地図
「ほら、サンズくん。これが光苔よ」
ユンリーさんに手招きされて見に行くと、巨石に押し潰された倒木の影に枯れ葉色の塊があった。
「色はともかく、見た目は芝生をぎゅっと丸くした感じですね。……これが光るんですか?」
「そうなの。一見ただの雑草なんだけど、魔力を蓄える性質があってね、蓄えた魔力によって放つ光の色が変わるのよ」
「この町は祭りの夜、家の軒先に光苔のランタンを吊るす習慣があるんだ。どこもかしこも解体場になってるが、血生臭さを払拭出来そうなくらい幻想的で人気なんだぜ」
「これは魔力を蓄えていないから枯れ葉色なんですか?」
「ええとね、私も詳しくはないんだけど、元となる壁とか道端に生えてるようなぬぺっとした苔が瘴気に当てられて、こんな風に芝生っぽく突然変異したものが光苔らしいわ。枯れ葉色は収穫時で、これ以上瘴気にさらされ続けると黒い斑点が出来たり、腐り落ちてしまうの。そうなるとただの雑草、納品しても光苔とは認められないわ」
「しかも刈り取る際に魔力を流すと放つ光の色が固定するから、依頼書に光の色は問わないってなければ納品依頼失敗、もしくは報酬が減額されるから注意しろよ?」
「でも魔力って使ってない時でも自然に循環してるんですよね?流す気がなくても流れてしまうんじゃ?」
「その通り。だが訓練すればその流れを止めるというか、魔力を体内にしまえるんだ。まあ俺はおやっさんお手製の魔力阻害効果のある手袋を使ってるけどな」
そう言って懐から革手袋を出すヨーゼフさん。
茶色と緑色の二双かと思ったら、どちらも一枚しかない。
「左右で色が違うのはヨーゼフさんの魔力に合わせてるんですか?」
「アハハッ!違う違う!右手が初代、左手は三代目を使ってるからよ!ヨーゼフったらよく物を無くすから、買う時は同じ色にすればいいのに、毎回違う色を買うからこんな風になるの!」
「効果さえ確かなら見た目なんか別にいいんだよ」
「そんな事言って人目がある時はいっつも片方しか使わないくせに。さっきも片方出そうとして両方出たんでしょ」
「あーあー聞こえない!サンズ、これ貸してやるから取ってみろ。これだけ丸いのは珍しいから、おやっさんに納品するんじゃなく、ギルドに持ち込めば、毎月一定数ある形にこだわる依頼用に、高値で引き取ってもらえるぞ」
「ありがとうございます。やってみます」
「サンズくん、光苔には根っこはないんだけど、下の部分が地面に張り付いてるの。だからその手袋で光苔と地面の境目辺りを撫でると魔力の繋がりが断ち切れて、芝生の部分が浮いて採取出来るようになるの。──そうそう、上手よ。手つきは慎重に、周りへの警戒も忘れずにね」
「はい!」
無事に採取出来た光苔は、意外と軽くて外国の転がる草に似ていた。
これが光るんだよね。
幻想的とは結びつかないんだけど……。
収納っと念じると手の中の光苔がパッと消えた。
アイテムボックスはやっぱり便利だと思う。
「これで後九個」
「サンズくん、手袋を外して地面に残った光苔を触ってみて」
「はい。……あっ!光りました!」
ほわっと淡い光を放つ光苔。
思ったよりも優しい光で、確かにこれが軒先に吊るされていたら幻想的な雰囲気になりそうだ。
「……意外だわ。ドレイン系を使うから、てっきりサンズくんは闇属性だと思っていたけど無属性なのね」
「無属性?」
「別名色なし魔法。サンズ、いつか冒険者が向いてないと思う日が来たら、魔石に魔力を込める職なら引く手数多だぞ。給料が三倍以上違うからな」
「きっと大鎌が闇属性なのね。光苔の依頼に(無)って書いていたら、サンズくんはそのまま採取したらいいわ。報酬が他の属性よりも少し高めに設定されているからお得よ」
「報酬が高いって事は、無属性が少ないんですか?」
「少ない。十歳以下までは無属性の奴もたま〜に居るんだが、職業が決まれば大抵属性が変わるんだ」
「私の祖父世代の頃は、町の外に設置された魔物よけの結界石への魔力込めに、無属性の子どもが動員されたそうよ。祖父も命がけだけど、お小遣い稼ぎの為に友だちと一緒に行ったって自慢してたわ」
「じゃあ街道に魔物が出ないのは結界石のおかげなんですか?」
「そうなの。結界石職人っていう職業も有るんだから。食いっぱぐれのない職業だからモテモテなのよ」
「何となくそういう人は貴族に囲われそうなイメージが有るんですが、その辺は大丈夫なんですか?」
「ええ、悪いことを考える奴等は何時の時代も居るんだけど、それを実行するとペナルティを受けるのよ。本人だけでなく関わった全員のスキルが封じられたり、職業が下位のものになったり、回復魔法が効かなくなったり、色々あるみたいよ。だから本人の意思を無視して囲うことは法で禁じられているの」
「へぇ。死なないなら問題ないって実行する人も居そうですけどね」
「他国の事だが、強行した国王が建国祭の最中、突然木偶になって退位を余儀なくされた事もあるぞ。見た目は肌が木目だったり、関節が人形みたいになる以外は本人そのままで魔力も以前と同じなんだが、女神様万歳としか話せず、食事も取れず、結局餓死したらしい」
木偶。
オレをこの世界に送り込んだ女神の仕業かな。
「この世界は女神を信仰してるんですか?」
「うーん。それは人それぞれだな。この世界には神が複数存在するんだ。国や種族によっても違うし、一柱を国をあげて信仰するところもあれば、複数を祀る国もあるし、神ではなく精霊や自然そのものを信仰してる奴もいるから一概には言えない」
「ちなみにこの国は男女の夫婦神を信仰してるの。一年の始まりにお参りするといい出会いがあったり、恋人同士の仲が深まったり、子宝に恵まれたりするって話よ」
「じゃあお二人は毎年参拝されてるんですね」
「やっだ!サンズくんったら!」
「──っぐ、」
女の人の照れ隠しって、ギリギリ笑えるかどうかで痛いと思うのオレだけかな……。
以前、伯母さんが再婚するからって食事会があったんだけど、伯母さんよりも従姉妹の方がおめかししてて、会場に意中の人でも居るの?って聞いたら、照れ隠しで肩を叩かれて脱臼したんだよね。
その時、人様の恋路について口に出すのは止めようって誓ったのに、気が緩んでいたみたいだ。
「ご主人、大丈夫にゃ?」
「うん。平気」
「サンズくん、ごめんなさい。ついクセで」
「……ユンリー、お前Cランク冒険者なんだぞ?サンズの装備が良かったら怪我がなかったものの、普通の駆け出し冒険者なら謝罪だけじゃ済まないって事を自覚しろ。サンズ、悪かったな」
「大丈夫です。オレも余計な事を言いましたし、お相子ということで」
オレ達は現在クズナさんから渡された地図の場所にいる。
野営地から体感四時間。
森の中に突如巨石が積み上がったような岩場が現れた。
ヨーゼフさん曰く、昔スタンピードを防ぐために土魔法で作られた壁の名残りらしいけど、これと言った旨味もなく、近場で戦闘すると振動で落石が頻発するそうで、冒険者達が近寄らない穴場だそうだ。
周辺に転がっている巨石が全て上から落ちてきたものだと考えると少し怖い。
オレが触っただけでボロボロ崩れてしまうくらい脆くても、直撃すればただでは済まないだろう。
「……この日当たりの良さじゃ、日陰や湿気を好む光苔の群生場と言うのは流石に無理があるな。ぶーにゃ、上の方はどうだ?」
ヨーゼフさんが声を掛けると、ぶーにゃがふわりと下りてきた。
道中、ユンリーさんも風魔法で飛べるのかと聞いたら、浮かぶのが精々で、ぶーにゃみたいに自由自在に動くのは無理だそうだ。
攻撃魔法と違って、常に魔力を放出し続けなければならない上に、少しでも制御をミスると墜落や予期せぬ方向にふっ飛ばされるので、ユンリーさんも実家の壁を突き破って暖炉に突っ込んで以来、使うのを止めたらしい。
死にかけちゃって大変だったのと笑い飛ばすユンリーさん。
想像するだけで恐ろしすぎる。
「駄目にゃ。人が居た形跡も、魔力反応や痕跡も何にもなかったにゃ。そもそも脆すぎて上に登るのは魔力を使わないと無理そうにゃ」
「……クズナさんを擁護するなら、地図が作成された後でスタンピードが起きて地形が変わったか、ろくな調査もせずに地図が作成されたかなんだけど、女の勘がこれは罠だって言ってるわ」
女の勘。
そういえば、母さんは父さんが買食いして帰ってきたら、いつも見破ってたっけ。
「看破スキル持ちのハッチと、勘の鋭いナナが何か見つけてくれたらいいんだけどね」
「にゃ。噂をすれば帰ってきたようにゃ」
「……駄目だったっぽいね」
首を振り、大きく手でバツ印をしながら戻って来るハッチ。
後ろの二人も成果なしのようだ。
彼等を労うべく、いい感じに削れた岩テーブルにコップを三つ並べ、親方から譲り受けた水筒に魔力を込めて水を注ぐ。
ひんやり冷たくて後味がすっきりした美味しい水で、飲んだことはないけど湧き水ってこういう感じかなって思ってる。
「サンズくん、一つ受け持つよ」
「ありがとう」
ロックさん、ハッチ、ナナさんの順にコップを渡していく。
「お疲れ様でした。何か見つかりましたか?」
「助かる。ちょうど喉が渇いていたんだ。……付近を一通り捜索したが、岩の魔力残滓に多少差はあるものの、何れも古く誤差の範疇だった」
水を一気飲みしたロックさんが答える。
「看破スキルも反応な〜し!はぁ~、疲れた。父さんも母さんも歩くの早すぎ!」
同じく水を一気飲みして地面に座り込んだハッチが答える。
「ナナは?」
「……少なくとも何者かの手が加えられていると思います。意識しなければ見過ごすくらいの不自然さが所々にありました」
ルミエールからの問いに、差し出されたコップを恭しく受け取りながら答えるナナさん。
口をつける前に掲げるような仕草をしていたのが印象的だった。
王位継承権を放棄したといっても、彼らにとっては変わらずルミエールが主君なんだろうな。
「不自然さ?」
「はい。たとえば石の欠け方、枝の折れ方、草の生え方、地面の色など、不自然だと言い切れないものの、見過ごせない程度には違和感があるんです。……ルミエール様、もしかすると、あの地図は罠ではなく、時間稼ぎ目的のフェイクでは?」
「うーん。俺達を足止めするために、わざわざ手間暇かけてあちこち偽装したって事か?俺の知ってるクズナさんはそういう無駄を嫌う人だけどな」
オレも人の事は言えないけど、ヨーゼフさんはいつか詐欺に遭いそう。
「ヨーゼフ、アンタ騙されてるわ。あの人、見た目によらず慎重に慎重を重ねるタイプなの。目的を達成するためなら手段を選ばないくせに、そのための根回しなんかの手間を厭わないから、敵に回すと厄介なのよ」
「……ロック、地図との整合性はどうだった?」
「七割程度です」
「全体的に七割なのか、部分的に確度が上がるのかどちらだ?」
「部分的にですね。岩場の中でも開けたような、比較的捜索しやすい場所はほぼズレは無いように思いました」
「じゃあ開けた場所が怪しいにゃ」
「え?逆じゃないの?」
「ああいうタイプは大事なものほど適当に扱ってるように見せるのにゃ。だから隠したいものがあるなら、あえて見つかりやすい場所に置くと思うにゃ」
「僕も同意見だ。ハッチ、看破スキルはどの程度の間隔で使った?」
「母さんが怪しいって言った場所を中心に、広く浅くって感じです」
「開けた場所も反応なし?」
「はい」
「……悩ましいね。今僕達には三つの選択肢がある。怪しそうな場所を虱潰しに探すか、地図の確度が高い方を探すか、低い方を探すか。正直どれを選んでも敵の手のひらで転がされている気がしてならないよ」
「……ご主人、試しにスキルを使ってみるにゃ?」
どうしたものかと考え込むオレの肩に、ひょいと乗ってきたぶーにゃの提案に首を傾げる。
「スキル?別にいいけど、使うのは死神の目?それとも魂の導き?」
「……うっかりしていたよ。サンズくん、死神の目も看破系のスキルだ。しかも特殊だから何か打開策が見つかるかもしれない」
ルミエールの言葉に成る程と思う。
寿命などが見えるという効果なのにルミエールの呪いについて見えたんだから、怪しそうな場所も発見できるかもしれない。
「うんじゃあ試してみる。──死神の目!死神の、目っ!し、に、が、み、の、めっ!」
辺りを眺めながら唱えてみるけどさっぱり発動しない。
「……ええと、ごめん。駄目っぽい」
「ご主人、スキルレベルが低い時は、目的を明確にして使うことが大事にゃ。次は何か一つに絞って使ってみるにゃ」
「あ、そっか。一つに絞るんだったね」
ええと、怪しそうな場所だと範囲が広すぎるのか。
地図や罠はフェイクかもしれないって言ってたし、不審死事件も又聞きだから微妙?
だとしたら──クズナさん。
「よし、今度はクズナさんに関するものに絞って使ってみる。……誘いの大鎌、少しでも情報が欲しいんだ。力を貸してくれ」
アイテムボックスから誘いの大鎌を取り出して構える。
多分だけど、死神の目に対してもスキル補助の効果があると思うんだよね。
クズナさん!
受付嬢!
元Bランク冒険者!
「しぃにぃがぁみぃのぉー!めぇー!!」
誘いの大鎌がカッと黒い光を放つ。
発動した!と思った瞬間、何かが日差しを遮った。
「──ぶーにゃ、向こうの方!黒いモヤみたいなのが何本も立ち上ってる!」
「ご主人、案内するのにゃ!」
「うん!」
鬼が出るか蛇が出るか。
どうかこの手詰まりの状況が好転して欲しいな。
タイトルが思いつかない




