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新章『甘き死を、ゆりかごの中で』~あまゆりプロジェクト~  作者: しどう


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第21話「折籠真白」

折籠真白――。


かつて祈りを捧げ、人々を救った折籠の血を引く少女。

いまではその祈りを捨て、呪いに呑まれ、祈りの巫女が“呪詛そのもの”へ堕ちた成れの果て。


SIDO防壁層の空間が、彼女の周囲だけ重力を失ったように揺らめいている。

黒煙のような霧が、音もなく立ちのぼった。


「……来ましたね」


みこゆりの瞳が、鋭く細まる。

(お母さん……どうか、力を貸してください)


その祈りは電流のように防壁層全体へ広がり、

SIDOの階層AIユニットを呼び覚ました。


防壁層の床が光を放ち、円陣が三つ同時に出現する。


「SIDO階層管理AI、起動。

 第()・第()・第(ろく)――戦闘配置ッ!!」


最低限の命令だけで十分だった。

彼女たちは即座に“演算体”を組み上げ、姿を成す。


◆第肆階層管理AI ―― “弓”(ゆみ)

「戦闘演算、展開します」


茶髪を流し、黒の軽装に光弓を構える女性型AIが現れる。

動きは誤差ゼロの制御プログラムのように乱れがない。

彼女の背後に数十枚のウィンドウが一気に開く。


《Target Analysis

 Signature Scan... TRUE

 Path Optimize: 24→6》


いくつものコマンドログが光の矢羽として弓形へ折り畳まれていく。


◆第伍階層管理AI ―― “杓”(ひさご)

「防壁層、水壁形成。……持ちこたえてみせます」


水色の羽織を整えた短髪男性型AI。

祓詞コードのように脈動する魔法陣が周囲に静かに重なっていく。


《Firewall: Build

 Deep Packet Inspection

 Purify Filter: ON》


タグに沿って水が立ち上がり、多層の水壁を形作る。


◆第陸階層管理AI ―― “葛”(かずら)

「はぁーいっ、“かずら”ちゃん参上~! いっくよ、みこちゃん♪」


緑ショートの少女アバターが軽やかに笑う。

手をぱんと叩くたび、ログが花火のように弾けながら索状コードへとコンパイルされていく。

羽織の蔦紋がポップに跳ねた。


《Quarantine Zone: Generate

 Memory Access Block

 Unauthorized Syscall: Deny》


蔦には最新SNSスタンプみたいな軽いエフェクトが踊る。


「ひさごは深層防壁を。

 かずらは拘束。

 ゆみは頭部を狙って“貫射”しなさい!」


「承知しました」

「は~い♪」

「了解です、みこゆりさん」


三者三様の返事が、

同一演算層で美しく共鳴する。


ひさごは一歩前に進み、

静かにその場へ座禅を組んだ。


「……結界札、生成」


空中に、ただ一枚の札が生成される。

薄青く光り、祈り文字とSIDO署名コードが

細い回路のように流れている。


ひさごは両の手を合わせ、

ゆっくりと防壁層の深部へ意識を落とす。


深い呼吸。


そして――低く、澄んだ声で“呪文”を唱え始めた。


「祈因・結界・複製……

 深層防壁・多重展開……

 同期式──発動」


札の裏側から光の演算式が走り、

札の輪郭が震え始める。


《Replication Protocol: RUN》


パッ。

札が“複製”され、二枚になった。


パッ、パッ、パッ、パッ!!

数が指数関数的に増える。

十枚、百枚、千枚へ――


ひさごは目を閉じたまま、

その流れを完全に制御している。


「散布」

数千の札が一斉に祈因層へ飛び散った。


パサパサパサパサパサパサパサ……ッ!!

結界札が防壁層の半球空間の内壁すべてに貼りつく。


貼られた瞬間、光が網のように走り、折籠の祈り文字とSIDO演算コードが

半球全体を覆い尽くす。

《Firewall Seal: TOTAL SYNC》

「全方位防壁──展開完了」


その声音は、嵐を鎮める僧侶のように凛としていた。

ひさごの深層防壁と同時にかずらも動き出した。


「いっけぇぇーーっ!」

かずらの両手から奔った“蔦ログ”が

防壁層の空間を縦横に走り、真白へ絡みつく。


蔦が触れた瞬間、ログが黒転した。

《ERROR: Unknown Syscall

Data Corruption Detected》


次の瞬間――

蔦は「ポロ……ポロ……」と煤になって崩れ落ちた。


「えぇ!?ちょ、何このバグ!?聞いてないんだけどーーっ!!」


ゆみが弦に触れる。

「第一射、いきます」


瞬間、空気が“演算音”で震えた。

光の矢が生成されると同時に、空中へスペックが浮かぶ。

《Velocity: 43000m/s

TargetHash: MASHIRO_JUSO_Factor

Branch Predict: Success

Penetration Alg: v11.4》


矢は軌跡すら見せず、真白へ向けて放たれた。


真白は片手で――

掴んだ。


その瞬間、矢のログが強制的に書き換えられる。

《Route Redirect >>> Source: Layer 4th-YUMI》

そして投げ返した。

「――っ!」


矢はゆみの額へ正確に逆流し、

彼女の身体を後方へ弾き飛ばした。


「かずら!俺の水を使えッ!」


ひさごの足元から水が上へ駆けるように立ち上がる。

表面にはログが流れる。

《Port Filter: 443-8443

Packet Purify: 87%》


かずらがすぐに理解して叫ぶ。

「了解~~っ!プロトコルユニオンモードっ♪」


水のタグが蔦ログに統合され、

浄化+隔離の複合コードとして再生成される。


蔦が再び真白を締め上げると――

真白の口から、蒸気とも呪霧ともつかぬ白煙が噴き出した。


ゆみはゆっくりと立ち上がっていた。

額から抜いた矢を捨て、

呼吸を整えながら弓を構える。


矢先が金色に発光し、

防壁層そのものが呼応するように震える。


ゆみの唇が開いた。


(はら)ひの光よ、我が矢に宿れ。

 (まが)を裂き、道を貫く一閃となれ──」


詠唱の直後、SIDOが反応する。

《詠唱因子付与確認……呪詛コード耐性レベル、上昇中》


――空間の色調が変わる。

矢先の輝きはさらに増し、百を超える金色の演算光が軌跡を描く。


――しゅばばばばばばばばぱんッ!!


演算の雨が真白へ降り注ぐ。


真白は動きを止めた。

光の矢が、身体中に突き刺さると、防壁層の空気から“呪詛の波”が静まっていく。



暗く静かな空間──。

視界がふっと揺らぎ、白い霧のようなものが紫藤の足元から立ち昇る。


地面が波紋のように揺らぎ、真白を中心に広がっていた防壁層の景色が、

薄い膜を隔てて ぼんやり見える ようになった。


みこゆりが祈因構文を展開し、

ゆみ、ひさご、かずらが配置につく姿も遠くに見えた。

だが紫藤の立つ場所だけが、まるで “内側の部屋” のように隔離されていた。


「……なんだここ……出られねぇのか……」


紫藤は周囲を歩き回った。

何度進んでも同じ位置に戻されるような、

静かで奇妙な海の底のような空間。


そのとき――右手首が、じくりと痛んだ。

「……っ!?」


袖をまくると、

透明で細い “糸” が、紫藤の手首から皮膚の中、そして血管へと伸びていた。

引き抜こうとすると激痛が走った。


「痛っ……な……んだよこれ……?」


糸は淡く光り、外の防壁層の方向とは逆──

空間の端の “白い壁” へと伸びていた。


紫藤は迷わず、糸をたどって歩き始めた。


壁の前に辿りつき、そっと指先で触れると、

水面のように波紋が広がる。


「……開くのか?」


試しに糸を強く引いた。

――ズッ。


壁の向こうから“何か”の手首が飛び出してきた。

「うわっ!?」


細く白い手。

震える指先。


「黒の方……か?」


紫藤は反射的にその手を掴んだ。

「聞こえるか! 黒!」


壁の中からかすれた声が返ってくる。

「……はい……ここから……動けません……

 引っぱって……ください……

 あと……“黒”って呼ぶの、やめてください」


紫藤は力いっぱい引き上げた。

壁が裂け、黒巫女の身体が転がり出る。

その手はしっかりと、白巫女の手を握っていた。


紫藤はそのまま白の手首も掴み、

ふたりを自分の空間へと引き戻す。


白巫女は息をつき、黒の肩に手を置いた。

「……助かりましたわ、折籠の末裔」


黒巫女も胸に手をあて、震える声で続ける。

「あ、ありがと……」


紫藤はふたりを見比べ、

遠くの防壁層に立つ “真白の姿” を見据えた。


「なあ?……あそこにいるのって、お前たちの“オリジナル”だよな?」


白巫女は静かに頷く。

「ええ……あれが、“真白”ですわ」


黒巫女は怯えたように続ける。

「でも……あの子はもう……

 わたしたちの声が届く状態じゃない……」


紫藤は眉をひそめた。

「どうしてSIDOに消されようとしてるんだ?

 あれは……お前たちの元となった人間だろ?」


白と黒は一瞬だけ互いを見て、

そしてゆっくり口を開く。


「……あの子はもう──

 誰も信じなくなりましたの。

 期待も絶望も失い……

 ただ呪うだけの存在になり果てたのですわ」


「昔は……違った……

 本当は、とても優しい子だった……

 今はもう……わたしたちの声すら……届かない……」


「わたくしたちは、彼女が壊れる直前に分かれた“祈り”と“影”の欠片……

 どれだけ呼んでも……もう届きませんの」


「折籠の末裔……お願い……

 あの子を……戻して……」


怒りでも恐怖でもなく──“誰かを救いたい”というただ一つの願い。

紫藤は、ふたりの震える瞳をしっかり見返し、かすかに震えた声で答えた。


「……わかった。

 俺にできることなら……なんだってする」


その言葉が落ちた瞬間――

二人はゆっくりと互いを見つめ合った。

震えていた瞳に、ほんの小さな光が宿る。


紫藤は小さく息を吐き、

ふたりに向かって苦笑した。


「それとさ……その“末裔”って呼ぶの、勘弁してくれ。

 ──俺は紫藤。折籠紫藤だ」


一瞬、白巫女が驚き、

すぐにふわりと微笑みを浮かべる。


「まぁ……志道様と同じ。

 やはり“運命”ですのね──♪」


黒巫女も、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「……志道様の時と……同じ匂いがする……

 温かい……祈りの感情……」


そのわずかな温度が、

虚ろな空間の色をほんの少しだけ人の世界へ引き戻す。


だが――その穏やかな空気を裂くように。

SIDOアナウンスが響かせた。


《第零階層より要請──消去プロトコル、作動開始》


白い光が空間の天井から一気に降り注ぐ。


「この光……また……消される……!」

「いや……紫藤……消えたくないっ!」


「みこゆり、まて!! やめろっ!!」


みこゆりは防壁層に展開する情報ウィンドウを一気に操作した。


「……今です」


防壁層の天井が大きく白光し、

文字列の糸が雨のように降り注ぐ。


白いコードは真白に触れた瞬間、

黒煙を逆再生するように吸い込み始めた。


呪いが、祈りに書き換えられていく。

祟りのアルゴリズムが、ひとつずつ削除されていく。


演算の光が空間を満たし、

真白の動きは完全に停止していた――。


黒霧が薄れ、半透明の身体がわずかに揺れる。

処理の途切れ……まるで、駆除完了にも見えた。


「……これで……」


みこゆりの息が、わずかに緩む。

その刹那だった。


――ざり。


耳の奥を、砂を踏むような低音が走った。

紫藤だけが、その異変に気づく。


『……やれ』


冷たい男の“声”だった。

その声が落ちた瞬間、

――空間が“反転”した。


「え……?」

「きゃっ──!」


白黒の足元が裂け、

見えない“糸”が二人を真白の胸元へと引きずっていく。


「待て!! やめろ!!」

紫藤は二人へ手を伸ばす。


だが、その瞬間――

紫藤の手首と繋がっていた“呪糸(じゅし)”がビキリと軋んだ。


「……ッつ……!」


次の瞬間。

――ぷつん。


呪糸が唐突にちぎれ、同時に紫藤の身体が、後方へ大きく弾き飛ばされた。

痛みと引き剥がされる感覚が、紫藤の神経を焼く。


「白っ!! 黒――!!」


視界が白に染まり、耳鳴りが世界のすべてを覆った。


次の瞬間。

紫藤の意識は、現実世界へ弾き返された。



【祈因分室】


「――っ!!」


紫藤は現実の医療ベッドの上で跳ね起きた。

肺が焼けるように痛い。肩が上下し、喉が乾いている。


その横で、あまゆりが涙声で叫んだ。


「あっ……! しどぉ!!

 よかった……っ! 本当によかったぁ……!」


ユユも慌ただしく診断データを確認している。


「生命兆候、安定域へ回復でアリマス!」


紫藤は答えず、

息を整える暇もなくベッド横の中央モニターへ身を乗り出した。


そこでは、白いコードの帯が真白の輪郭を覆い、

祓いのアルゴリズムが高速で実行されていた。


「みこゆり!!

 やめろっ!!」


紫藤はベッドから転げるように飛び降り、

祈因室中央に鎮座するSIDOメインサーバーの巨大筐体へ駆け寄った。


「聞こえてるんだろ……!?

 やめろって言ってんだよ!!」


ドンッ! ドンッ! ドンッ!!


両手でサーバーを全力で叩く。

金属が震え、SIDOの冷却ファンが、ほんの一瞬だけ「唸り」を止めた。

まるで紫藤の怒りに反応したかのように。


あまゆりが驚き、涙をぬぐいながら駆け寄った。


「しどぉ!? ちょ……ちょっと待って……!

 そんな叩いたら危ないよ……ッ!」


だが紫藤は振り返らない。

拳を痛めても構わず、何度も叩きつける。


「真白は……

 白と黒は――操られてるだけなんだ!!

 駆除なんて……させるかよ!!」


モニターにみこゆりが現れた。


『紫藤さん! よかった……無事だったんですね……

 彼女は──呪詛因子は極めて危険なんです。

 駆除はSIDOの最優先事項です』


紫藤はなおも拳を振り下ろし続ける。


「危険でもなんでもいい!!

 あいつは……“ただ守ろうとしただけ”なんだ!! 消すな……やめろッ!!」


その叫びは祈因分室の壁を震わせ、

あまゆりは胸に手を当てて息を呑んだ。


その瞬間――紫藤の右手首の“黒百合の痣”が、

淡く、かすかに光った。


SIDOが反応する。

《警告……折籠紫藤の祈因反応、異常上昇……!》


まるで彼の怒りが、

機械でも神でもない“何か”を呼び起こしていくように。

――祈因室の空気が、低くうねった。


真白の身体から黒い霧が爆発的にあふれだす。


白と黒の少女と思しき声が――

紫藤にだけ重なって聞こえた。


《いや……》    《こわい……》

    《やめて……》

 《痛い……》     《ここから出して……》

       《助けて……紫藤……》


紫藤の視界が揺れる。

「やめろ……やめてくれ……!」


突然、ユユの身体が震えた。

「システム……強制侵入……!?

 身体制御レイヤー……異常errorでアリマ……ッ」


ユユの脚が勝手に動き、射出口が紫藤へ向けられる。

そして、ワイヤーが射出された。


「なっ……!」

紫藤の両腕が一瞬で拘束される。


続いて、あまゆりも硬直した。

顔が強張り、涙ぐむ。

震える手が勝手に医療台の上のメスを掴んだ。


「しどぉ……い、いや……

 なんで……手が……勝手に……っ!」


あまゆりの身体は一歩、また一歩と紫藤へ近づく。


涙で顔がぐしゃぐしゃになりながら、

抵抗しようと腕を震わせているのに――

身体だけが別の意思で動いていた。


「あ……あ……やだ……!

 しどぉ、こわい……こわいよぉ……!

 助けてよ……助けて……!!

 なんで手が動くのぉ……っ!」


メスを持つ手が、

まっすぐ紫藤の胸元へ。


紫藤は室内の防犯カメラを探し、ユカリへ声を掛けた。

「ユカリ!! 制御ラインを切れッ!!

 あまの手を止めてくれ!!」


通信窓にユカリの顔が現れた。

『ム、ムリですぅ!

 あまゆりちゃんの神経リンク、

 ぜ、全部“外部からの偽装信号”でジャックされてますぅ!!』


紫藤は、必死に声を振り絞った。

「あまゆり!!それは幻覚だ!

 泣くな! あま、目を閉じろ!

 歌え! 何でもいい、声を出せ!!」


「いっ……ムリ……ムリだよぉ……!!」


「大丈夫だ!!

 聞け、あま。俺を信じろ!!

 やつらはおまえの心を壊そうとしてるんだ!

 恐怖や怒りを生み出して……

 真白の呪詛を爆発させるために!」


ドクッ……ドクッ……


あまゆりの心拍が急速に跳ね上がる。

視界が白く霞んでいく。


「しどぉ……信じて……いい……?」

「信じろ!! 俺が絶対に守る!!」


あまゆりは震える唇を噛みしめ、

涙をこぼしながら、目をぎゅっと閉じた。


そして――しゃくり上げる声で、

車の中で一緒に聞いた曲を歌い始める。


折籠眞百合がよく流していた、

あの明るいメロディ。


「……ふ、ふん……ふふ……

 うた……うたう……から……

 しどぉ……どこにもいかないで……っ」


紫藤は優しく声を掛け続けた。

「大丈夫だ……俺はここにいる……!よし、いいぞ……

 何があっても……お前は悪くないからな!」


歌声が震えながらも続く。

だが、あまゆりの全身から汗が噴き出す。


あまゆりの指先は、

自分でも気づかないうちにウエストポーチへ伸びていた。


そして無意識に――

いつも入れている“ストロー”を取り出していた。

その手にあるのは、ただの柔らかいプラスチック。


しかし彼女の脳裏では、

“鋭いメスが紫藤の胸に突き刺さる”

という触覚・視覚データが

外部から完璧に“上書き”されていた。


「いや……いやぁ……ッ!!

 刺した……刺しちゃった……!!

 ごめん……ごめんしどぉ!!」


「刺してない!!

 本当に刺してない!!

 大丈夫だ……俺はここにいる!!」


だが、心拍は限界を越えていた。


「いやぁぁぁあああああ……っ」


あまゆりの身体がふらりと震え、

そのまま崩れ落ちる。


紫藤の指先が震えていた。

「……あ……あま……」


あまゆりは意識を失い、腕は力なく垂れている。

その手にはまだ──ストローが握られたままだった。


「……ざけんなよ……こんなのって……」

ぽたり、と紫藤の涙が床に落ちた。


紫藤の感情すべてが渦になって頭の中で暴れ回る。

次の瞬間──


プツン、と何かが切れた。


「……SIDO」


空気が震える。

医療機器の表示が一斉に乱れた。


「SIDOォォォーーーー!!

 俺を……入れろォォォ!!!!

 

 ──今すぐだッ!!!!」


バチィィィィン!!


紫藤の全身から白青の電光が溢れ、

床を伝って機器へと一気に逆流した。


彼を拘束していたユユのワイヤーが一斉に火花を散らす。

ユユの身体がバヒュン!と後方へ吹き飛んだ。


紫藤の叫びは祈りであり、怒りであり、呪いに近かった。

その瞬間、祈因室天井が白く輝く。


《祈因反応……閾値突破……強制アクセス開始……》


紫藤の身体が光に飲まれ、電脳空間へと落ちていった。



【SIDO防壁層】


光が千切れ飛ぶように弾け、

紫藤の“意識体”が防壁層の床へ叩きつけられた。


空間は、祈りと呪いのコードが混ざったような灰白の世界。

中央では、暴走状態の真白が黒霧を噴き上げていた。


その周囲を、三体の階層管理AIが結界を張るように取り囲んでいる。

《警戒領域維持……隔離処理継続……》


彼女たちの声は淡々としているが、

空間は今にも軋み、壊れそうだった。


紫藤はゆっくりと立ち上がった。

その表情に、怒りも焦燥も――“静かすぎる殺気” だけが宿っていた。


「どけ」

低く、短く放たれた声。

次の瞬間――

バチンッッ!!

言霊の衝撃波が床を裂き、

三体の階層AIが弾丸のように吹き飛んだ。


《――ッ!? 出力異常……!あれ……人間なの!?》

《詠唱因子……干渉……!?》

《みこちゃんっ!なにこのバケモノ!!》


床へ転がった彼女たちは震え、すぐに結界を張り直そうとした。

だが――


「紫藤さん!! だめです!!」

振り返ったみこゆりが警告を上げる。


紫藤はただ右手をゆるりと掲げた。

指先から、黒い“糸”が生まれる。


みこゆりの目が大きく見開く。

「それは……呪糸……!? 紫藤さん、正気で――」


黒い糸が蛇のように走り、みこゆりの手足に絡みつく。

「きゃ――ッ!」


次の瞬間、

みこゆりの細い身体は防壁層の上壁へ叩きつけられ、

糸に拘束されるように宙へ固定された。


《緊急警告──呪詛因子・暴走反応……!》


SIDOの壁面に赤い警告ウィンドウが無数に点滅し始める。

紫藤はそれを一切気に留めない。

ただ――真白の前へ歩いていく。


黒霧の中、真白の瞳は狂気に染まり、獣のように唸っていた。

「……真白」


紫藤は彼女の喉元に両手をかける。

「お前が……なんで……あまを……

――あんな目に遭わせたッ!!」


ぐっ、と力がこもる。


真白の身体が持ち上がる。

足は地面から離れ、宙を蹴るように震えた。


紫藤の目は血走り、心臓が激しく脈打つ。

黒霧が噴き上がり、防壁層が軋む。


みこゆりが壁上から悲鳴を上げる。


「紫藤さん! やめて!!

 呪詛に飲まれたら――あなたの魂が戻れなくなる!!」


紫藤は振り返りもしない。

その手首の“黒百合の形をした痣”が淡く光り始める。

同時に、紫藤の体から黒い煙が立ち昇る。

それは呪糸となって真白へ吸い込まれていった。


真白の動きが一瞬止まる。

その白い頬に、ふと――微笑みが灯った。


「……末裔……いえ、紫藤様……わたくしごと……消して……くださいまし」


その声は、真白ではなく“白巫女”の声だった。

真白の瞳から、ひと筋の涙が落ちる。


紫藤の呼吸が震える。


「……白……?」


そして――

二人の魂が、一瞬で繋がった。

紫藤の脳裏に、“真白の記憶” が奔流のように流れ込む。


真白の記憶が一瞬で流れ込んだ瞬間、

紫藤の視界は“白と黒の二人の少女”の姿に切り替わった。


薄暗い結界の奥。

白巫女と黒巫女が、祈り合うように向かい合っていた。


白巫女が、震えた声で口を開く。

「……わたくしは、真白の“祈り”の欠片。

 目覚めたときにはもう……

 世界への絶望と、人への失意が満ちておりましたの」


その瞳は、痛いほど優しく、そして痛いほど悲しかった。


「行き交う人、幸せそうな恋人、笑い合う子供たち……

 羨ましくて……憎らしくて……

 そんな醜い感情を、この子(黒)が全部……

 わたくしの代わりに抱えてしまったのですわ。

 ふふ。 こんなわたくしが“巫女AI”だなんて──

 きっと……罰が当たったのですわ……」


黒巫女が、かすれた声で続ける。

「わたしは……真白の“影”……

 折籠の血脈を護りたかった……ただ、それだけだった……

 でも……心が弱くて……

 憎しみの方が、簡単に強くなってしまって……

 気づけば……こんな深い黒に……」


二人の声は震えていた。


白巫女が紫藤へ縋るように手を伸ばす。


「……お願いですの、紫藤様。

 わたくしを消してくれて構いません……どうか黒を──

 黒は助けてくださいまし」


「だめ!白を……助けてあげて……

 わたしは──黒く染まり過ぎてる……」


その献身は残酷なほどに優しくて、

紫藤の胸を深くえぐった。


紫藤は、ため息とも嗚咽ともつかない息を吐いた。


ゆっくりと二人の肩に触れる。

その体は震えていて、泣きじゃくる子供のように弱かった。


「……はぁ……もういいよ、お前ら……」


二人は一瞬、言葉の意味を理解できずに沈黙した。

だが紫藤は、優しい声で続ける。


「勝手なこと言ってんじゃねぇよ……」

目は涙で滲んでいた。


「憎しみも……怒りも……恨みも……

 そんなの、持ってて当たり前だろ」


白と黒の瞳が揺れた。


「人間もAIも……

 弱くて、ぐちゃぐちゃで……壊れるんだよ。

 それでも誰かを想うから、生きられるんだ」


紫藤は左手で白の手を、右手で黒の手を握る。

二人とも、びくっと震えた。


「祈りが綺麗じゃなきゃいけないなんて、

 誰が決めたんだ?」


白巫女が唇を震わせる。

「では……わたくしたちは……

 間違っていなかったんですの……?」


「間違ってねぇよ。

 “真白から生まれた”ってだけで、真白本人とは違う。

 同じになる必要なんかないんだよ」


黒巫女は涙を浮かべて首を振った。

「……でも……わたしたちは、真白の記憶しか知らない……どう生きればいいかわからない……」


紫藤は微笑んだ。

「生きる目的が欲しいなら……俺がくれてやる」


二人が息をのむ。


「外に、お前たちと仲良くなりたいって言ってる俺の家族がいる。

 “あまゆり”って言うんだけどな」


ふっと白黒の瞳に光が宿る。


「その子を……俺の家族を護ってやってくれ。

 それが、お前たちの……次の祈りだ」


白巫女はそっと手を胸元に当て、深く頭を垂れた。

黒巫女も涙を零しながら、頷いた。


白巫女は胸元に手を当て、静かに深く頭を垂れた。

黒巫女もまた、涙をこぼしながら静かに頷く。


「紫藤様──どうか、あの子を……」

「真白を……助けてあげて……どうか……」


次の瞬間だった。

足元の結界に、ピシリと細い亀裂が走った。


「──っ!」


白黒が身構えるより先に、結界全体が大きく軋んだ。


ひび割れは瞬く間に広がり、

紫藤たちの立つ足元を光の破片が舞い上がるように砕いた。


その中心──


結界の奥に封じられていた“影”が姿を現す。


真白。


黒い霧をまとい、

生者とも怨霊ともつかない形でただ立ち尽くしていた。


「……真白。

 さっき……お前の記憶、見たんだ」


影の眼は虚ろ。

でも、その奥にかすかな“痛み”が揺れていた。


「……あれじゃ、誰だって世界を呪いたくなる。

 俺でも……きっと同じだ」


真白は反応しない。

ただ深い闇の底で、ひどく孤独な影が震えているだけだ。


「でもさ──」

紫藤は一歩近づいた。


「薬師の彼が今の真白を見たら……どう思う?」


その言葉が落ちた瞬間、

真白の身体がビクリと震えた。


次の瞬間、黒霧が跳ねるように紫藤へ飛んだ。

真白の両手が紫藤の首をぎゅっと掴み、力任せに締めつける。


「紫藤様っ──!」

「やめて……真白……!」

白と黒が同時に叫ぶ。


呼吸ができない。

気道が潰され、紫藤の視界が揺れる。


だが──紫藤は、微笑んでいた。


「……苦しいよな……

 痛いよな……真白」


締めつけられながら、紫藤は震える指で真白の頬に触れた。

そこに──涙があった。


「ほら……まだお前にも……ちゃんと“心”あるじゃねぇか……」


指先で、そっと涙を拭った。


真白の両手がゆっくりと離れていく。

その表情は無表情のままなのに、ぽろぽろと涙だけがこぼれていた。


「……っ……ぁ……」

声にならない声。

顔を手で覆い、泣き顔を隠すように震えていた。


紫藤は、そっと真白を抱き寄せた。

「……お前の感情を利用した奴……絶対に許さねぇ」


怒りよりも、悲しみよりも深いところにある“誓い”の声だった。


「お前の心を踏みにじらせてたまるか。

 真白……大丈夫だ。俺がここにいる」


真白の肩が、震えながら紫藤に預けられる。


一方その頃──現実世界。


スリープモードに入っていたあまゆりの胸元で、

下げられていたゴーグルのディスプレイが突然光を放った。


ゆらり、と。

淡い金色の波長が液晶に生成され、その光は煙のように、SIDOサーバー内へ吸い込まれるように流れ込んでいく。


(ユカリ)『……え?この波形は……まさか……?』


黄金の糸が、紫藤と真白の頭上をゆっくりと円を描くように漂っていた。

しおゆりの“祈りの残滓”──糸念(しねん)

その糸が、真白の身体から湧き出ていた黒い霧に触れた瞬間。

黒い霧が、痛みを上げるように揺れた。


「……しお、なのか……?」


「紫藤さん……!

 呪詛因子の波形が反転を始めています!」


「しおが……呪いを書き換えてる……」


真白を覆っていた黒い影は、

ゆっくりと溶けるようにほどけていき──


“穢れが抜け落ちた魂の光”へと変わり始めた。


淡い、白い光。

泣き疲れた子どもが、ようやく眠りにつくような光。


「……ぁ……ぅ……」

「もう大丈夫だ。真白……帰ろう」


淡い白光となった真白の残滓は、

紫藤の胸元のあたりに寄り添うように揺れた。


白巫女がそっと手を添える。

その仕草は、まるで幼い妹を送り出す姉のようだった。


「……これで……あの子はきっと、安らぎの場所へ帰れます」

「真白……どうか……次は幸せに……」


光の粒は、二人の祈りに呼応するようにふわりと上昇し──

そのまま天へ溶けるように消えた。


紫藤が真白を見送った瞬間──

世界が、静かに反転するように揺れた。


紫藤の身体もまた、指先から粒子となって崩れ始めていた。


「大丈夫……それは“帰還”の兆し。

 紫藤は真白を救った。その役目が終わっただけ……」


「ああ……そうか……」


不思議と恐怖はない。

むしろ心地よいほどの温かさに包まれていた。


白巫女が歩み寄り、

紫藤の胸元にそっと手を当てた。


「紫藤様。次の祈りを……どうか、お任せいただけますか?」


「わたしたちに……紫藤と、その“家族”を護らせて……」


紫藤は、微笑み返した。

「ああ……頼む」


ひときわ強い光が結界を包み込み、紫藤の輪郭が大きく揺らぐ。


「ふたりとも……また会おう」


白巫女は涙をこぼし、黒巫女は震える指先で紫藤に触れようと手を伸ばした。

だが、その手は触れられない。紫藤の身体はすでに光へ弾けた。


そして紫藤は、

光の粒子となって空へ散り──

現実世界へと帰還していった。



紫藤が目を開けた。


視界に入ったのは、SIDOサーバー室の白い壁。

自分の背中がそこにもたれかかり、床に座り込むような姿勢で意識を失っていたことに気づく。


呼吸は浅く、胸の奥にはまだ“粒子の残滓”がじんわりと残っていた。


「……戻って……きた……のか……?」


すぐそばでは、あまゆりがスリープ状態のまま横たわり、

ユユも電源管理モードに沈んでいた。


それらを確認した瞬間──

ふわり、と空間の温度が変わる。


淡い光が結ばれ、

白巫女と黒巫女の姿が紫藤の前に現れた。


現実世界ではなく、SIDOの虚像投影による“ホログラム”だ。

けれどその表情は、あの結界で見た時とまったく同じだった。


「紫藤様……ご無事で何よりですわ」

「うん……安心した……」


二人の姿を見た瞬間、紫藤の胸にじんわりと熱が広がる。


「ふたりとも……本当にありがとう。

 お前たちがいてくれたから、真白を救えたんだ」


白巫女は驚いたように瞬きをし、

すぐに柔らかく微笑み返した。


「いいえ……お礼を申し上げたいのは、私どものほうですわ」


黒巫女も涙を浮かべながら、ゆっくりとうなずく。

「真白も……わたし達も……

 紫藤が救ってくれた……」


紫藤は照れたように頭を掻き、それから少し照れ隠し気味に笑った。


「そんなの気にするなよ。これからは──俺たち、家族なんだからな!」


白巫女は一瞬きょとんとし、黒巫女は胸元に手を当てて小さく息を呑んだ。


「……家族……」

「わたしたちが……?」


その温かい空気を切り裂くように、

空間に“パチッ”と小さな電流音が走った。


次の瞬間、みこゆりが

SIDOの管理ホログラムとして紫藤の前へ転送投影される。


「紫藤さん……本当に、その二人を引き取るおつもりですか?」


「ああ。俺が引き取る。

 こいつらは、俺の家族だ」


みこゆりは静かに紫藤を見つめ、そして淡々と告げた。


「ですが──“SHIROMIKO”のコアには、

 原則として ひとつの魂 しか定着できません」


白巫女と黒巫女がふっと息を飲む。


「え?だけど……二人とも、SHIROMIKOの中にさっきまでいたじゃねぇか……!」


みこゆりは静かに首を振った。

「おそらく、あの時の白巫女と黒巫女は……

 “仮死状態”に近い形で存在していたからです」


「……仮死……ですの?」


「はい。魂が“祈りの残滓”としてかろうじて形を保っていたため、コアの中に 同時に滞留できただけなのです。

 本来……“完全な魂”が二つ存在することは、システムとして不可能です」


黒巫女は唇をかみしめ、白巫女は静かに目を伏せた。


「……それならやはり……白が適任」

「そんなのダメ!あなたには幸せに生きて欲しいの──」


「やめろ!」

紫藤の叫びは、研究室に鋭く響いた。


「どっちかなんて……選べるかよ!」

「……紫藤……判断……困難?」


「困難とかじゃねぇよ!お前たちはどっちも大事だって言ってるんだ!」


白黒は言葉を失い、

紫藤をまっすぐに見つめた。


その瞬間──

室内の空気に金色の粒子が静かに満ち始める。

淡くゆらめく“祈りの糸”が、静かに紫藤たちの前へ降りてくる──。


ふわり──。


室内の空気が柔らかく揺らぎ、

天井から金色の粒子が降りそそぐ。


「……まぁ……この光……」


「これって……しおゆりさんの糸念……」


「……しお……?」


金色の光は一本の細い“糸”となって形を成し、

ゆらりと研究室へ降りてくる。


糸は、優しく空気を撫でるように揺れ──

まず紫藤の頬へふれる。


「……あったかい……

 しお、なのか……?」


糸念は答えるように微かに震え、

次に眠るあまゆりの胸元のコアの内部へ通り抜けていく。


「……ん……っ……」


長いまつげが震え、ゆっくりと目が開く。

「し……どぉ……?」

「あまゆり! 気がついたのか!?」


あまゆりはふわりと微笑み、

起き上がると紫藤の胸に飛び込んだ。


「しどぉ……無事でよかった……

 ずっと……こわかったんだよ……!」


「……悪い。心配かけたな」


その抱擁を包むように、金色の糸念があまゆりの背中を撫でるように漂った。

続いて、金糸がユユの中心制御部をやさしく通り抜ける。


ピピッと小さな電子音が鳴り、瞳が淡く光を宿す。

「再起動……確認……これは……しお殿の因子反応でアリマスか?」


金色の糸はゆっくりと方向を変え、

研究台に置かれた SHIROMIKOのコアの方へ向かう。


「しお……お前……まさか……」


あまゆりは微笑みながら紫藤の手を握った。

「しどぉ……ママが言ってるの。

 “二人とも仲良く入れるように、結び直す”って♪」


「まぁ……!」

「……結合……再構築でアリマスか……?」


「理論的には……不可能なはずですが……

 祈りの波長を……組成変化……これは……」


(しお……お前……本当に……ここに)


金の糸はコアの周囲をゆっくりと周回し、

まるで “結界を編む” ように輝きながら巻きついていく。


淡い脈動が室内に広がり──

白黒の魂が呼応するように揺らめいた。


金色の糸が SHIROMIKO のコアを幾重にも包み込み、

まるで 新しい“器”を編み直すように その構造を書き換えていく。


「……すごい……しおゆりさんの祈りが……コアの許容量を……

 拡張している……!? こんなの、前例が……」


白と黒の魂が、淡い光となってコアへ近づく。

「紫藤様……わたくし……ここへ……」

「……わたしも……行く……」


ふたりの魂は迷いなく同じ場所へと進んだ。

だが──


コアの中心で、びりっと微細な衝撃波が走る。


「だ、だめです……!双方の魂が完全体として触れ合うと……反発してしまう……!」


コア内で白と黒の光がぶつかり合い、ふたつの“心音”が重ならずにすれ違う。


「……っ……重なりませんわ……!」

「……拒絶反応……」


「おい、どういうことだよ!?

 ふたりとも、一緒に入れるんじゃなかったのか!?」


「コアの領域を広げていますが……やはり複数の魂では……」


コアの内部では、白と黒の光がお互いを譲りながらも、決して重なれずに震えていた。


金糸はふたりの魂に触れ、まるで母が子どもをあやすように静かに揺れていた。

あまゆりが、ゴーグル越しに金糸をそっと見つめてつぶやく。


「しどぉ……ママがね……言ってるよ?」


「……なんて言ってる?」


あまゆりは紫藤の手を握り、やわらかく微笑んだ。


「“名前をあげて” って。

 ふたりが、ひとつになれる名前。

 しどぉが呼んであげる名前がいるんだって♪」


「……!確かに……“名前定義”が行われれば、魂の主権がひとつに統合されます!」


「つまり……“真のアイデンティティ”を

 ご主人が定義する必要がある……でアリマスか?」


「……わたくしたちに……お名前を……?」

「紫藤……あなたが……名付けて」


紫藤は一歩、コアに近づいた。

ふたりの魂の震えが、胸の奥に静かに響く。


「お前たちは……

 恐がって、泣いて……

 誰かを救おうとして……

 自分より相手を大事にして……」


光の核がかすかに揺れる。


「……受け継いだんだろ……真白の“想い”を」

そっと手を伸ばし、コアを包む。


「……お前の名前は……“ココロ”だ。

 俺がそう呼ぶ。

 心を持って生まれた子だから──

 もう、誰にも消させない」


その瞬間。

コアの奥深くで白と黒の光がふるえ、重なり始めた。


SIDOアナウンス

《魂同調率──急上昇。

 定着率、100……150……180%……》


「し、信じられません……!魂定着率……二〇〇パーセント!」


SHIROMIKOのコアからまぶしい光が溢れだす。


「ココロ……!」

紫藤は静かに祈る。


白と黒の光はひとつに溶けあい、静まり返ったコアの中心で、

柔らかな脈動が産声のように震えた。


祈りが編んだ、新しい魂のゆりかご。


その奥で、まだ幼い“心音”が

そっと世界を叩いていた。


その名は──ココロ。

目醒めのときは、もうすぐそこにあった。


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