(17)ヴェリテには分からない(後)
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マリアンヌたちが仕事に慣れていくのは早かった。ヴェリテという先輩がいたのも大きかったが、それぞれの得意分野を活かして仕事ができているのが大きい。
ただ一つ、困ったことがあった。他の部署に作成した書類を持っていくと、必ず男性職員を呼んでくるように頼まれるのだ。その度に他の文官にそれを頼まなくてはならず、仕事が滞る。特に、マリアンヌに対してそれが顕著だった。
「また私への呼び出しですか?」
アーロンの戸惑った声に、マリアンヌは頭を下げる。
「はい。申し訳ありません。どうしても私ではダメだと……。」
「……承知しました。私が行ってまいりましょう。」
俯きがちに自分の席へと戻っていくマリアンヌを気にしながら、立ち上がった文官の後を、ヴェリテはこっそりとついていくことにした。
扉の向こうで、話す声がする。ヴェリテはそっと聞き耳を立てた。マリアンヌの持っていった書類について質問をされているようだ。
「なるほど。詳細な説明に感謝する。さすが、アーロン殿だ。」
「この書類はマリアンヌ嬢が作成している。彼女が届けに来た時に、直接質問していただきたい。私もこれ以上のことは答えられぬのだ。」
「隠さずともよい。この詳細な記述、貴殿が筆を執ったのは明白だ。あの令嬢方は単なる『華やかな使い』に過ぎぬのだろう?」
「そうではない。」
「いやいや。宰相の愛娘の下で働くのも、存外に気を揉むものですな。」
「……次はもうないと思っていただきたい。」
盛大なため息の後、その言葉が聞こえて、ヴェリテは慌てて扉の前からそっと離れようとした。が、一瞬遅く、出てきた文官と目が合ってしまった。
「あ……」
アーロンはチラリと後ろを見て、素早く扉を閉めた。ついてこいと目くばせで伝えて、廊下を歩いていく。ヴェリテはそっとその後ろをついていった。
「他の部署の文官たちは誤解をしているのです。マリアンヌ嬢達の実力は本物だ。それなのに、書類を運ぶだけのお飾り人形か何かと勘違いしている。私たちが何度話しても聞いてもらえないのです。」
中庭の花を見ている風に装いながら、アーロンが話しかけてくる。
「先程の話でそうではないかと思っていました。」
「盗み聞きはあまりよろしくないとは思いますがね。」
「申し訳ありません。」
素直に頭を下げたヴェリテに、アーロンは腕組みをする。
「いっそのこと私が運んでもいいのですが、それでは認めたことになってしまう。どうしたものかと悩んでいるのです。」
おそらく、言葉でどれだけ言っても、通じはしないのだろう。
女性は淑女として育ち、結婚をし、子供を産んで家を守ることだけが役目だと誰もがそう思っている。外で仕事をしたいなどと言うのは、この国では気が触れていると思われるようなことなのだ。ヴェリテは床の絨毯の模様を見ながら、絶望的な気持ちに襲われていた。
「……ヴェリテ嬢?具合でも悪いのですか?」
黙ってしまったヴェリテを気にかけて、アーロンが声をかけてきて、ハッとする。
「いえ。大丈夫です。」
「それならよかった。カミーユ殿に相談してみましょう。彼女なら、きっと良い方法を考えてくれると思うのです。」
「……カミーユ様は、皆様の目には、もう女性とは映っていないのでしょうか。」
カミーユを信頼しきっているその言葉が妙に心に刺さって、思いついたことが口から出てしまい、ヴェリテは赤面した。アーロンも戸惑ったような顔をしている。
「男性とか、女性とかではなく、上司として尊敬していますよ。宰相殿の娘御ですから、誤解される方も多いですが、それを気にせず仕事を進めていらっしゃる。見ているこちらが頑張らなければ、という気持ちになるのです。」
「仰る通りですわね。」
ヴェリテはカミーユを思い浮かべる。王妃候補の時は俯きがちだった彼女は、もういない。仕事中のカミーユは、相手ときちんと向き合って話をしていた。
ああ、そうか。とヴェリテは思った。
カミーユ様を『女性』という枠に閉じ込め、不自由だと決めつけていたのは、誰でもない。私の視線だったのだ。
そこから抜け出さなければ。
ヴェリテは顔を上げてアーロンの方を向いた。
「相談なのですが……。」
ヴェリテの話を聞いて、アーロンも頷いた。
「そうですね。そのくらいのことをしなければダメなのかもしれません。協力いたしましょう。」
次の日、カミーユが外務部の職員を集めた。その傍には、ヴェリテが立っている。
「本日から、作成された全文書には、起案者の署名を義務付けます。書類に関する質問がある際は、こちらに来ていただき、署名をした職員のみが質問に答える形にします。その旨通知を出しました。」
文官達はザワザワと顔を見合わせる。
「それは私たちの仕事に問題がある、ということでしょうか。」
クラリスが問いかけると、カミーユは首を振った。
「むしろ、貴方達の仕事を確認してもらうために行うのです。ああ、自分で仕事もせず、署名だけした場合は罰則対象になりますので、お忘れなきよう。」
「なっ……。」
顔色を変えた文官が何名かいるが、カミーユは気にも留めなかった。
この案は、ヴェリテがカミーユに提案したものだ。
「自分の仕事に最後まで責任を持ちたいのです。」
そう言ったヴェリテに、カミーユは、優しい目を向けて、賛同してくれた。思い出すだけで胸が疼いてしまうけれど、顔に出さず、ヴェリテは前を向き続けた。それだけがカミーユと並んでいられるために必要なことだからだ。
早目にあげようと思っていたのですが、どうにも納得できず三回書き直していたらいつも通りの投稿になってしまいました。コメディもカミーユの勇姿も少ないので、次こそは……
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