女神
『あの~、はじめまして渡瀬様。この世界の女神です』
真っ暗な空間にぽつんと浮かんだ木の棒が、真ん中あたりでボキっと折れて、再び元の状態に戻った。
『……チェンジで』
ヤバいものには近づかない。
それが両親の教えだ。
たとえ女神を自称していても、そこはかとなく地雷臭がする棒とはお近づきにはなりたくない。
『いえいえ!チェンジは無理です!』
ブンブンと上半分を振り回す棒。
上部に開いた目と口らしい三つの穴が、言葉に合わせてうごうご動く様はまるで呪物のようだ。
『本当に女神?オレを騙そうとしてない?』
『はい、本当に女神です。渡瀬様をこの世界に送り込んだ元凶でございます』
『悪い女神なの?』
『いえいえ!いい女神です!』
『だったら何でそんな姿なの?普通女神って女の人の姿をしてるんじゃないの?』
『え〜と、皆の理想を演じるのが面倒くさくなりまして、どうせならもうコレでいいかなと』
くねっくねっと品を作りながら話す女神。
棒がパキペキ動いているだけなのに、品を作っていると分かってしまう自分がちょっと嫌だ。
『だとしても木の棒はないよ。顔の部分がその三つの穴なんでしょ?話す度に動いてるけど微妙にズレててホラー感がすごいんだけど……』
『ホラー感……親しみを演出しようと思ったのですが失敗しましたね。次はもう少し考えてみます』
『次もあるの?というかオレに何の用?』
『ああ~!忘れるところでした!渡瀬様にお伝えしたいことがあって、こうして夢にお邪魔させていただきました』
『え?オレ今寝てるの?』
『はい、全く寝そうになかったので、眠ってもらったんです』
やっぱり。
オレとぶーにゃに充てがわれたもう一つの角部屋で、腕輪から大鎌を取り出そうとしていたはずなのに、寝ているなんておかしいと思ったんだ。
『……普通下界に干渉したらペナルティとかあるんじゃないの?』
『ありますよ〜。でも初回限定サービスでペナルティ無効なんです!』
えっへんと上半分を後ろにそらす棒。
どうでもいいけど、動く度にボキッ、パキッ、ペキッという音をさせるのは止めて欲しい。
『……話は次回でいい?何かこのまま話すの怖いんだけど』
『大丈夫ですよ~!私、本当にいい女神ですから〜!』
ぐいっと距離を縮めてくる棒。
言葉に合わせて動いていると思った三つの穴は、間近で見ると穴から闇が這い出す寸前のように蠢いていた。
この女神、ヤバくない?
親しみを感じるどころかドン引きだよ。
それとも神は人と常識が違うからこういう感じなの?
仕方ない。
さっさと用件を聞いてお引き取り願おう。
『……分かった、話を聞くよ。伝えたいことって何?』
念の為、何かが這い出してきそうであり、ブラックホールみたく何でも吸い込みそうでもある穴から距離を取る。
小首を傾げるように棒がポキッと折れるが、怖いからこれ以上近づきたくない。
『はい。ではお伝えしますね。──渡瀬命様、どうか幸せになってください。この世界で幸せに生きて欲しいのです』
棒が浮かんでいるだけなのに、何故か厳かに胸の前で手を組んでいるように見えるのが、雰囲気にのまれている感じでちょっと嫌だ。
『……どういう事?意外すぎて理解できないんだけど』
『あなたは学園祭の買い出しの帰り、屋上から飛び降りた女生徒に巻き込まれて死亡したのです』
『うん、それは何となく覚えてる。そっか、オレ死んだんだ』
『はい。あなたを亡くした御両親と御親戚の嘆きは凄まじく、また飛び降りた女生徒もいじめを受けていましたが、死ぬ直前に復讐で何人もを社会的に抹殺していたり、いじめのリーダー格の一人がこの世界に招かれる予定だったのが今回の件で白紙になったり……とにかく諸々の条件が天文学的確率で重なった結果、双方の世界に多大なる歪みを与え、手が付けられない状況になりまして、一刻も早く事態を収束させるために、中心人物の一人である渡瀬様には、こちらの世界で天寿を全うしてもらうことになったのです』
身振り手振りの代わりに棒がポキッペキッバキッと忙しなく折れる音は、黒板を爪でキーッとされたような不快感に近い。
絶対棒を選んだのは失敗だと思う。
『職業が死神なのは何か理由があるの?』
『ええと〜、職業は自動で決まるので私は介入しておりませんが、恐らく渡瀬様の死によって大勢の者が命を落としかねない状況を引き起こしたことで濃密な死の匂いといいますか、死そのものに近づいたといいますか、死のシンボル的存在になったのだと思います。こちらの世界には存在しない【死神】という、渡瀬様専用の新たな職業が誕生しましたので』
オレが死のシンボル?
世間一般よりは裕福な家の子だけど、両親は共働きだし、お手伝いさんはいたけど通いだし、犬も飼っていないのに。
『そんな大層な職業をもらって、オレは具体的に何すればいいの?』
『お好きなように。王道を行くもよし、覇道を行くもよし、スローライフを楽しむもよし、職人になるもよし、お店を開くもよし、貴方の思うがままに生きられるよう、こちらでサポートアニマルとサポーターをご用意させていただきましたので。どんな生き方にせよ、貴方が楽しく幸せに過ごせば双方の世界にもいい影響を与えるのです。難しく考えることはありませんよ』
ボキボキくるくるぴょんぴょん折れては跳ねる棒。
忙しないな。
『ぶーにゃとルミエール達は女神が選んだってこと?』
『いいえ、それはランダムです。ですから少し申し訳なく思っているのです。まさかサポートアニマルが歪みの影響を受けるとは思わなかったので』
『ぶーにゃのスキルが非活性状態なんだっけ。活性化してくれるの?』
『それが無理なんです。渡瀬様に接触するだけでセウトなので、サポートアニマルに干渉すれば──ああ~考えるだけで恐ろしい!』
ボキボキボキッとあらゆる箇所が複雑骨折する棒。
破片が落ちそうなのに落ちていないところを見るに一種のパフォーマンスかもしれない。
『そっか。話は終わり?』
『はい』
くるりと回って廃材から新品の木の棒になった女神。
やっぱりさっきのはパフォーマンスだな。
間違いない。
『……両親に伝言とかも無理?』
『残念ながら現在歪みの修復中ですので、あちらの世界に干渉できないのです。その代わり渡瀬様の不具合はばっちり調整しましたので、これからはスムーズにスキルが使えますよ』
そっか。
そうだよね。
違う世界に来てしまったんだから、両親や親戚にはもう会えないか。
ああ、何か泣きそうだ。
『お話は以上です。それではこれで失礼しますね。お邪魔しました〜』
メキャッ!
「──あの女神、絶対性格悪い」
初めて聞いた音と共に空間が潰れ、その衝撃でオレは弾き飛ばされたのだ。
もしベッドに寝転んでいなかったら怪我していたかもしれない。
「ご主人、女神に会ったのにゃ?」
ヒゲをピクピクさせながらぶーにゃが覗き込んでくる。
「うん、呪物みたいな木の棒だった」
「ぶーにゃの時は蝋燭だったにゃ。話す度に火が大きくなって、お髭を焦がされそうになったにゃ」
あ、イカ耳になってる。
不機嫌のサインだったっけ。
「親しみを持ってもらいたくてとか言ってなかった?」
「言ってたにゃ。身近なものを依り代にしたら喜んでもらえると思ったそうにゃ」
「逆効果だよね。残念ながらスキルの活性化は無理なんだって」
「無理に決まってるにゃ。あの女神は世界の歪みを利用して、様々な世界から泥棒を働いた事がバレて重大なペナルティを受けたのにゃ。だから今の女神は神格剥奪寸前、神力も枯渇状態だから活性化出来るはずないにゃ」
「泥棒?」
「そうにゃ。人、物、文化、とにかく手当たり次第に盗みまくった大泥棒にゃ」
「自分はいい女神だって言ってたけど……」
「あくまで自称にゃ。あの女神はペナルティを受けた後、どうにか神格を増やそうと神使をしているくせに、わざと嫌厭される依り代を選んで依頼主を貶めるヤバい奴にゃ。ご主人に接触したのも依頼を受けたからだと思うにゃ」
尻尾でペシペシ枕を叩くぶーにゃ。
多分ヒゲを焦がされそうになった事を思い出してるんだろうな。
「うーん。そう言われてみれば伝言の時だけ雰囲気が違ってた気もする。でも何で女神は泥棒なんてしたんだろ?」
「箱庭を作るためにゃ。サポートアニマルにスカウトされた時、お気に入りだけを集めて鑑賞したいと話していたにゃ。試作の箱庭が平和過ぎて退屈だからと魔物を投入すると、毎回呆気なく滅亡するから調整が難しいと愚痴をこぼしていたにゃ」
「サポートアニマルってスカウトなんだ?」
「そうにゃ。女神のお気に入りに合わせて八種以上集めると言っていたにゃ。でもその後、女神がペナルティを受けた事で御破算、役目だけが残ったのにゃ。神使として働く女神に聞いたら、箱庭は諦めていないからだと言われたにゃ」
「……女神の野望が潰えて良かったと思うのは性格悪いかな?」
「ぶーにゃも同意見にゃ」
コンコンッ
「サンズ〜!ぶーにゃさーん!夕食が届いたぞ〜」
「は~い、今行く。……ぶーにゃ、寝る前に大鎌を確認するよう言って欲しい。忘れて寝そうな気がするから」
「ぶーにゃにお任せにゃ」
さてさて。
この世界で初めての食事はどんな感じかな。
ルミエール達の機嫌もマシになっててくれたら良いんだけど……。




