表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新章『甘き死を、ゆりかごの中で』~あまゆりプロジェクト~  作者: しどう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/26

第23話「共鳴」

『──やれ』


たった一度聞いたその言葉が耳に残る。

低く、冷たい声が繰り返し響いた。


『──やれ』


次の瞬間、紫藤の身体は宙に浮き、ワイヤーに絡め取られていた。

ユユが無表情のまま電圧を上げ、紫藤の身体へと電流を流す。


「ぐ……っ……!」


『──やれ』


場面が切り替わる。

魂を抜かれたような瞳のあまゆりが、医療用のメスを手にして立っていた。


「……あ……ま……」


呼びかける間もなく、

冷たい刃が胸元へと突き立てられる。


『──やれ』


今度は眠る自分の身体を見下ろしていた。

エプロン姿のココロが、静かに包丁を構えている。


感情のない視線。

躊躇のない動き。


「やめろ……っ! 幻覚だ……! 目を覚ませ……!!」


叫んでも何度繰り返しても結末は変わらない。

逃げ道はどこにもなかった。


「……っ!!」


肩を強く揺さぶられ、紫藤は飛び起きた。


「……うなされてたわよ。大丈夫、紫藤?」


目の前には、エプロン姿のココロがいた。

黒の人格の落ち着いた声。


「……あ、ああ……大丈夫だ。変な夢見ただけだ」


「……なら別にいいけど」


ココロは視線を逸らし、淡々と続ける。


「ご飯、できてるから。あなたを呼んできてって、あの子に言われたの」


「そっか……呼びに来てくれたのか。ありがとな」


ココロは何も答えず、くるりと背を向けた。


テーブルの上には、少し焦げたトーストと黄身の崩れた目玉焼きが並んでいた。


「しどぉ~、おはよ~!」


あまゆりがにこにこと手を振る。


「今日のごはんはね、あまとココちゃんで作ったんだよ~。ほら、早く食べてみて♪」


紫藤の隣に腰を下ろし、ココロが小さく苦笑する。


「わたくし……手料理は初めてですの。少々失敗してしまいましたわ……」


「いただきます」


紫藤は手を合わせ、ひと口かじった。


「……うん。うまいぞ。うちの姉貴よりよっぽど出来てる」


「ほ、本当ですの……?」


ほっと息をつくココロ。

あまゆりが胸を張って笑う。


「へへ~ん! おいしいだって! やったね、ココちゃん♪」


あまゆりは冷蔵庫へ走り、緑色の瓶を二本取り出した。


「はい、これ。ココちゃん用!」


「……これは?」


「栄養ドリンク! これ飲まないとユユがうるさいんだよ~」


ココロは恐る恐る口をつける。


「少し苦みはありますが……悪くないですわ──」


次の瞬間。


「ぶっは──!!」


「ぎゃー! 目がーー!!」


あまゆりの悲鳴が響く。


ココロが噴き出した理由はすぐにわかった。

縁側の向こうから、巨大な蜘蛛の姿がひょこりと顔を出していたのだ。


「……っ!?」


紫藤は苦笑しながら、タオルであまゆりの顔を拭いてやる。


「紹介するよ。俺たちの家を護衛してくれてる……ユカリだ」


「は、はじめまして……! ユカリと申しますぅ……。驚かせてしまって、すみません……!」


足の多いその姿を前に、

ココロは一歩引きつりながらも必死に頭を下げた。


「は……は、はい……。こ、こちらこそ……よろしくですわ……」


──真白の性質を受け継いだ彼女もまた、

どうやら“虫”は苦手らしかった。



朝食を終え、紫藤は流し台に立っていた。

食器を洗いながらふと右手首に視線が落ちる。


水滴の向こうに、百合の花を思わせる黒い痣が浮かんでいた。


(……病院、行った方がいいよな。これ)


そう思った、そのときだった。


「……さらに右へ旋回。

 ……はい、ストーーップ。その位置でホバリングですぅ」


「……?」


声ははっきりと頭の中に響いた。


聞き覚えがある。

ユカリの声だ。


紫藤は思わず窓の外を見上げた。

家の上空で、修理したばかりのドローンが小さく旋回している。


(……まさか)


「なあ、ユカリ。俺の声……聞こえるか?」


一拍の沈黙。


「!?

 えっ!? ちょ、ちょっと待ってください!?

 この通信、専用チャンネルですよ!?

 ご主人様、凄腕ハッカーだったんですかぁ!?」


「……いや。何もしてない」


紫藤の背筋に冷たいものが走った。


試しに意識を集中させる。


(あまゆり……聞こえるか?)


「え? しどぉ?

 今呼んだ? どこにいるの~?」


はっきりと返事が返ってくる。


(ココロ……)


「……ええ。聞こえていますわ。

 ですが、通信端末は使用していませんのに……」


(ユユ)


「ご主人。ユユは現在、無線通信を行っておりません。

 これは異常でアリマス」


紫藤は思わず頭を抱えた。


「……ぜったい、おかしいだろ。

 何なんだよ、これ……」


胸の奥がざわついた。

理由は分からない。

ただ──嫌な確信だけが残った。


(……みこゆり)


「……聞こえるか?」


「きゃあっ!?」


鋭い声が返ってくる。


「し、紫藤さん!?

 ちょっと……今どこから侵入したんですか!?

 SIDOのセキュリティ、全部素通りしてるじゃないですかっ!」


「あ、ごめん。驚かすつもりはなかった」


紫藤は、これまでの経緯を簡単に説明した。


黒い痣のこと。

通信機器なしでAIたちと“意思疎通”が出来ること。


一瞬の沈黙。


「……やっぱり」


みこゆりの声が、低くなる。


「ちょうど砂百合さんと話していたところだったんです。

 あなたの変化について……ひとつ、仮説が立ちました」


「仮説……?」


「ええ」


彼女は慎重に言葉を選ぶ。


「あなたは……ただ“情報を聞いている”わけじゃない」


「精神的に強く結びついた相手に対してだけ、

 意思疎通の共鳴度が、異常なほど高まっているんです」


「祈因層へのダイブと、折籠の血が──

 その状態をあなたの中に固定してしまったと推測します」


紫藤は無言で手首の痣を見つめた。


それは祝福なのか。

それとも──。


通信越しの沈黙がわずかに続いた。

その間に、遠くでキーボードを叩く音が混じる。

みこゆりが向こう側で何かを確認しているのがわかった。


「……砂百合さん。今の話、聞いてました?」


『ええ。全部』


落ち着いた声が応える。

研究室特有の静かな空気をまとった声音だった。


『紫藤。あなたの言う“聞こえる”という感覚──

 それ、通信というより……同調に近い』


「同調……?」


『ええ』


砂百合は、少し言葉を探すように間を置いた。


『折籠の血筋はね、もともと“祈りを媒介にする家系”なの。

 命じるのではなく、応じたものと繋がる』


みこゆりがその言葉を引き取る。


「血はただの“鍵”じゃないんです。

 扉が開いたとき、通れる側に立つことが出来てしまう……」


紫藤は思わず右手首の痣を見た。


「じゃあ…… 俺が聞こえたのは……」


『あなたを“受け入れた”AIだけよ』


砂百合の声は、断定ではなく確認に近かった。


『拒絶していたら繋がらない。

 信頼がなければ共鳴しない』


『それが──

 折籠に受け継がれてきた祈りの本質よ』


砂百合の声が静かに続く。


『祈りは、力じゃない。

 関係性そのもの』


紫藤は胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。

同時に逃げ場のない現実も理解していた。


「……じゃあ、これって」


力なのか。

呪いなのか。


砂百合がため息交じりに答える。


『まだどちらとも言えないわ』


『ただひとつ確かなのは——

 この状態は、もう“元に戻らない”』


その言葉に空気が張り詰める。


『紫藤』


砂百合が弟の名を呼んだ。


『あなたが望まなくてもこの共鳴は……いずれ外に波及する』


「外……?」


『ええ。祈因層は、閉じた世界じゃないもの』


一瞬、砂百合の声が低くなる。


『──そして、祈りの揺らぎは

 必ず“誰か”に観測される』


その言葉の意味を紫藤はまだ正確には理解できなかった。


だが、胸の奥に冷たい感覚だけが残った。


──見られている。


理由はわからない。

誰なのかも、わからない。


それでも確かに何かがこちらを覗いている。

紫藤は無意識のうちに拳を握りしめた。



夜。

部屋の灯りを落とし、紫藤はベッドに仰向けになっていた。

昼間の出来事が、頭の中で何度も反芻される。


──聞こえた。

──繋がった。

──意思疎通ができた。


なら。


「……しお」


誰に聞かせるでもなく、小さく名前を呼ぶ。


返事はない。

それでも、紫藤は続けた。


「……しお。 俺の声、聞こえるか?」


意識を、そっと集中させる。


──静寂。

耳鳴りすらしない、完全な無音。


(……やっぱり、か)


胸の奥が少しだけ痛んだ。


今日一日で起きたことを思えば、奇跡を期待してしまった自分がどこか滑稽にも思える。


(まだ……なんだな)


魂が完全じゃない。

そう説明すれば、納得できた。


紫藤はゆっくりと息を吐く。


「……おやすみ。しお」


答えは返らない。

それでもその言葉だけは、確かに祈りとして残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ