(19) 救出劇のその後
ヴェリテの救出劇から数日後。
今日もヴェリテを含む4名は元気に働いていた。
救出後、ヴェリテの短くなった髪を見た同僚は一様に息を呑んで、言葉に詰まった。
「うわあ。お似合いですね。私も切ろうかなあ。」
素直に称賛したのはマリアンヌだ。瞳がキラキラとしている。
「あなたの髪は短くしたら広がるのではなくて?さあ。仕事を始めますわよ。」
普段通り仕事を始めようとするクラリス。
「……後で、お話を聞かせてくださいましね。」
何やら迫力のある笑顔を見せるベアトリス。
「まあ、上司の同類が増えた、と言うべきですかね。」
「確かにな。」
「あれはあれで魅力があるような……。」
それぞれに何かを納得した顔で仕事へと戻っていく男性文官たち。
その様子を見て、カミーユは安心した。ここならヴェリテが働き続けることができる。
仕事もそうだが、カミーユが気になっていることがあった。
「うちで暮らしたらどうだろうか。」
ヴェリテは現在迎賓館の一室を貸与しているが、いつまでもそれを続けるわけにはいかない。かといって、女性の一人暮らしは危険すぎる。今まで令嬢だったヴェリテが身の回りのことを全て一人ですることも難しい。色々と考えた末、自分の家に招くことが一番安心だと考えたのだが。
「それはむしろきけ……いえ、カミーユ様に甘えてばかりはいられませんわ。」
ヴェリテはブンブンと首を大きく振って断った。
「私も平民になったのです。自分のことを自分でできるようになりたいのです。今も迎賓館に勤めている侍女たちに、教えを乞うているところですわ。簡単な朝食くらいは自分でつくれなければ。」
令嬢ではなくなった自分を卑下することもなく、新しく覚えたことを嬉しそうに話すヴェリテはむしろ眩しく見える。
「そうですね。」
カミーユは自分を恥じた。どこかでヴェリテを自分の手元で管理しようと思っていたのではないか。ヴェリテは一人でたてる女性なのだ。
「しかし、女性の一人暮らしが危険なことは事実。そこをどうすれば良いか……。」
「そのことなのですが。侍女たちの中にも住むところに困っている方がいるようなのです。そういう方達と一緒に暮らすことができれば、心強いと思ったのです。」
「確かに。」
女性だけが入居できる宿舎があれば安全が保てる。警備の兵をお願いするにしても、一人一人に護衛をつけるよりは現実的だ。
「ヴェリテ。それに相応しい建物を探してくれないか。男性宿舎があるのだから、女性宿舎があってもいいはずだ。」
自分の意見が採用され、ヴェリテの顔はパッと明るくなった。
「もちろんですわ。早めに探してまいります。」
ヴェリテが見つけたのは、迎賓館にほど近い小さなタウンハウスだ。ヴェリテと数名の侍女がまずはそこに住む事になった。そこで侍女の教育も行われるようになるのだが、それはまだ先の話である。
そして、鼻息荒く、カミーユを訪ねてきたのは、劇団長のデュマだ。
「新しい劇を作る許可をいただきたいのです!」
「なぜ私に許可を?」
訝しげなカミーユにデュマは驚いた顔をする。
「知らなかったのですか?自分の部下を守るため、夜に馬を走らせ、助けた話は王都で持ちきりですぞ。そろそろ次回作をと考えていた時に、あの話。ぜひとも劇にさせていただきたい!」
「そう言う事ですか。構いませんが、同じような話をロクサーヌ嬢にもされましたね。」
苦笑しながら言うカミーユにデュマが首を傾げる。
「ロクサーヌ嬢、とは?」
「ああ。ご自身で小説を書かれる優秀な方です。私とヴェリテ嬢の友人でしてね。私たちから詳しく話を聞きたいとお茶会で詰め寄られて大変でした。」
その場で顔を赤くしたり青くしたりしながら書き綴っていた。ちょっとだけヴェリテを恨めしそうに見ていたように感じたが、気のせいだろう。
デュマの目が怪しく光った。
「ほほう。もう原作が出来上がっているのですな。失礼ですが、そちらのご令嬢を紹介していただくことは可能でしょうか。」
「私からロクサーヌ嬢に聞いてみましょう。良い返事が貰えたらお知らせするということでよろしいですか?」
「もちろんでございます!」
劇団長から商人に鞍替えしたのではないかと思うほど揉み手をしながら、デュマは帰っていった。
ロクサーヌ嬢とデュマは意気投合し、新しい劇の脚本を作り上げた。
ロクサーヌ嬢の名前は伏せられたが、女性の心をくすぐる台詞が評判を呼び、何度も劇場に足を運ぶ観客が後を絶たなかった。
何度も再演を繰り返しているうち、王都では、2年の年月が過ぎ去っていた。
カミーユの髪の長さは変わらないが、少しだけ目つきが鋭くなり、そして——驚くほどに晴れやかな顔をしていた。
誰かの婚約者だからでも、宰相の娘だからでもない。
カミーユ・シンクレアという一人の文官としての道。その険しくも自由な日々に、彼女は一筋の誇りを感じていた。
しかし、平穏な時間は長くは続かない。
凍てつくような冷夏と、南から届いた一通の『報せ』が、この国と彼女の未来を揺るがそうとしていた。
そろそろラストが見えてまいりました。
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