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(9)王妃殿下は我がものにしたい

コメディなし回です。闇がないと光も増さないので。

 マティルダ王妃はイライラとしていた。何もかもがうまく行かない。

 息子の婚約者であるカミーユを王宮から追い出せた。ここまでは王妃の計算通りだ。カミーユの責任を取らせて宰相アルデルタをも失脚させるつもりだったはずなのに、自分の息子は辺境へと行かされ、今でも宰相が国の実権を握っている。


 用意されたお茶を一口飲むと、その熱さに顔を顰めて、王妃はカップを投げ捨てた。

「熱い!こんなものは飲めない。作り直しておいで!」

「も、申し訳ありません。すぐにご用意いたします。」

 青くなった侍女が、這いつくばって割れたカップを片付けるのを見ながら、王妃は扇子をギリリと噛んだ。


 王妃はギラーン帝国の公爵家出身だ。皇帝とは従兄弟同士に当たる。ある日、皇帝に直々に呼び出された。人払いをされた部屋で、皇帝はじっと王妃を見つめた。

「隣国を手に入れるため、お前には、隣国の王へと嫁いでほしい。お前にしか、頼めぬ。」

 その言葉にマティルダは胸の高鳴りを抑えることができなかった。血が近すぎるため、婚約者としては絶対にマティルダの名前は出てこない。むしろそれが気安さとなって、皇帝とマティルダは一緒にいることが多かった。

 腰をかがめ、マティルダは貴婦人の礼をする。

「かしこまりましたわ、陛下。この国のため、身を尽くして参ります。」

 皇帝に頼まれたことは二つ。子供を作り、王位継承権を得ること。そして、夫となる国王を『弱らせる』こと。


 夫となる国王は、国王とは思えぬほど腰の低い人だった。

「わざわざ帝国からこうして来てくれてありがとう。不便もあるだろうが、許してほしい。」

 そう言って、王妃が多少わがままを行っても許してくれた。

(大したことのない人ね。)

 王妃は国王をそう評価した。そして少しずつ、帝国派の貴族を増やしていった。もちろんその中でカミーユの悪口も忘れない。息子の嫁は皇帝の娘を貰うと決めているのだ。王妃の主催するお茶会では、帝国で流行となっているものを出した。それがこの国の流行の先端となっていたのだ。


 ところが、である。息子のシャールが辺境へ行ってしまった。シャールがいないのに、婚約者として皇帝の娘をこの国へと招くわけにも行かない。カミーユのことで宰相を咎めようと思ったが、皇太后の差金か、カミーユが女性達の間で評判になっている。今や流行の先端はヴァロア伯爵夫人のサロンだとも噂されており、お茶会のメンバーも帝国派の者ばかりだ。

 さらに追い討ちをかけたのが、ミュゼラ姫だ。フレランジュ王国は、帝国と通じ、この国を弱体化するのに力を貸していたはずなのだ。それが、カミーユを連れ回し、「我が友」と呼び、機嫌よく自国へ帰っていった。それとなく「どういうことだ」と手紙を送ったが、「綺麗なものには罪はない」と、よくわからない言葉でかわされた。フレランジュ王国にとって「美」は最上級であり、それに文句をつければ、今までの外交が全て水の泡となることすらあり得る。


(こうなったら、国王と皇太后にさっさと退場してもらうしかないわね。)


 だいぶ前から、二人には、少しずつ毒を水に入れて飲ませている。銀食器でも反応が出ない、無味無臭の毒だ。最初に食欲がなくなり、体が弱ったところで手や足の痺れが出て、最後は呼吸ができなくなる。三年ほどかかるが、王妃としてはその間、甲斐甲斐しく看病をする「妃の鑑」を演じられるというものだ。国王はそれほどではないが、皇太后は最近食欲がなくなっていると聞く。弱った皇太后の姿を想像し、王妃はほくそ笑んだ。


 新しいお茶が運ばれてきた。同時に、

「王妃様。本日は帝国の商人が訪れる日になっておりますが。」

 侍女の一人が頭を下げたまま告げる。

「そういえば、今日だったわね。いいわ。部屋に通してちょうだい。」

 月に一度、帝国の商人がやってきては、帝国の流行を教えてくれるのだ。王妃は、機嫌を直して商人を待った。


 あれこれと買い物をし、満足した王妃は、目の前にひざまづく商人に告げる。


「今回の品もなかなか良い。」

 その言葉を聞いて、商人はさらに頭を下げた。


「王妃様のご慧眼に叶ったようで、嬉しく思います。ところで。」


 そう言った商人は声をひそめた。


「皇太后様が、職人を東の果ての国へと派遣したとか。何か聞き及びではございませんか。」


「はて。」


 王妃は首を傾げた。東の果てには変わった文化を持つ国があるというのは聞いたことがあるが、わざわざ皇太后が職人をやるような何かがあるのだろうか。


「何かを企んでいるのかも知れんが、どうせ最後の足掻きじゃ。放っておけ。」


 商人からの情報を王妃は一蹴したが、商人は顔色も変えずに頷く。


「かしこまりました。それから、こんなものが王都では流行っておるようでございます。」


 そう言って商人が取り出したのは、白いハンカチだ。何やら精巧な刺繍がしてある。手にとって王妃は目を見張った。そこにはまるで、月が人に姿を変えたような、見たことのない麗人が横を向いて微かに微笑んでいる。


「今まで刺繍といえば、植物や鳥などが多かったのですが、麗人を模した刺繍というのは初めて見ました。この芸術性ならば、帝国でも高値で取引されるでしょう。皇帝のお姿で刺繍をするのも良いかも知れませんな。」


「それは不敬ではないか。」


 皇帝の姿が入ったハンカチでものを拭くのはどうなのか。思わず顔を顰める王妃に、商人は慌てて言い繕う。


「使い方の可能性でございます。うまくいけば皇帝のご威光が広まるのではないかと。」


「なるほどのう。」


 下々にとって、皇帝は雲の上の人だ。女神像のように神々しさを讃えるものであれば、いいのかも知れない。それにしても、と王妃は刺繍をしげしげと眺める。


「このような美しい者がいるとはのう。役者か何かかえ?」


 最近観劇にも行っていなかったがこの顔が見られるのであれば、行ってみてもいいかも知れない。うっとりと眺める王妃に、商人は言いにくそうに答えた。


「それが、宰相殿の娘だそうにございます。」


「まさか……これがカミーユだと?」


 王妃は刺繍を穴があくほど見つめた。確かにこのプラチナブロンドの髪色は同じだが、自分が見ていたのはいつも、うつむいた背中の小さな娘だった。顔などまともに見たことはなかったのだ。


 王妃は咄嗟に破り捨てようとしたが、精巧な刺繍が施された布は簡単には破れない。結局カミーユの顔を手のひらで潰すようにぐしゃぐしゃに丸めて、床に投げつけることしか出来なかった。


 このままではカミーユがこの国を支配する。王妃は商人に告げた。


「これに勝るものを帝国で見つけてくるのだ!いいな?金はいくらでも出そう。なんとしても勝たねばならぬ。」


 王妃の目に映っているのは、高らかに笑い、自分を見下すプラチナブロンドの麗人、カミーユの幻想だけだった。




読んでくださり、ありがとうございます。

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