(6)宰相閣下はなんとかしたい
アルデルタ・シンクレアは娘をとても愛していた。妻に先立たれ、悲しみにくれていた自分を励ましてくれたのも娘であるカミーユだった。
「カミーユが一生そばにいるから、元気出して?」
そう言われて立ち上がれない父親などいるだろうか。断じていない。
とはいえ、国を預かる宰相の立場である。国のことを考え行動しなければならないこともある。王太子とカミーユの婚約も悩んだ上での決断だった。この国を狙う帝国の企みをかわすには、それ以外方法が見つからなかったのだ。
それをあの王太子が全てめちゃめちゃにしてくれた。今思い出しても、アルデルタのはらわたは煮え繰り返る思いである。背が高いのがなんだというのだ。そんなものは魅力の一つである。妻も自分より背が高かったし、それを気にしていたのも知っていたが、アルデルタは気にしたことなど一度もない。こんな美しい妻をもらえて幸せだと国中に見せびらかしたいくらいだったのに。そして、髪を切り、すっきりした顔をしたカミーユは、亡き妻の若い頃に不思議と重なって見えた。
「アンジェラ。私はどうしたらいいんだろうね。」
最近は妻の肖像画に話しかけるのが、アルデルタの日課となっている。
カミーユが王宮を出てから、女性の中でカミーユの評判は急上昇している。逆に、男性陣からは眉を顰められていた。
「あれでは女性とは到底思えない。」
「本当は女性ではなかったのではないか?だから追放されたのだ。」
「あんなじゃじゃ馬が王妃候補だったなんて、この国も終わりが近いよ。」
女性を魅了してしまうカミーユに対するやっかみはあるにせよ、今までなかったことに対する人々の拒否反応というのはそれなりにあるものだ。ただ、今のカミーユを見ていると、「髪を伸ばし、他の令嬢と同じようにしなさい。」とは到底言えなかった。それが娘の幸せではないように感じていたからだ。
アルデルタが思い悩む中、隣国フレランジュ王国から使者がやってくることになった。使者の名はミュゼラ姫。何度か来ているが、正直言って、めんどくさいタイプである。
食べ物が美味しくない、部屋が気に入らない、とひとしきり文句を言う。そして何より言葉を覚えようとせず、全てこちらの通訳に任せようとするのだ。この国と戦争をしたいとしか思えない。それをさせないのが宰相の仕事である。
が、彼女の通訳になると、体重が激減し、場合によっては仕事を辞めてしまうと噂になり、誰も引き受けたがらないのだ。
「いっそのこと、カミーユ殿に任せてみてはいかがでしょう?」
会議の途中、誰かが揶揄のつもりで言うと、何人かがパッと顔を上げる。
「カミーユ殿なら、言葉も堪能ですし、女性の気持ちもわかる。適任ではないですか?」
「王妃教育で外国語も学ばれていますからな。」
口々に言うのは、帝国派の大臣たちである。宰相を困らせてやろうという魂胆が見え見えだった。
「娘は王宮を追放されております。使節の接待は難しいかと。」
「王族の居住区には入れない。そういう意味でしょう。使節は迎賓館に泊まっていただくので、問題はないのでは。」
反論を試みるが、跳ね返され、宰相は黙るしかなくなった。
「分かりました。その仕事、引き受けさせていただきます。」
アルデルタがカミーユにその話をすると、カミーユは二つ返事でその仕事を引き受けてくれた。そのことにアルデルタは驚く。
「断ってもいいんだぞ?」
カミーユが断ったら宰相などやめて、田舎に引っ込んでやろうと思っていたのだ。
「お父様の助けになりたいのです。それに、王妃教育を受けたのは事実です。私はその恩を何処かでお返ししたいと思っていました。むしろ私の方からお願いしたいくらいです。」
一皮むけたようなカミーユのすがすがしい顔に、アルデルタは娘がさらに遠くへ行ってしまったような複雑な気持ちになった。
やってくれるとなれば、最大限の援助はしよう。そう決意した宰相は、今までの記録を集めてカミーユに見せた。今までにミュゼラ姫は3回この国に使節として訪れている。姫と言っても、王の7番目の妻の娘で現在28歳。嫁に行くか、国のために働くかで、国のために働くことを選んだのだ女性である。
「隣国は女でも働く場所があるのですね。」
カミーユが感心したように呟く。政治の場に女性がいることが少ないこの国とは違う。
「そうだな。カミーユ次第では増えるかかもしれないぞ。」
宰相は冗談のつもりだった。書類を見ながらしばらく考えていたカミーユは、顔を上げた。
「迎賓館の内装の変更をしたいのですが、予算はどの程度頂けますか?」
「使節用の予算は、多めに取ってある。やりたいようにやって構わないよ。」
「ありがとうございます。では、迎賓館へと行ってまいります。」
カミーユはそれから毎日迎賓館へと向かっては、準備を進めているようだった。
そして使節がやってくる日。迎賓館の前で宰相とカミーユは使節の到着を待っていた。王宮での挨拶が済んだ後、こちらに使節がやってくるのだ。カミーユは今日も乗馬服のような出立ちである。その隣には何人かの文官が一緒に立っていたが、カミーユを見上げる目には崇拝に近いものがあり、それはそれで複雑な気持ちになった。
馬車が停まる。宰相たちは最上級の礼をして待ち構えていた。
『また、世話になるぞ。』
フレランジュ語で話された挨拶を宰相もフレランジュ語で返す。
『精一杯努めさせていただきます。こちらは今回の通訳になります。』
『見たことがないな。顔を上げよ。』
カミーユが顔を上げた途端、周りから息を呑む音が聞こえてくる。初めてカミーユに会うミュゼラ姫の侍女たちだ。ミュゼラは一瞬眉を動かしたが、顔色を変えることなく扇子をばさりと開いた。
『カミーユ・シンクレアと申します。』
『ほう……。この国にしては珍しいこと。男と一緒に立ち並んで仕事をする女がいるとはな。』
隣国の言葉で話された会話を正確に理解した人は、数名しかいない。
『不肖の身でございますが、お役に立てればと。』
『ふん。せいぜい励むといい。』
ミュゼラはそれだけ言うと、迎賓館の中へと入っていく。カミーユもそれに続いたが、その後入ろうとした文官やアルデルタは侍女たちに止められた。
(頼むぞ、カミーユ)
アルデルタは、娘に希望を託すしかなかった。
宰相の心配は杞憂に終わった。
「ミュゼラ姫は、部屋を大層気に入られたようでございます。」
「お食事もお褒めの言葉をいただきました。」
「カミーユ様の着ている服のデザイナーを招かれ、同じ服を何着も作らせたとのことでございます。」
「絵師を招かれ、カミーユ様の絵姿を依頼したそうにございます。」
会議で次々と報告される吉報に、誰も文句を言えなかった。
帰国後、ミュゼラ姫はカミーユを「我が友」と呼び、お互いの国の親交に力を入れるようになるのだが、それはまた別の話である。
とうとう外国の人にも手を出してしまいました(笑)
フランジュ王国は美と音楽の国で、女性の短髪も多くはないですが、それほど気にしません。
美しさが全てです。
読んでくださり、ありがとうございます。
「続きが気になる」「面白い」「早く読みたい」など思われましたら、下記にあるブックマーク登録・レビュー・評価(広告の下にある☆☆☆☆☆→★★★★★)、リアクションなどしていただけると嬉しいです。




