(16)ヴェリテには分からない(前)
長くなりましたので、前後編にします。
ヴェリテにはどうしても分からないことがあった。髪を切っただけで、なぜ殿方達は女性という枠組みからカミーユを外してしまうのだろう。あんなに美しく輝いているのに。
ヴェリテにとってこの職場は天国である。カミーユ様の顔が毎日見られる。時折はにかみながら、「一緒に帰りましょう」と誘ってもらえた時には、天にも昇る気持ちになる。カミーユ様の考案された執務服は今までのドレスがなんだったのかと思うくらいに動きやすく、工夫されている。
その話を「カミーユ様を愛でる会」で話すと、なんとも羨ましそうな顔をされる。仕事が忙しくなってきたカミーユ様はなかなかお茶会にも参加できなくなってしまった。なのでカミーユの供給源は今のところヴェリテなのだ。
ところが、事態が変わった。
宰相の宣言した女性文官登用は、議会を大きく騒めかせた。
しかし、王妃も認めたことなので、今更否とは言えない。
まずは前例のある外務部で登用し、成果があるようだったら他の部署へと広げていく、という流れで話が落ち着いた。
これには愛でる会のメンバーも色めき立った。カミーユ様と一緒に働けるチャンスが目の前にあるのだ。我も我もと声を上げる令嬢達に、伯爵夫人は、条件を出した。
カミーユ様の迷惑にならぬだけの実力を持って試験に臨むこと。
愛でる会の会員であることは秘密にすること。
何かがあったときにカミーユ様の足を引っ張らないためには、そのくらいの条件は必要なのだ。
それでも多くの会員が試験を受けた。そして、その中の一人が受かったと言う。ヴェリテは期待を込めて彼女が来るのを待っていた。
男性文官達もソワソワとしている。カミーユやヴェリテの働きを見て、彼らは女性でも同じように仕事ができることを知りつつも、女性が来るというそのことに浮かれていた。どう見ても普段よりも身なりを整えている文官もちらほらいる。浮き立つ若手文官達の後ろで、一部の年配の文官達が苦々しげに鼻を鳴らしているのが、ヴェリテの端に映った。彼らにとってカミーユは女のくせに出しゃばってくる余計な人材なのだ。それはヴェリテも同様だった。
扉を開けて、カミーユが入ってきた。後に続いて入ってきた女性は、三人だ。三人とも髪を結いあげ、揃いの執務服を着ている。多少不安げだが、難しい試験を潜り抜けてきた自信もあるのだろう。顔を俯かせることはなかった。三人ともヴェリテは顔を知っている。
「皆、少し話を聞いてほしい。」
カミーユの声に、皆が自分の席を立ち、カミーユの元に集まった。
「今日からこちらに配属されることになった三名を紹介する。
マリアンヌ、クラリス、ベアトリスだ。」
マリアンヌはふわふわとした金髪をゆったりと結っている。ふっくらとした白い頬に、きゅっと結ばれた桃色の唇と丸い目がなかなかに愛らしい。デビュタントして間もないのか、執務服の裾を掴んでお辞儀をするのに、少しぎこちなさがある。
クラリスは黒髪をきつく結い上げている。眼鏡もかけているせいか、年齢がかなり上に見えるが、おそらくヴェリテとそれほど変わらない。きびきびとしたお辞儀も、少し人との距離を感じる。
ベアトリスはライトブラウンの髪で、結っているせいか、目が少し吊り上がっている。どこか猫を思わせるその目には、色気すら感じられた。
「彼女達は仕事に慣れるまで、ヴェリテの下で働いてもらう。その後、本人達の能力を見て、仕事を振り分ける予定だ。よろしく頼む。」
文官達が頷くと、カミーユは三人の方を向く。
「君たちの働きが、今後の女性の働き方にかかっていると言ってもいい。無理はしないで欲しいが、頑張って欲しい。」
「分かりました!」
元気よくマリアンヌが答えてはっと口に手を当てる。残りの二人は服の裾を摘んで、黙って一礼した。
ヴェリテは三人を連れて、自分の執務する場所へと向かった。少し広めの区切られた場所に、四名分の机が並んでいる。ヴェリテは自分の席の前に立った。
「私の机はここですが、他の三名でまず、机の場所を決めてください。」
「私はここがいいです。」
クラリスがスッとヴェリテの目の前にある机の場所へと行く。
「では、私はこちらで。」
ベアトリスがその右側の机へと向かうと、マリアンヌは黙って残った机の場所へと向かった。それほどこだわりはないらしい。が、周りのものが珍しいのか、キョロキョロとあたりを見回している。
「では、仕事の内容を説明しますので、座ってください。」
三人が座ると、ヴェリテは自分の仕事について話を始めた。
基本的にヴェリテが行うのは、文書の翻訳だ。外国から来た文書を翻訳し、この国の言葉で書き直す。逆にこの国の文書を相手側の国の言葉で翻訳することもある。仕事の内容を聞いて、クラリスはメガネの縁に触れた。
「思っていたよりも重要なお仕事を任されているのですね。一つ間違えれば国際問題です。気をつけなければ。」
「え?」
血の気がひくマリアンヌを宥めるように、ヴェリテは補足をした。
「もちろん間違えたら大変です。そのために人数が必要なのです。最終的にカミーユ様に確認していただきますが、その手を煩わせないように、四人でお互い確認し合うことが大事です。」
「カミーユ様の手を煩わせないように……。もちろんですわ!」
その言葉にぎゅっと手を握って意欲を見せているのはベアトリスだ。彼女こそがカミーユ様の会の会員だ。
「皆様、どちらの国の言葉が得意なのか教えていただけませんか?まずはその国の仕事を割り振りたいと思っています。」
「わ、私は帝国語が得意です。父が帝国人なので。」
「帝国語もフレランジュ語もそれなりに。東国語も多少でしたら。」
クラリスの言葉に、ヴェリテは目を見張る。
「私も東国語は今習得中なのです。そちらの仕事も少しずつ増えてますので、一緒に見ていただけるとありがたいですわ。」
「私はフレランジュ語とマーロウ語を。」
ヴェリテはベアトリスの言葉にさらに驚いた。マーロウは歴史の流れの中で消えてしまった国である。法整備が進んでいた国であったため、今でもマーロウの法律を参考にする国は多い。
「まあ。マーロウ語ができる方は、この外務部でも片手で数えるほどしかいらっしゃらないのです。皆様のために、マーロウ語の手引きを作っていただけませんか?貴女の知恵が、きっとカミーユ様の助けになると思いますわ。」
「もちろん、喜んでお引き受けいたします。」
自分が優秀な方だと自惚れていたことをヴェリテは内心で恥じていた。このメンバーなら、きっとカミーユの助けとなることを、ヴェリテは疑わなかった。
後編はなるべく早めに上げたいとも思っています。
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