(7)カミーユは恩を返したい。
遅くなりました。
正しい通訳の使い方はこれじゃないかと(笑)
ミュゼラ姫の通訳を引き受けたカミーユは、迎賓館の前で到着を待っていた。父親の宰相も一緒である。
「大丈夫なのか?」
宰相がこそりと聞いてくるのにカミーユは頷いた。出来ることはした。後ろには文官が立っている。彼らとは一ヶ月一緒に仕事をしているうちに懐かれてしまったようで、カミーユの顔を見ると、「私たちはカミーユ様の為ならなんでもできます!」とばかりに目で主張してくる。やれやれと思って前を見ると、馬車が近づいてくるのが見えた。
『また、世話になるぞ』
ミュゼラ姫の声だ。カミーユは以前王家の舞踏会で会った事がある。まだ婚約者だった頃のことだ。きっと自分のことなど覚えていないだろう。
簡単な挨拶を済ませると、ミュゼラ姫一行は迎賓館の中へと入っていく。カミーユが続くと、その後ろで扉がしまった。
『女所帯ゆえな。男子禁制じゃ。厨房は仕方ないがの。』
見ると護衛騎士も女性が務めていた。カミーユと同じように短髪にしている。カミーユの視線を感じたのか、軽く礼をしてきたので、カミーユもそれに倣った。
『部屋の模様替えをさせていただきました。お気に召すとよろしいのですが。』
そういったカミーユが扉を開けると、ふわりと花の香りが漂った。
『ほう。趣味の良い部屋になったものだ。』
ミュゼラ姫が気に入ったのか、部屋へと入って辺りを見渡す。落ち着いた色調の調度類が置かれた部屋の壁には花が飾られている。香りはそこから漂っていた。ミュゼラ姫はソファにゆったりと腰を下ろした。カミーユは邪魔にならないよう、壁際で待機する。侍女たちはカミーユを見るのをなぜか避けながら、部屋に入り、荷物を解き始めた。どうやら合格点は貰えたようだ。
カミーユが最初に部屋を見た時は、なんだかちぐはぐな印象の部屋だった。古くなった家具だけを交換していたのか、統一感がない。寝室にあったピンクのレースのついたベッドを見た時は、さすがのカミーユも頭が痛くなった。ミュゼラ姫は立派な大人である。
侍女がお茶を淹れようとしているので、手伝おうと前に進み出ると、真っ赤な顔で逃げられてしまった。
その様子を面白そうに眺めながら、ミュゼラ姫が尋ねてきた。
『ところでそなた。王太子の婚約者ではなかったか?』
『はい。覚えておいででしたか。』
隠しても仕方がない。カミーユは素直に頷いた。
『名前とその背の高さは隠しようがないからのう。以前は丸まっておったがの。』
カミーユは顔を赤らめた。確かに婚約者の頃はずっと背中を丸めて下ばかり向いていたものだ。
『王宮を追放され、現在は父の仕事の手伝いをしております。』
『追放?もそっとこっちへ参れ。』
向かいのソファを指し示されたので、事情を話せということなのだろう。カミーユはありがたく座らせてもらうことにした。
『王宮を出るために、髪を切ったのです。』
ミュゼラ姫はキョトンとした顔をしていたが、やがて声を殺して笑い始め、最後には扇子に隠して肩を震わせていた。
『髪をのう。その顔で王宮を歩けばさぞ大変だっただろうに。』
『部屋から出るなと皇太后様から命が下りましたので。皇太后様は気遣って下さったのか毎日部屋に呼んでいただきました。』
『なるほどなるほど。自覚はあまりないのだな。』
自覚、とはなんだろう。カミーユが首を傾げていると、ミュゼラ姫はよいよい、と頷く。
『王太子殿下も見る目のない男だのう。』
ミュゼラ姫がバッサリと言い切るが、これに答えてしまったら不敬になりかねない。カミーユは無言を貫いた。その間にもミュゼラはカミーユをじっくりと観察している。
『今着ているその服も似合っておる。この国ではかなり先進的ではないかの。』
「ヴァロア伯爵夫人からデザイナーの紹介をいただき、作ってもらっております。」
デザイナーの名前を聞いて、ミュゼラ姫は頷いていた。知っている名前だったようだ。
『しかし、その格好ではこの国では窮屈ではないか?』
『皆様、優しい方ばかりですので。この前も、伯爵夫人の家で歌わせていただいたのです。』
『歌、とな。それは妾も聞かせてもらいたいものだ。』
しばらくミュゼラ姫は思案していたようだが、ポン、と扇子をたたいた。
『観劇に行きたい、と申したら出来るかのう。』
『もちろんです。本日は国王陛下との晩餐会に参加していただくので、明日であればすぐに手配いたしましょう。』
外交用にいつでも席は空けてあるはずだ。カミーユが頷くと、ミュゼラ姫が目を細める。
『お主は私のパートナー役じゃ。よいな?』
エスコート役が欲しいと言うことなのだろう。通訳としてはついて行かねばならない。
『仰せのままに』
カミーユは深く一礼をした。
次の日。ミュゼラ姫の部屋に呼ばれたカミーユは、侍女達が並んでいるのに驚いた。
『ミュゼラ姫?』
『そこに立っていて貰えぬか?』
カミーユが、訳も分からず立っていると、侍女が一人一人呼ばれ。カミーユの前に立って礼をし始めた。その様子をミュゼラ姫はじっと眺めている。
『お前とお前と、お前だな。カミーユの支度をせよ。念入りにな。』
『かしこまりました。』
そういうと、三人はカミーユの近くにやってくる。
『え?あの、私の支度は必要ありませんが。』
パートナー役とはいえ、ただの通訳だ。
『私に恥をかかさぬように、磨かれてまいれ。よいな?』
そう言われたら断る訳にはいかない。カミーユは三人の侍女に従うしかなかった。
その日、観劇に来ていた貴族達に激震が走った。ミュゼラ姫がパートナーを連れて上機嫌で劇場にやってきたのだから。しかも、相手はカミーユだ。前にも増して内面から輝くようなその姿に、貴婦人達の目は釘付けである。劇が始まってからも、なぜか舞台にオペラグラスが向かず、貴賓席の方へと向けられていた。
その頃、貴賓席ではカミーユが全ての台詞をフレランジュ語でミュゼラ姫に囁いていた。愛の言葉でさえも。
この後カミーユとミュゼラ姫は親交を深め、二つの国の絆を強くしていくのだが、それはまた、別の話である。
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