手掛かり
「──あ、これ足跡なんだ」
ぶーにゃを抱っこしながら地面に転がる巨石の間を抜けてすぐ、黒いモヤの発生源が判明した。
あちらこちらに三角形と太陽を半分にしたものを向かい合わせたようなマークがベタベタと付いていたので、すわ罠か魔法陣かと警戒したけど、よくよく見たら足跡で、そこからモヤが出ていたのだ。
手を翳しても温度はなく、日差しは遮るのに近づくと視界を遮らない不思議なモヤ。
煙たくないけど、そこかしこで小火が起きている感じで気味が悪い。
「足跡にゃ?」
「うん。ほら、これは分かりやすいよ。足跡が重なってるけど、片方からしかモヤが出ていないから」
「ご主人、残念ながらぶーにゃには見えないにゃ。足跡とモヤは死神の目が見せているんだと思うにゃ」
「え、そうなの?じゃあこの足跡はクズナさんの物なのかな?うーん、視界を共有出来たらいいのに」
「スキルレベルが上がれば出来るようになるかもしれないにゃ。それより情報が欲しいにゃ。どんな足跡なのにゃ?」
「えーと、大きさはオレと同じくらいで、つま先が細くて踵の方がトゲトゲしてる。さっきも言ったけど、モヤが出てるのと出ていないのがあって、モヤが重なると黒さが増すみたいだ」
「……あー、かかとがトゲトゲって事は、クズナさんの足跡っぽいな。かかと落としの時に仕込みナイフが飛び出す仕組みになってる特注品なんだが、ものぐさだから外ではいつも出しっぱなしにしてるって言ってたし」
「ものぐさだからじゃなくて、仕掛け部分が壊れてるのよ。草刈りの時期に子ども達の見守り役として受付嬢も駆り出されるんだけど、その時本人から聞いたもの。冒険者時代にメンテナンスを怠ってナイフが収納できなくなったけど、立ったまま草刈り出来て便利だから修理するつもりはないって。しかもあの人、私が注意しないと靴を履き替えずに町中を歩くのよ?誰かを怪我させてからじゃ遅いのに」
多分、ユンリーさんとクズナさんは馬が合わないんだろうな。
年齢差があるから一応クズナさんを立ててるけど、もし同年代だったら流血沙汰の取っ組み合いを繰り広げてそうだ。
「直近で履いてるのを見たのはいつ頃にゃ?」
「二ヶ月前の討伐祭の時ね。あのブーツを履いて渡り鳥の血抜きをしていたの。回し蹴りで綺麗に首を切り落としてたわ」
腐っても鯛、もとい、引退してもBランク冒険者ってことかな。
「俺は半年前かな。金策でゴーレム狩りしてた時、川辺にサンズみたいな黒いローブ姿の怪しい奴がいて、念の為に尾行したんだが、泥ゴーレムにあの派手なオレンジのブーツでかかと落としを決めてたから、何だクズナさんかと思って切り上げたんだ」
泥ゴーレムって泥攻撃で足場を悪くするから、Fランク以上のパーティーで倒すことが推奨されてる魔物だよね?
ソロで討伐出来るなら、かなりの実力者じゃない?
まあ逃走の為に一撃を与えただけかもしれないけど、それよりも……。
「……オレ、怪しいですか?」
「いや!違う!格好じゃなくて、隠密系のスキルを使ってたから怪しいと思ったんだ!」
「そうよ!黒いローブ姿が怪しいなら魔法系の職業の半数が怪しくなるじゃない!サンズくんのは厚手で安っぽさがないし、カッコいいわよ!大丈夫!自信を持って!」
「は、はい」
「……ご主人、大丈夫にゃ?目が充血してきてるにゃ」
「充血?別に何ともないけど」
もしかしてヨーゼフさん達が慌ててフォローしたのはオレが涙目に見えたのかな。
だとしたらちょっと恥ずかしい。
流石にこの程度では泣かないよ?
「サンズくん、多分スキルを発動し続けてるから目に負担がかかってるんだ。そのうち痛みが出てくるかもしれない」
「……えー、痛いのは嫌だな」
「ならご主人、早めに手掛かりを見つけるにゃ。モヤが出ている足跡と出ていない足跡の違いはあるにゃ?一番モヤが濃い場所も教えて欲しいにゃ」
「うーん。見た感じ形や色の違いはないと思う。数のわりにモヤが濃いのは真向かいの巨石のど真ん中に付いてる足跡かな」
「足跡はこの一帯だけ?別の場所に続いてるものはない?」
「……ええと、言いそびれていたんだけど、この場所に付いてる足跡は、多分皆が想像してるよりずっと多くて、オレにはそこかしこで小火が起きてるみたいに見えるんだ。熱くないし煙たくもないけど、ある程度近づかないと視界が遮られるから、別の場所に続いてる足跡があっても、距離があると分からないと思う」
「ヤベーな。一度や二度でそんな風にはならないだろ?つまりクズナさんは何度もこの辺りに来てるって事だ」
「ご主人、時間が惜しいにゃ。ぶーにゃと一緒に上から見てみるにゃ」
「うん」
何か微妙に目じゃなくて頭がジンジンしてきた。
これがスキルの使いすぎってことなのかな?
「おー!すっごい高い!」
あっという間に岩場の頂上と同じ高さに到達。
こんな状況だけど、とても気持ちがいい。
「ご主人、何か見えるにゃ?」
「うーんと、さっきの場所を中心に一度ぐるっと回ってくれる?モヤと距離があって向こう側が見えないんだ」
「了解にゃ」
「──あっ!あそこ!」
ふわりふわりと半周ほど回った時、ついにそれを見つけた。
「ぶーにゃ!さっき真ん中に足跡があった巨石の向かい側の石の上に、森の方に向かって足跡が続いてる!もう少し上に行くか、あの岩を越えて欲しい!」
「ぶーにゃにお任せにゃ!」
ひょいと岩をひとっ飛び。
魔法ってすごいなぁ。
「……あれ?足跡が変だ。一旦森の方に向かって、また岩場の方に向かって、それから──あ、あった!あの向こうのぽっかり岩場が開けた場所!黒いモヤが一本道みたいに続いてる!」
ぶーにゃに伝えた瞬間、気が緩んだのか黒いモヤが消えてしまった。
「あっ、……スキルが切れたみたいだ。ギリギリだったね」
乾燥した時みたいに目がしょぼしょぼする。
この世界に目薬ってあるのかな?
「ご主人、後はぶーにゃ達に任せて目を休ませるにゃ。ヤバいくらい目が真っ赤にゃ」
「うん、皆が来るまで目を閉じておくよ」
目を閉じて深呼吸すると頭のジンジンが少しマシになった気がする。
浮かんだままのオレ達はいい目印なのだろう。
程なくして足音が近づいてきた。
結構距離があったのに、冒険者って健脚なんだね。
「ご主人、下に降りるにゃ」
「うん」
ぶーにゃの魔力操作はすごいんだろうな。
安定感が抜群で全く恐怖を感じない。
「お待たせ。どうやら何か見つかったみたいだね」
息切れ一つしていないルミエール。
見た目と違って大食いだし、思った以上に体力が有るのかもしれない。
「やっぱりあの開けた岩場だったにゃ」
「まるでかく乱するみたいに行ったり来たり、ぐるぐる歩き回ってるような足跡の中で、ぽっかり開いた岩場へは黒いモヤが一本道に続いてたんだ。近くで確認できたら良かったんだけど、残念ながら時間切れ」
「十分だよ。サンズくん、無理させた僕が言うのもどうかと思うけど、スキルは便利な分、一つ間違えば諸刃の剣なんだ。出来る限り安全第一で使って欲しい」
「うん。でもこういう風になるって早めに知れて良かったよ。……さ、そろそろ行こう。少し休んだからオレは大丈夫。それに向こうが地図で時間稼ぎしてるかもしれないなら、その裏をかきたいし」
「その通りにゃ。手掛かりを見つけた以上止まってられないにゃ。もちろんご主人はぶーにゃが運ぶにゃ」
「そうだね。時間は有限だ。皆もそれでいいね?」
「「「はい!」」」
「おう!」
「はぁ、はぁ、ふぅ~。よしっ!私もちょうど息も整ったし問題ないわ!」
いい感じの緊張感。
これなら敵の本拠地が待ち構えていても何とかなりそうな気がする。
……楽観的すぎるかな?
良いお年を。




