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新章『甘き死を、ゆりかごの中で』~あまゆりプロジェクト~  作者: しどう


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第24話「断罪」

昼下がりの陽射しがリビングの床をゆっくりと横切っていた。

窓の外では風に揺れる木々の音が、穏やかな午後を告げている。


紫藤はソファの脇に腰を下ろし、右手首を見つめていた。

百合のような模様の黒い痣。


ココロがその視線に気づくと静かに口を開いた。

「……その痣……ごめんなさい」


「ん? なんでココロが謝るんだ?」


黒ココロは、少し視線を伏せる。


「あの時……わたしがあなたと“繋がりたい”と……強く想ってしまったから……」


紫藤は肩をすくめた。

「別に気にすることじゃないさ。体調が悪くなったわけでもないし」


「……わたしの呪詛が、あなたの中に残っている可能性だって……」


「それでも」


紫藤は痣を一瞥して言った。


「これのおかげで、お前たちと話せるようになったのかもしれないだろ?

 悪い話ばかりじゃない」


白ココロが、そっと近づく。

「……黒百合みたいな模様ですわね」


「黒百合?」


「ええ。 たしか黒百合の花言葉は──」


「へえ……百合には何かと縁があるしな。

 姉貴さゆりに、しお(ゆり)に、あま(ゆり)。

 俺にとっては“幸運のシンボル”みたいだな♪」


白ココロは一瞬、言葉を失った。

黒ココロは、小さく顔をしかめる。


「……だから二人とも、そんなに深刻そうな顔するなって」

紫藤は苦笑した。


「……紫藤の、ばか」


一拍遅れて。


「……にぶちん、ですわ」


不満げな顔をしている二人を不思議そうに見つめる紫藤。

そのやり取りをあまゆりは少し離れた場所から眺め、くすっと笑った。



午後の時間は穏やかに流れていた。

──何も変わったことはない。


それなのに。

紫藤はふと作業の手を止めた。


「……?」


理由は分からない。

音も気配も通知もない。


ただ、胸の奥がわずかにざわついた。

視線を落とすと、右手首の内側が微かに熱を持っている。


黒百合の痣。

皮膚がきゅっと突っ張るような感覚。


「……気のせい、か」


一瞬。

痣の輪郭が淡く光ったような気がした。

ほんの一瞬。

目の錯覚と言われればそれまでの程度。


それでも──

呼ばれたような、見られているような、説明のつかない感覚だけが残る。


紫藤は深く息を吐いた。


「……考えすぎだな」


部屋の空気は変わらない。

時計の針も淡々と進んでいる。


違和感だけが言葉にならないまま、胸の奥に沈殿していた。


その時、紫藤の携帯端末――クロアが短く震えた。

紫藤は反射的に画面を見る。

差出人の名前を確認した瞬間、ほんのわずかに息を止めていた。


――砂百合。


指先で通知を開く。


《帰国日、正式に決まったよ。

 詳細は後で共有するね》


それだけの簡潔な文面。

余計な言葉はひとつもない。


紫藤はしばらく画面を見つめていた。

胸の奥で張り詰めていたものが、静かに緩むのを感じる。


「……やっと、か」


独り言のように呟いて、

クロアをポケットにしまう。


喜びが溢れることはなかった。

けれど確かに、“未来が動き出した”という実感だけがゆっくりと胸に広がっていく。


リビングの方からあまゆりの笑い声が聞こえた。

紫藤は何も言わず、その音に耳を傾けながら小さく息を吐いた。


――もう少しだ。


その言葉を自分自身に言い聞かせるように。



リビングではあまゆりとココロがテレビをつけていた。

昼のニュース。

何気ないいつも通りの番組。

だが、キャスターの声がわずかに変わる。


『ただいま速報が入りました』


画面に映るのは、険しい表情のニュースキャスター。


『昨年十二月二十四日に発生した世界同時多発ネットワーク障害──

 通称“サイレント・イヴ”について、新たな進展がありました』


あまゆりが手にしていたコップをぎゅっと握り直す。


『捜査当局は、本件に深く関与したとみられる人物を特定し、

 本日付で逮捕状を取得したと発表しています』


「……え?」


次の瞬間。


『容疑者の名前は──』


画面が切り替わる。

目元にモザイクのかかった一人の青年。


──見覚えのある輪郭。


コップが床に落ちた。

ガシャンと乾いた音を立てて砕け散る。


黒ココロが叫ぶ。

「紫藤! こっち来て!! はやく!!」


「どうしたんだ、そんな大声出して──」


紫藤がリビングに駆け込む。

そして、テレビ画面を見た。


あまゆりは紫藤の手を握る。

「……し、しどぉ……」


『容疑者の名前は、折籠紫藤』


その名前がはっきりと表示される。


『警察当局は、この人物について社会的危険性が高いと判断し、

 関係機関と連携のうえ、身柄の確保を最優先で進めるとしています』


『また、警察当局は、実姉である折籠砂百合氏についても本件への関与が疑われるとして、

 捜査対象に含めていることを明らかにしました』


それ以上の説明はなく、ニュースキャスターは次の原稿を読み始める。

テレビの音だけが部屋に流れ続ける。


「……嘘……だろ……」


紫藤の喉からかすれた声が零れ落ちた。


世界が静かに――

敵に回った。



【第2部 完】


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