(18)カミーユは自分の力信じたい。
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自分のことを周囲がどう考えていると思うか、と問われれば、カミーユは、「宰相の娘で、婚約破棄された変わり者の令嬢」と答えただろう。
それなのに、周りは自分の容姿を褒め称え、自分をモデルにした劇や小物が流行り、自分が上官となって仕事をしている。大きすぎる服を着せられているような違和感をカミーユはずっと感じていた。以前の自分と変わったのは、目の前のことから逃げないようにしたこと。それだけだ。
ヴェリテ達がどうやら他部署の文官から軽くあしらわれていることを知った時は自分が乗り込んでいこうかとも思ったが、ヴェリテがそれを止めた。
「カミーユ様のように、自分たちの問題から逃げないようにしたいのです。」
そう言って、ヴェリテは自分の書類に署名をし、責任を持つという案を出してきた。
流されるように結婚しようとしていた彼女はもういないのだな、とカミーユが安心したのも束の間、ヴェリテが出勤してこなくなった。
新人の教育も任せていた。激務に疲れて体調を崩したのだろうかと、手紙と花束を送ったが、返事もない。届いたのは、父親名義で書かれた退職願だ。
「おかしいですわ。ヴェリテ様がこの仕事をお辞めになる理由がございません。」
カミーユの下に集まった女三人を代表して、ベアトリスが口を開く。クラリスも心配そうにむっつりと押し黙っているが、
マリアンヌがそわそわとしているのが気になった。
「マリアンヌ。何か心当たりでも?」
マリアンヌは名前を呼ばれてひゃっと体を震わせた。
「そういえば、マリアンヌはヴェリテ様と同じ帝国派のお父様がいらっしゃいますわね。」
ベアトリスがじっとマリアンヌを見ると、マリアンヌは観念したように目を閉じた。
「実は……今度王妃殿下が帝国の貴族をお招きして舞踏会を開くそうなのです。そこで結婚相手を見つけるようにと父に命じられました。ヴェリテ様にもおそらく同じお話が……。」
家と家とを繋ぐために婚姻をすることは貴族令嬢の義務と言ってもいい。自分で選ぶことなどできないとは分かってはいるが、それでも幸せになってもらいたいとカミーユは思うのだ。
「帰りにヴェリテの家に寄ってみることにしよう。」
「お願いいたしますわ。カミーユ様。」
ベアトリスの言葉にカミーユは頷いた。
失礼のないように、先触れの伝令は出しておいた。それなのにヴェリテの家の門は固く閉ざされている。
「申し訳ありません。お取次ぎしないようにと、当主に言われております。」
執事が頭を下げたまま、カミーユに断りを入れてくる。
「それは困ったな。ヴェリテの仕事に不備があってね。彼女の署名はされているから、このまま放置すると処分されることもありうるのだが。」
多少の嘘を混えつつもやんわりとカミーユは脅しをかけてみたが、執事の表情は全く変わらなかった。諦めざるを得ない。
「仕方ないね。ヴェリテに、カミーユが心配していたと伝えてほしい。」
「確かにお伝えいたします。……新月の夜は、道も暗うございます。お気をつけくださいませ。」
カミーユの耳に届くか届かないかというほどの微かな声だった。執事は一瞬だけカミーユと目を合わせると、また深々と礼をした。
帰りながら、カミーユは内心首を傾げていた。まだ夜というには周りは明るい。執事の言葉には何か意味があるのだろうか。考えても答えは出なかった。
家に帰ると、小さな箱を持った執事が立っていた。
「お嬢様。マリアンヌ様からお菓子が届いております。早めにお開けくださいとのことでした。」
「お菓子?」
お菓子の話をマリアンヌとした覚えはない。高級感のある小さな箱にはカードが付いていた。
『ヴェリテ様、修道院へ。助けてあげてください。』
震える筆跡でそれだけ書かれた手紙。家では書けないと、贈り物を渡すふりをしてカードをつけたのだろう。
マリアンヌ自身も危険になるだろうに、ヴェリテのことを考えて送ってくれたのだ。
「私は、なんとも情けないものだ。」
カミーユはぎゅっと手紙を握りしめた。
部下の一人も助ける力もない。父の、宰相の力を借りればなんとかなるだろうが、それでは一生『宰相の娘』でしかない。今のカミーユにあるのは「外務部長官」という肩書きくらいだ。
(私の肩書き……)
通知を出す際、外務部長官の権限について法律に詳しいベアトリスと話をしたのだ。
「そもそも外務部長官は諸外国との折衝の他、外交問題になりうる国内の問題について裁断する権限があります。あまり知られていないことですけれども。」
ならば、カミーユにできることもあるはずだ。
カミーユはカードを怪訝な顔をする執事に渡すと踵を返した。
「馬を出せ。もう一度出かける。」
「お嬢様?」
外はすでに暗くなっていた。
カミーユは闇夜の中、馬を走らせた。ヴェリテの家の前で、馬を止める。馬を宥めながらそのまま待っているとヴェリテの家の門が開き、一台の馬車が出てきた。馬車の前に、カミーユは馬を進め、馬車を止める。急な停止に馬達が嘶いた。
「こんな闇夜にどこへお出かけか。」
御者はカミーユの顔を見たまま、固まっている。騒ぎを聞きつけたのか、ノイシュ子爵が出てきた。
「これはこれは、カミーユ殿。こんな時間に何用ですかな。」
「馬車を改めさせてもらいたい。ヴェリテ嬢が乗っているのではないか。」
「カミーユ様!」
馬車の扉が開き、ヴェリテが出てくる。その姿にカミーユは息を呑んだ。侍女のような質素な服に、美しかった金髪が肩口で短く切り揃えられている。
「ヴェリテ嬢、まさかその髪は。」
ヴェリテは髪を一房つまむと、微笑んだ。
「これですか?自分で切りました。そうしたら縁を切る。修道院へ行けと言われてしまい……。カミーユ様にご迷惑をかけてしまいました。」
申し訳なさそうではあるが、何か吹っ切れたような顔をヴェリテはしていた。ノイシュ子爵を見ると、忌々しげな顔でヴェリテを睨みつけていた。
「親の言うことも聞けない娘など、外に出すのも恥ずかしいですからな。平民の娘として一生修道院で暮らせばいいのだ。後で謝ったとて、戻しはしないぞ。」
「なるほど。ではもうヴェリテはノイシュ子爵令嬢ではないのですね。」
カミーユが確認するとノイシュ子爵は頷いた。
「閣下、ご英断に感謝いたします。縁を切られたのであれば、彼女はもう貴家の令嬢ではなく、ただの『外務部文官』です。……そして、機密を握る彼女を、警備も不十分な修道院へ送ることはできません。」
「な……!」
ノイシュ子爵は口をパクパクとさせるが、言葉が出てこない。
「よってこれより、外務部がヴェリテ嬢の身柄を『重要機密保持対象』として強制的に預かります。……文句はございませんね? 貴方はもう、彼女の『家族』ではないのですから。おいで、ヴェリテ。」
カミーユは馬上からヴェリテに手を差し伸べる。
「カミーユ様……!」
伸ばされたヴェリテの手を取ると、カミーユはぐいっと馬の上へと引き上げた。カミーユの腕の間にスッポリと入る形になったヴェリテは赤くなったが、闇夜に紛れてカミーユがそれに気づくことはなかった。
「間に合ってよかった。貴方の代わりはどこにもいないのですから。」
ヴェリテにそれだけ囁くと、カミーユは優雅な笑みを浮かべてノイシュ子爵を見た。
「では失礼。」
軽やかにその場を去るカミーユをノイシュ子爵が止めることはなかった。
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