(13) ヴェリテ子爵令嬢は推しの役に立ちたい
ヴェリテ・ノイシュ子爵令嬢への父親からの評価は、「小賢しい女で役に立たない」である。
帝国生まれの母に帝国語を幼い頃から教えられたヴェリテは、瞬く間に二つの言語を操れるようになっていた。さらにフレランジュ王国の言葉も覚えた時に、父に言われた言葉が
「男でもないくせに」だった。父はこの国の言葉しか話せないのだ。そのせいかこの歳まで婚約者が決まらなかった。
「結婚相手も見つけられないのだな。」
父は吐き捨てるようにそう言った。母はどうやら自分を帝国の貴族と結婚させたかったようだが、父はそれを許さなかった。その結果今回の結婚話が舞い降りてきたのだ。
今となっては、その結婚話に感謝しかない。ヴェリテは空へと舞い上がりそうな気持ちで迎賓館へとやってきた。なにしろ崇拝するカミーユ様と一緒に働けるのだ。しかも自分の能力を認めてくれている。結婚話がなければこんなことにはならなかっただろう。
「仕事など女のすることではない。」と言い張っていた父親が急に態度を変えたのはつい先日。母が王妃とのお茶会に行ったその直後だ。
ただし、どんな仕事をしたのか報告をすること。それから、王妃様から賜ったドレスを着ていくこと。この二点が条件だった。
ヴェリテの着ているドレスは深い海の色で、上品さが際立っていた。袖もひらひらとしたレースはついておらず、字を書くにも困らない。しかし、コルセットでぎゅっと締められたその下のスカート部分は、後ろに大きく膨らんだ形になっており、腰の細さを引き立たせるようになっている。
「このドレスが最近の帝国の流行りなのだそうだ。お前の仕事は、このドレスの良さを見せつけてくることだ。そのぐらいのことはやってもらおう。」
そう言われて断る術はヴェリテにはなかった。
「うわあ。女の人だ。」
「馬鹿。失礼だろう。」
ヴェリテを見て歓声を上げた若い文官を他の文官が嗜めているが、この場合誰に対して失礼なのだろうか、とヴェリテはチラリと考えた。カミーユは気にすることなく、ヴェリテに笑顔を向ける。
「ヴェリテ嬢、来ていただいて本当に嬉しい。早速だが、職場の案内と仕事の内容を説明させてもらっていいだろうか。」
「もちろんですわ、カミーユ様。」
カミーユの説明を聞き漏らさないよう脳内に叩き込みながらも、ヴェリテは文官達の視線がちらちらと自分の方に向いているのを感じていた。女性が働くことはそれだけ珍しいのだ。失敗したら、もう女性が働く機会がなくなってしまうかもしれない。ヴェリテは一層気合を入れた。
ヴェリテに与えられた仕事は、フレランジュ王国やギラーン帝国から送られてきた書類をこの国の言葉に書き直す作業だ。どちらの国の言葉も理解できるのだが、専門的な言葉が時折混じっており、そこだけがヴェリテには分からない。
「すみません。この言葉の意味なのですが。」
近くの文官に尋ねようと立ち上がると、コルセットのボーンが脇腹に食い込み、一瞬ヴェリテは動きを止めた。しかし、文官は全く気づかず、本棚を指差した。
「ああ。それならあそこの本棚の本を見るといい。」
ヴェリテに構っているほど文官達も暇はないのだ。ヴェリテは本棚に行って、専門用語の書いてある本に目を通した。文字を読むことが好きなヴェリテにとって、それは嫌な作業ではなく、むしろ楽しいものだった。
翻訳した文字を書くために前屈みになると、コルセットが邪魔に感じた。ヴェリテは息を詰めるようにして、文字を書いていった。
出来上がった書類をカミーユに見せると、カミーユはヴェリテに笑顔を見せた。
「さすがですね。字も美しいし、内容も問題はありません。これなら誰に見せても喜ばれるでしょう。ヴェリテ嬢に頼んでよかったです。」
崇拝するカミーユに手放しで喜ばれ、ヴェリテは胸がぎゅっと締め付けられるような甘く痺れる喜びを感じた。
「私でもカミーユ様のお役に立てるなら、これほど嬉しいことはございませんわ。」
「少し休憩されてはどうですか?初日ですし、疲れたでしょう。」
カミーユが気遣わしげに声をかけるが、ヴェリテは首を横に振った。
「いいえ。皆様頑張っていらっしゃるのに、私だけ休むことなどできませんわ。」
「そうですか?もう少ししたら中休みの時間になります。では、そこまで別の仕事をお願いしましょう。」
新しい書類をもらって、ヴェリテは自分の席に戻り、深呼吸をした。先程から少し息苦しさを感じていたのだ。
(もう少しだけ、頑張りましょう)
自分でそう気合を入れると、ヴェリテは書類を読み始めた。先ほどはフレランジュ王国の書類だったが、今度はギラーン帝国のものだ。
「これは、約款?かしら……。」
本棚へ行こうと立ち上がったヴェリテを、めまいが襲った。思わず机に手をつくと、大きな音がした。周りがヴェリテを振り返る。
「ヴェリテ嬢!顔色が悪い。座ったほうがいい。」
慌ててカミーユが駆け寄ってくる。ヴェリテは言われた通りに座るが、目の前がチカチカと瞬いている。こんな状態になるのは、初めてだった。
「す、少し休めば大丈夫ですわ……。」
「誰か、医務室に連絡を!」
カミーユの言葉を聞きながら、ヴェリテは意識を手放した。
気づいた時には、ヴェリテはベッドの上だった。天蓋のレースは降ろされ、外は見えない。白いシーツはかけられているが、着ていたドレスは脱がされている。
(一体、何が?)
慌ててぎゅっとシーツを握りしめると、その雰囲気を感じたのか、声が聞こえた。
「ヴェリテ嬢、気付きましたか?」
「カミーユ様……。」
聞き慣れたカミーユの声にホッとすると、カミーユがそっと天蓋の布をずらしてベッドの横へやってきた。憂いを帯びた視線に心臓が跳ねる。
「あの、なぜ私はここに。」
「倒れたのですよ。医者の見立てではコルセットの締めすぎが原因だとか。それで失礼ながら外させていただきました。男性には触れさせておりませんので、ご安心ください。」
それだけいうと、カミーユは深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。ドレスで仕事をするのが大変なのは私も分かっていましたのに、気づくこともできませんでした。」
「カミーユ様が悪いわけではありませんわ!」
思わず起きあがろうとすると、かけていた掛け布が胸から落ちそうになり、慌ててヴェリテはそれを抱え直した。
「今日はもう、お帰りになってください。明日からまた働いていただきたいのですが、そのドレスはできればやめていただいたほうがよろしいかと。」
カミーユがいたわるように言うが、このドレスをやめるわけにはいかないのだ。
「申し訳ありません。このドレスで仕事に行くよう、父から申しつかっておりますの。」
ドレスを着ずに仕事に行ったら、辞めるように言われてしまうかもしれない。それだけはヴェリテは避けたかった。
「腰の細さを強調するようにできている、帝国の最新式のドレスだそうですね。王妃様の催す舞踏会では、とても評判になっているとか。」
カミーユはドレスを見ながら何かを考えているようだったが、やがて一つ頷いた。
「あの方の力を借りてみましょう。侍女を呼びますので、ヴェリテ嬢はそのドレスを着てください。私が屋敷まで送リます。」
「そんな、まだお仕事もあるのではないですか?」
ヴェリテの言葉に、カミーユは照れたようにいう。
「実は、仕事から友達と一緒に帰る、というのをやってみたかったのです。願いを叶えていただけませんか?」
(どうしましょう。このシチュエーション。ロクサーヌ様ではないけれど、書かずにはいられないかも)
この場面は一生の宝物にしよう。ヴェリテは震える声で
「喜んで、一緒に帰らせていただきますわ。」
と答えたのだった。
思ったより長くなってしまいました。
後半へ続く。
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