?魔道具に揶揄われていたから覚えているわ。お名前聞いてもいいかしら?」
「サンズです。周りをよく見てらっしゃるんですね」
「ええ、やんちゃな子が多いから自然とね。受付嬢は喧嘩の仲裁も仕事の一つなのよ」
フフッと笑う姿も意味深に見えてくる。
「……危なくないですか?」
「フッフッフ。サンズ、聞いて驚け!このクズナさんはな、今は引退して受付嬢をしてるけど、元Bランク冒険者なんだぞ!」
「……元Bランク冒険者?」
「ええ!しかもそれだけじゃないわ!クズナさんはね、この辺りでは珍しいテイマーで、何とあのシャドーリーダーをテイムしていたのよ!私達が冒険者になりたての頃、クズナさんのパーティーに助けてもらったことがあるんだけど、シャドーリーダーの影移動で魔物の背後から強襲するクズナさんの凛々しいことったらなかったわ!」
あれ?
これ、クズナさん黒幕説再浮上したんじゃない?
ただの受付嬢から一転、元Bランク冒険者、しかもテイマーなら色々画策出来そうな気がする。
「どうして引退したんですか?」
「……もう八年になるかしら。メンバーの一人がAランクに昇格したタイミングで隣国のダンジョンに挑戦したんだけど、塔型ダンジョンのはずが突然迷宮タイプに変化してね、撤退する途中でダンジョントラップに嵌まってパーティーが壊滅したの。テイムしていた子も私を守るために死んじゃって、療養でこの町に戻ったんだけど、そこで前ギルド長にスカウトされて受付嬢になったのよ」
「新しくテイムして復帰しようと考えなかったんですか?」
「私はね、生涯一体しかテイム出来ない特殊なテイマーなの。その分私自身とテイムモンスターの能力が上乗せされるんだけど、その子を失えば大幅に弱体化するから冒険者を引退するしかないのよ」
うーん。
嘘は吐いてなさそう。
やっぱり黒幕説はないのかな。
「やだな、クズナさん。弱体化したって言うけど、今でも力試しの缶詰を軽々開封出来るじゃないですか!あれ、Cランクの力自慢でも開けられないんですから!クズナさんやっぱすげーって大盛り上がりだったんですよ?」
「やだ、あれはたまたまよ。みんなの力でほとんど開きかけてたんだと思うわ」
「あれで更にクズナさんファンが増えたんですよ。み~んなクズナさんの受付に並ぶんですから!ね?ヨーゼフ?」
「あは、あはは……そ、それよりクズナさん、俺達に声をかけたって事は何か有りました?」
「……ええ、依頼のことでちょっとね。でもご飯の後でいいわよ。親睦会なんでしょう?邪魔しちゃ悪いもの」
「あ、大丈夫ですよ。今回の依頼、サンズのパーティーも一緒なんで」
「一緒?合同で受注するの?」
「いや、サンズのパーティーがおやっさんから光苔の納品依頼を受けたんですよ。サンズは駆け出しだし、目的地も同じだから、俺らが護衛を兼ねて同行するんです」
「そうなの。仲がいいのね。サンズくんのパーティーはBランクなんでしょう?そこのロックさんがAランクだと聞いてワクワクしちゃったわ。……サンズくん、初依頼だから緊張してるでしょ?でもヨーゼフくんもユンリーちゃんも頼りになるから大丈夫よ。でも念の為……ええと、そこの彼が回復役かしら?彼の側を離れないようにね?」
「僕達のパーティーに回復役はいませんよ」
ルミエールが素っ気なく答える。
「あら、そうなの?装備的にてっきり回復役かと……ごめんなさいね」
「まぁポーション類は買い込んでるから問題ないですよ。行き慣れた場所ですし。……それで依頼がどうしたんです?期日が減ったとか、納品数が増えたとかですか?」
「……実は急ぎの依頼が入ったの。報酬は少ないんだけど、依頼主がギルドのお得意様で、貢献値が高いから、達成したらBランクへの昇格がぐっと近付くわ。だから二人にお願いしようと思ったの。……どうかしら?」
心臓がバクバクうるさい。
やっぱりこの人だ。
この人が寿命をおかしくしてるんだ。
突然発動した死神の目。
彼女が口を開く度に、皆の頭上の数字がぐしゃぐしゃと歪んでいく。
「……急ぎなら難しいな。今回はゆるく日程を組んでるんで」
「まぁまぁヨーゼフ、聞くだけ聞いてみましょ。クズナさん、どんな依頼なんです?」
「光苔の採取依頼よ。期日は三日後の夕方。二人はあの辺に詳しいでしょ?それに急ぎだから念の為ギルドの資料室から光苔の群生場の地図を持って来たの。どう?やっぱり難しいかしら?」
多分、死神の目はオレに覚悟を決めろと言ったんだ。
ぶーにゃの、ルミエールの、ハッチの、ロックさん、ナナさん、そして──クズナさんの数字まで、赤黒い2へと変わったから。
もしかしたら、数字の点滅は警告ではなく、まだ寿命が確定していない事を表しているのかもしれない。
だとしたら、ここでオレが取るべき行動は……。
「ヨーゼフさん、オレなら大丈夫です。みんなも旅慣れしているし、急ぎなら依頼主も困ってるってことでしょう?行程がキツくなっても冒険者になった以上甘えてられません。……それにオレ、Bランク冒険者になったヨーゼフさんとユンリーさんが見たいです!」
毒を食らわば皿まで。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
死中に活あり。
「──サンズ!!お前ほんといい奴だな!クズナさん、その依頼引き受けます!」
「ありがとう!じゃあこれが依頼書で、ここにサインしてくれる?──はい、大丈夫よ。みんな、依頼を受けてくれて本当に感謝するわ。じゃあ私はギルドに戻るわね」
コツコツとヒールを鳴らしながらご機嫌に去っていく後ろ姿を睨みつける。
精々高みの見物をしていたらいい。
必ずそこから引きずり下ろしてやるから。
だってオレは冒険者。
傍観者は卒業したんだ。




