女の勘?
「──あれ?地面がない」
「地面にゃ?」
「うん。遠目では地面を岩場が囲んでたように見えたんだけど、モヤもあったし、少し窪地になってるから見間違え……」
「だぁ~!マジかよ!ルミエール様、ここがっつり隠蔽されてます!直接触ってギリ反応ありなんで、相手のスキルかなり高いです!」
窪地の真ん中で看破スキルを使ったハッチが、オーマイガー!と言わんばかりに頭を抱えて叫ぶ。
「……お〜、ヤベーな。サンズ、この辺り触ってみろよ。剥き出しの地面だぞ」
岩場にしか見えない場所をペタペタ触りながらヨーゼフさんが言うので、どんな感じかとオレも触ってみる。
「……あ!本当だ、土の感触がする」
「死神の目は確かだったのにゃ。ご主人、周りの石も質感が違うにゃ。脆さがなくて、かなりゴツゴツしてるにゃ」
「うわっ、知らずに転んだら怪我しそう。ぶーにゃ、隠蔽スキルってすごいね」
「……ここまで見事に隠蔽されているのは珍しいにゃ。いくらあの受付嬢のスキルレベルが高くても、本人不在でこれだけの範囲を隠蔽するのは無理にゃ。魔道具か、他の要因があると思うにゃ」
魔道具。
魔力を込めたら飲料水が無限に湧く水筒なんて、剣と魔法のファンタジー世界ではそこまで珍しくないみたいだけど、オレからしたらオーパーツ以外の何物でもない。
露店で叩き売りされていた火種石だって、薪の中に魔力を込めて投げればあっという間に焚き火が完成する上に、石が割れるまで繰り返し使える優れものなのに、魔力が必要ない火打石の方が人気らしい。
ロックさん曰く、一般的な冒険者にとって魔力は生命線そのものだから、節約できるところは節約した方がいいそうだ。
ただし向き不向きがあるので、まだ冒険に不慣れなオレは、火種石などを使った方が手間がなく、余計な気力や体力を使わずに済むので安全だと言われた。
Aランク冒険者のお墨付きと、露天のおじさんが、今日はもう店じまいだから、普段なら一個銅貨一枚のところ今だけ二十個銅貨十枚でどうだ!とバナナの叩き売りみたいなことをしていたので、ありがたく買わせてもらった。
近い内に火種石で焚き火が出来たらいいなと密かに思っている。
「……ぶーにゃさん、隠しダンジョンの可能性は?」
「隠しダンジョン?」
ロックさんとハッチと一緒に隠蔽されている範囲を調べていたルミエールが、戻ってくるなり言った言葉に首を傾げてしまう。
ちなみにナナさんとユンリーさんはお昼ごはんの準備をしてくれている。
「神隠しダンジョン、略して隠しダンジョンにゃ。足を踏み入れたら、ダンジョンボスを倒すまで脱出出来ないとされている厄介なダンジョンにゃ」
「この世界にも神隠しがあるんだね」
「元は迷い人が広めた言葉らしいよ。隠しダンジョンは謎が多いんだ。冒険者の行方不明が多発した後、ごく少数の帰還者による報告でダンジョンの痕跡が発見されたり、スタンピード後の調査でダンジョンの残骸が見つかることはあるけど、生きたダンジョンの発見例はほぼない事から、隠しダンジョンは周囲の景色と同化しているという説もあるんだ」
「隠しダンジョンの可能性を考えるくらい隠蔽されている範囲が広かったのにゃ?」
「広さもだけど、効果の強さが気になって。個人のスキルよりもダンジョンの特性によるものだと考えた方が納得できるんだ」
「……俺とソウさんが調査した限り、クズナさんは自分を隠す隠密系のスキル持ちだが、周りをどうこうする偽装や隠蔽スキルは使えなかったと思う」
「じゃあ、ここが隠しダンジョンで、ダンジョン自体が隠蔽スキルを使っているかもしれないって事?……でもオレ達この辺りを散々歩き回ってるよね?もし隠しダンジョンがあるなら、とっくに中に入ってるんじゃない?」
「サンズくん、そこなんだよ。隠しダンジョンが厄介なのは。足を踏み入れたらボスを倒さなきゃ脱出出来ないけど、そもそも足を踏み入れるまでダンジョンに気付けない上に、招き入れる相手を選んでるきらいがあるんだ。現にハッチが調べた範囲内をロックが隈なく歩いたにもかかわらず、ダンジョンが発見出来ていない」
「……鍵が必要なんじゃないか?」
「鍵?」
「ああ。クズナさんの足跡からして、隠しダンジョンが連続不審死事件に関係してるのはほぼ間違いないだろ?だがここ三年、被害者が出ていないんだ。いくらここが穴場で冒険者が来ないと言っても、三年間一人も来ていないとは思えない。つまりダンジョンに入るためには鍵というか、ダンジョンが食い付くような餌が必要なのかもしれない」
危険察知スキルが反応したという、岩場にしか見えない場所を掘りながらヨーゼフさんが言った。
掘っても掘っても見た目は変わらないのに、手にはちゃんと掘った感触があって、掘った分の土が積み上がっていくのが意外と面白いらしい。
「あ~あ、ここが隠蔽されてなければ、三年間被害が出なかったのは腕っぷしの強い奴がボスを討伐したからで、あの受付嬢が最近ボロが出だしたのも、ダンジョンを利用出来なくなったからって思えたのに」
蹴り飛ばしたのに飛んでいかない小石を恨めしげに見ながらハッチが言う。
「手掛かりが見つかったと思ったら、今度は隠しダンジョンに入るための鍵を探す事になるなんて、まるで謎解きをさせられている気分だね」
「……サンズくん、流石に迷宮タイプの隠しダンジョンはゾッとしないよ」
「迷宮タイプは難易度が高いの?」
「難易度というより殺意度が高いのにゃ。高ランク冒険者でも全員が五体無事で帰還することは滅多にないにゃ。だから迷宮タイプのダンジョン近くには、金の亡者、もとい、神殿や治療院があるのにゃ」
「高いお布施を取られるけど、高位神官や上級治癒師は失った腕や足を生やせるからね。生きてさえいれば何とかなるんだよ」
「そういえばユンリーさんも神殿で人差し指を生やしてもらったみたいなこと言ってた。魔法ってすごいね」
「ご主人、気を付けるのにゃ。神殿の奴らは足元を見てくるにゃ。金持ちからはがっぽりと、貧乏人からはしっかりとをモットーに金品を巻き上げ、借金を完済するまで地の果てまで追いかけてくるしつこい集団なのにゃ」
「……オレ、町に戻ったらポーション買うよ」
「みんな〜!ご飯出来たよ〜!」
ユンリーさんの声に、空気が緩む。
あんなに離れてるのにちゃんと聞こえるなんて羨ましい。
「よっ、待ってました!皆、とりあえず飯にしようぜ!飯食って小休憩したら妙案が思いつくかもしれないぞ」
見えない砂ぼこりを払ってヨーゼフさんが駆けていく。
「ヨーゼフの言う通りにゃ。空腹だったり根を詰めすぎたら視野が狭くなるのにゃ。万全の状態でいる為にもご飯は大事にゃ」
「うん、そうだね。腹が減っては戦ができぬって言葉もあ──」
「ご主人?……何か見えたのにゃ?」
「……鎖が」
「鎖?」
「ヨーゼフさんが掘っていた辺りから鎖が出てるんだ。ナナさん達のいる方に向かって」
まるで黒い蛇の鱗のように、鎖がうねりながら食事の支度をしている場所へと伸びている。
足跡から出ていたようなモヤをまとっている事もあって、とても気味が悪い。
「ぶーにゃさん、お願いします」
「了解にゃ。ご主人、鎖がどこに続いているか確認して欲しいにゃ」
「うん!」
ぶーにゃの風魔法で再び浮かび、ナナさん達の方に滑るように飛んでいく。
「あ、ぶーにゃ。お昼はカレーみたいだよ」
平たいパンがてんこ盛りの大皿と、大鍋から漂う美味しそうなカレーの匂いが食欲をかき立てる。
これで鎖がユンリーさんに向かって鎌首をもたげていなければ言う事無しなんだけど。
「……クズナさんて、ユンリーさんのこと本当に好きじゃないんだな」
「ユンリーに鎖が巻き付いてるにゃ?」
「えーと、鎖はユンリーさんの左足首に巻き付こうとしてるんだけど、結界か何かに弾かれてもんどり打ってる。しかも鎖が弾かれる度にモヤから死とか滅とか呪とか、そういう文字が浮かび上がるんだ」
「え?なになに?もしかしてサンズくんカレー苦手だった!?」
大鍋をかき混ぜるユンリーさんが、慌てたように聞いてくる。
「いえいえ!カレー大好きです!死神の目がヨーゼフさんが掘っていた場所からユンリーさんに向かって鎖が出てるって教えてくれたんです。あ、でも結界か何かに弾かれて巻き付けないみたいなんで、今のところ大丈夫そうです」
「……ユンリーが鍵って事か?」
「試す価値はあるにゃ」
「鍵ってなに?私、家の鍵しか持ってないわよ?」
「サンズの見つけた場所が隠しダンジョンかもしれなくて、中に入るためには鍵となる何かが必要だって話してたんだよ」
「その何かが私かもしれないって事?」
「ああ、だって鎖はわざわざ近くにいた俺達じゃなく、離れた場所にいるお前に巻き付こうとしてるんだろ?鎖の出所も危険察知スキルが激ヤバだって知らせてきた場所だし、何か意図を感じないか?」
「うーん、俺はもっと単純だと思うけどな〜。あの受付嬢ならユンリーさんの何気ない一言に腹を立てて、ムカついたからって理由で襲わせそうじゃない?」
オレと同い年で非戦闘職の商人なのに、息切れ一つしていないのは流石だと思う。
この世界の住人は、オレの世界よりも総じて基礎能力が高そうだ。
「だとすると、鎖は依頼書に関係が有るのかもしれないね。たとえば裏に名前を書いた相手を鎖が隠しダンジョンに引きずり込む……どうかな?」
「あり得るにゃ。ユンリー、最近何か揉めた覚えはないにゃ?」
「うーん、心当たりがありすぎて分からないわ」
「オレの見た感じ、ユンリーさんに巻き付こうとしている鎖は明らかに呪われてるし、隠しダンジョンはボスを討伐しなければ出られないんだよね?連続不審死事件を考えるとダンジョンボスの単独討伐はほぼ不可能。つまりクズナさんはユンリーさんを確実に殺そうとしてる。……口喧嘩で殺人とか沸点低すぎない?」
「あ~、あの人案外大人げないからな。ないとは言い切れないと言うか、むしろあの人ならやりかねない……」
ヨーゼフさんが苦虫を噛み潰したようような顔で頭をかく。
「──ふーん、上等だわ。ご飯が済んだらダンジョンに向かいましょうよ。このメンバーならダンジョンボス相手でも後れを取らないもの。返り討ちにしてやるわ!」
カレーをかき混ぜていたお玉を勇ましく振り上げるユンリーさん。
「落ち着くにゃ。鎖が狙っているのはユンリーだけにゃ。パーティーを組んでいるヨーゼフは同行できたとしても、ぶーにゃ達が一緒に行けるとは限らないにゃ」
「え、どうして?入り口から同時に踏み込めばいいじゃない」
「その入り口がないのにゃ」
「……どういうこと?サンズくんが連続不審死事件に関係してそうな隠しダンジョンを見つけてくれたんでしょ?その入り口の扉に鍵がかかって入れないから、ダンジョン内から出てる怪しい鎖が狙ってる私が鍵かもしれないって話してたんじゃないの?」
ユンリーさんの意識がそれた瞬間、ナナさんがサッとお玉を受け取り、鍋をかき混ぜる。
お見事!
火加減強めだから焦げたら台無しだもんね。
「違う。あの周辺があまりにも巧妙に隠蔽されているから、隠しダンジョンかもしれないって話が出て、じゃあ何で散々歩き回ったのに中に入れないんだってなって、見つけるには鍵となる何かが必要かもしれないって所で、お前が飯だって呼んだんだ」
「その後、ご主人の死神の目が発動して、ヨーゼフが掘っていた場所から伸びた鎖がユンリーに巻き付こうとしているのが分かったのにゃ。ぶーにゃ達は、もし鎖がダンジョンから伸びているなら、ユンリーがダンジョンの入り口を見つける鍵になるかもしれないって話をしていたのにゃ」
ぶーにゃの言葉に突然膝から崩れ落ちたユンリーさん。
何かあったのかと慌てて手を差し伸べる寸前、フフフと背筋がひやりとする笑い声が聞こえて、思わず手を引っ込めてしまった。
……流石異世界。
怒りって可視化出来るんだ、なんて現実逃避したくなるくらい、魔力が迸ったユンリーさんは迫力満点だった。
「……成る程ね。通りで最近ウザ絡みしてきたわけだわ」
「ゆ、ユンリーさん?」
「何か分かったのか?」
ヨーゼフさんがユンリーさんを立ち上がらせる。
すごいな。
二人の信頼関係が見える。
「フフ、あの人ね、女の勘だとか言って、私が窮地に陥った時に思い出して悔しがるよう、ヒントを出していたのよ。束縛女は昔から蛇蝎のごとく嫌われる、親しき仲にも礼儀あり、落とし穴、呪いに注意、不注意で孤立無援。──あの人、邪魔な私を消して傷心のヨーゼフを手に入れようって魂胆だわ」
「……何だそれ」
「どんなからくりかは分からないけど、あの人は隠しダンジョンに狙った相手を放り込めるのよ。いつもはパーティーメンバー全員を放り込むけど、今回鎖が巻き付いてるのは私だけ。サンズくんの言った通り、私にダンジョンボスの単独討伐は無理だから、後日冒険者ギルドに変わり果てた姿で落ちてくるんだと思うわ。そうなると、同行していたけど無事だったヨーゼフが疑われるから、取り調べで心身ともに弱った所につけ込んで、庇うなり慰めるなりすれば自分のものに出来るって考えたのよ。──思い上がりも甚だしい」
怖っ。
カレーの匂いと空腹が多少怖さをマイルドにしてくれてるけど、ぶーにゃを抱っこしていなければ耐えられなかったかもしれない。
「……私ね、先月だったかしら。あまりにもムカつくことしか言わないあの人にカチンと来て、冗談交じりに言い返してやったの。『もし仮にヨーゼフが浮気したとしても、相手は私と同年代か年下ですよ。いくらお綺麗でも、自分の母親と大して年の変わらないクズナさんは対象外ですって。そろそろ年齢に見合ったクズナさんファンのオジサマたちに目を向けたらどうですか?』ってね。──あの人的に言えば、自分をコケにした小娘を殺せばオマケでヨーゼフも手に入って一石二鳥じゃないの、私ってかっしこーい!とでも思ったんでしょ」
「……理解に苦しむな。俺そんなに単純じゃねーし」
「フフ、ヨーゼフがあの人に靡くかどうかはともかく、もし私達がサンズくん達と出会えていなければ、途中まではあの人の筋書き通りになっていたでしょうね」
「途中まで?どういう事ですか?」
「私が鎖を防げているのは、多分この篭手のお陰なの。もしサンズくんを親方に紹介していなければ、私はとっくにダンジョンに引きずり込まれて、今ごろボスと対峙していたかもしれないわ。……ねぇヨーゼフ、探索中に私が突然消えたらどうする?」
「どうって……そりゃ探すに決まってるだろ」
「見つからなかったら?」
「周辺一帯をぶっ壊して手掛かりを探す」
「その結果、アンタは巨石に押し潰されて死亡、もしくは音に誘き寄せられた魔物の群れに不覚を取って命を落とす。……切羽詰まった状況なら、無くはないでしょ?」
「……俺そこまで間抜けか?」
「時々ね」
軽口を言い合う二人を眺めながら、オレは目から鱗が落ちる思いだった。
そうだ。
オレは今まで数字が同じだから、ヨーゼフさんとユンリーさんは同じ死因だと思っていたけど、必ずしもそうとは限らないんだ。
「……ぶーにゃ、思い込みって怖いね。オレ、数字が同じだから、二人の死因が違うかもしれないなんて全く思いつかなかった」
「ご主人、それはぶーにゃも同じにゃ。でも早めに気付けて良かったにゃ」
「うん」
「──さ、いい感じに煮込めたわ!皆、お昼ごはんにしましょう!」
加速する二人のイチャイチャに待ったをかけるようなタイミングでカーンッとお玉を鳴らしたナナさん。
「「あ、はい!!」」
我に返ったのか、慌てて距離を取る二人。
うん、今更だね。




