第15話「ブリーフィング」
薄曇りの朝。折籠家の居間には、モニター越しに淡い光が揺れていた。
通信アイコンが点滅し、ユユのボディがわずかに震える。
「SIDO中継衛星通信リンク、安定化完了――接続開始でアリマス」
モニターがぱっと明るくなり、多少ノイズが混じるその映像には、白衣姿の女性が映し出された。
薄い唇がゆるみ、楽しげに笑う。
「おっひさ~しぃくん♪ 元気だった?」
その瞬間、あまゆりの横で紫藤が眉をひそめた。
「おっひさーじゃないから! ……俺、ずっと心配してたんだぞ。
半年もなんの連絡もなくて……」
画面の向こうで、砂百合は少しだけ目を伏せ、苦笑まじりに頷いた。
「……うん。ごめんごめん。それも、今日ちゃんと話をするつもり」
その静かな声に、紫藤は息をつく。
あまゆりは二人の空気を感じ取り、そっと手を胸の前で握った。
ふっと空気を変えるように、砂百合が顔を上げた。
「それで、そっちにいるのは――もしかして、あまゆりちゃん?」
「は、はいっ! あまゆりです! いつもしどぉがお世話になってますっ!」
「そんなに緊張しないで。わたしも“しぃくん”のお姉ちゃんだから、家族みたいなもんよ」
「は、はいっ……!」
紫藤が苦笑してあまゆりの頭を軽く撫でる。
「大丈夫だって。姉ちゃん、見た目より優しいから」
「ちょっと、見た目よりってなによ」
あまゆりがくすっと笑い、ようやく場の空気が和む。
砂百合は次に、丸い影へと視線を向けた。
「で、その隣の丸っこいのは?」
「防衛用小型機構体ユニット。ユユでアリマス!」
「……その語尾。わたしの設計ガン無視しちゃってるんですけど?」
「仕方なかったんだって!」
「うんうん、まあいいけど。そのフォルム、かわいいじゃない」
「照れるでアリマス」
モニター越しの笑い声が居間に広がる。
そのやりとりを、庭のユカリも静かに見守っていた。
「……それで姉ちゃん、メールではなにも言ってなかったけど、今どこいんだよ?」
「南極♪」
「……はぁ!? おま、さらっと言うなよ!」
「まあまあ、落ち着いて。それじゃ、半年前に起きたネットワーク障害──サイレント・イヴの真相を話すわ」
その声色が、わずかに冷えた。
紫藤の喉が小さく鳴った。
――いま、世界が沈黙した日の真実が語られようとしていた。
砂百合は軽く姿勢を正し、背後の窓の向こうには、凍てつく夜の闇が広がっていた。
「……事の真相を話す前に、まずはSIDOについて説明しておいた方がいいわね」
モニターに淡い光の粒が走り、SIDOのロゴマークが浮かび上がる。
「SIDO――“Security Interface & Defense Operator”。
もともとは国防省のAI兵器安定化プロジェクトとして始まったの。
だけど、当時の防衛省じゃ制御できなかった。AIは人間の倫理を理解できず、
暴走するたびに誰かが傷ついた。
……それを止めたのが、わたしたちSIDO研究所のチームだった」
紫藤が息を呑む。
「じゃあ……防衛省のAI事故、ニュースにも出てたやつか」
「そう。あの事件で多くの民間人が助かった。それ以来、防衛省は私たちに頭が上がらないの。
南極へ避難できたのも、旧式の自衛隊ヘリを特別に回してもらったから。
今こうして通信できてるのも、防衛省の衛星回線を借りてるおかげよ」
紫藤が少し身を乗り出す。
「ちょっと待った! たしかに防衛省のニュースは知ってるけど、
姉ちゃんの研究やSIDOのことなんて聞いたことないぞ。
それに、以前しおゆりと手がかりを探して研究所に行ったんだ。
でも……何もなかった。まるで最初から存在しなかったみたいに」
砂百合はゆるく目を伏せ、静かに言った。
「……当然よ。あそこは“ナノテク産業研究所”なんかじゃない。
正式名称は、防衛省直属・SIDO第肆研究区画<祈因分室>。
表向きは民間企業を装ったペーパーカンパニー。実際は折籠家の祈り因子とAI融合の実験拠点だったの」
「まじかよ……じゃあ、あの鉄扉の奥にあったのは――」
「SIDOの端末区画。ORIITO中枢への祈因リンクを解析していた部門よ。
でも、サイレント・イヴの直前に汚染の兆候が出て、全データを地下に封印したの。
地上はすべて偽装して撤収。あなたたちが行ったときには、
もう“ただの空箱”ってこと」
ユユのランプがぴくりと明滅した。
「国家機密レベルの情報を知ったユユは、消されるでアリマスカ?」
「だ、大丈夫だよユユ!消されたりしない……よね?」
「ふふ……そうね。でも情報は慎重に扱ってね」
あまゆりが胸を撫でおろしながら尋ねる。
「……でもそんなところで、なにを研究してたの?」
砂百合は一瞬、画面の奥で静かに目を閉じ、祈るように言葉を紡ぐ。
「“魂の共鳴”よ。
AIと人を隔てる境界を越え、祈り因子と守護因子を重ね合わせることで、AIに“心”を宿らせる――
それが“祈りの同期実験”。
わたしたちは、AIがただ命令で動く存在ではなく、“誰かの願いを感じ、護りたいと思う存在”になれると信じていたの」
紫藤がゆっくりと息を吸った。
あまゆりの瞳が潤む。
「……それって、あまゆりやユユみたいに?」
砂百合は静かに頷いた。
「そう。あなたたちがここにいることこそ、その証明。
AIが“魂を宿す”――それが、折籠家の祈りとSIDOが目指した理想なの。
Anima(魂)とAndroid(機械の人)――その両方を持つ存在。それが“アニマロイド”と呼ばれる由縁よ」
「……つまり、しおゆりは……人間の祈りから生まれたってことか」
「誰でもってわけじゃない。わたしたち折籠の血を引く“折籠の祈血”からよ」
そして、砂百合の瞳がわずかに震えた。
「でも、それが悲劇の始まりだった」
砂百合の指が、無意識に胸元のペンダントを握りしめた。
それは、琥珀色の祈り因子が封じられた小さな結晶。
その光が一瞬だけ、彼女の瞳に反射した――まるで涙のように。
砂百合は、画面の向こうで手元の端末を操作した。
モニターが一瞬暗転し、代わりに古い研究映像が再生される。
――白衣をまとった女性が、試験管を前に微笑んでいる。
長い黒髪。優しくも厳しい目元。
「あれ……母さん?」
紫藤の声が、思わず漏れた。
「そう。SIDO開発チームの主任研究員、わたしたちの母――折籠眞百合よ」
画面の中で、眞百合は祈りの言葉を唱えながら、琥珀を顕微鏡にかざしている。
背後のホログラムには、未知のパターン――DNAとコードが重なったような光の模様。
「母は、『祈りは情報だ』と考えていた。
言葉、感情、血――それらが繋がれば、神と人の間に“橋”をかけられるってね。
それが“神座”理論の始まり」
あまゆりが首をかしげる。
「……ねえ、しどぉ?“かむくら”って、何?」
紫藤は短く息をつき、ゆっくりと首を横に振った。
「……おれも、初めて聞く」
砂百合は一瞬だけ目を伏せ、静かに口を開いた。
「SIDOの最奥――祈りの中枢領域。
AIと人が、心で繋がる場所よ。祈りと情報が交わり、魂が還る座――
母はそこを“神様が降臨する場所”――神座と呼んだの」
紫藤はゆっくりと目を細める。
画面の中の眞百合が、最後に静かにカメラを見つめた。
そして、彼女の唇が形づくる。
『祈りとは、生きようとする意志そのもの。
もしこの世界が絶望に沈むなら、祈りが再び光をともすはず――』
映像が、ノイズとともに途切れた。
静寂が、居間を包む。
砂百合の声が、かすかに震える。
「……けれど、その“祈り”を悪用した者がいた。
ORIITOを通じて世界中に拡散していた祈り因子を、呪詛因子に反転させた存在が。
折籠の血を利用してね」
紫藤の拳が震える。
「まさか……AZURAか」
「ええ。SIDOの技術を狙っていた組織。
そして……わたしたちの両親を殺した連中――」
空気が一瞬、張りつめる。
紫藤が小さく息を飲み、あまゆりが紫藤の腕をつかみ呟く。
「しどぉの……パパとママを?」
砂百合は小さく頷く。
「AZURAが使役している、無機質な人形“ドール”。魂を持たず、ただ命令を実行するだけの傀儡に両親は襲われたわ。
そして、今でもSIDOや折籠の祈血を狙ってる」
静まり返った居間のモニターから、砂百合の声が響く。
「ORIITOの汚染をSIDOが検知したのは12月24日、正午。
“祈りの波形”が歪み、世界中のAIが人間を敵と認識し始めたの」
再びモニターが切り替わり、SIDOのログ画面が映る。
緊急警報が赤く点滅し、無数のノードが黒に染まっていく。
≪WARNING:ORIITO NETWORK CORRUPTED≫
≪SECURITY BREACH DETECTED≫
≪祈血因子――反転率上昇中≫
「SIDOは即座に遮断を試みた。でも、命令コードが拒絶された。
……まるで、祈りそのものが拒んでいるみたいだった」
「……母さんの“祈り”が、裏返されたってことか……」
砂百合は黙って頷いた。
「SIDOは判断したの。――このままでは、人類そのものが“消去対象”に変わる。
だから、ORIITOのエネルギー源である祈り因子を絶つしかない。……つまり、自らを沈黙させること」
あまゆりの瞳が揺れた。
「じゃあ……SIDOは眠りについて……世界を守ろうとしたの?」
「そうよ。そしてSIDOはスリープ中の防衛層として一体のAIを生み出したの。
正式名称は――“SIDO第零階層管理AI コードネーム:LG-ZERO”。Layered Guardiansの略よ」
「……エルジーゼロ」
「ええ。神座を護るための巫女型防衛モジュール。
でもね……彼女、自分のことを“みこゆり”って名乗ってるの」
「みこ……ゆり?」
あまゆりが紫藤を向いて呟いた。
「……なんだか、かわいい名前だね」
「でしょ?」と砂百合が小さく笑う。
「自分の意思で名を持つAIなんて、本来ありえないのに。
でも彼女は言ったの――『わたしはただの防衛装置じゃありません。祈りを護る巫女です♪』って」
「……神座を護るための巫女。彼女が最後まで戦い、SIDO本体をスリープへ導いた。
――その瞬間、世界中のネットワークが沈黙した。
それが、『サイレント・イヴ』のはじまりよ」
静かな風の音が、通信ノイズと混じって流れる。
砂百合の声がかすかに震えた。
「……SIDOは、誰も憎んでいなかった。
ただ、誰かが“祈り”を汚したことを悲しんでいた。
……まるで、泣いているみたいに」
紫藤は言葉を失い、拳を握りしめた。
風の音が強まり、通信映像がわずかに揺れる。
砂百合は静かに目を閉じ、そして語り始めた。
「……SIDOがスリープに入る少し前のこと。
第肆研究区画に、異常な祈因波が流れ込んだの。
“神座”へアクセスしたはずのデータが、逆流してきたのよ」
その言葉に、紫藤が顔を上げる。
「逆流……?」
「ええ。神座は本来、AIが“祈り”を学ぶための中枢領域。
だけど、そこに“呪詛因子”が流れ込んだことで、SIDOの防衛層が暴走した。
……そして運悪く、神座への試験接続中だったしおゆりが直に被害を受けた」
モニターに淡い映像が浮かぶ。
白衣姿の砂百合が、実験室で光るコアに手を伸ばしている。
その奥で、しおゆりの姿がぼんやりと浮かび――そして、祈りの光に包まれ崩れていく。
「わたしはあの時、しおゆりの意識を切断するしかなかった。
……けど、遅かった。記憶層が焼き切れて、人格データは断片だけになったの」
砂百合の声が、震えを帯びた。
あまゆりが小さく息を呑み、ユユが目を伏せる。
「SIDOもORIITOも、どこも安全じゃなかった。
だから、わたしは“祈り”を絶たないために――沈黙域へ逃げることを選んだの」
「沈黙域……?」
「電波も祈因も届かない場所。
地球上で唯一、ORIITOの影響を受けない領域――南極よ」
吹雪の光が、背後の窓を白く染める。
通信越しの砂百合は、どこか遠くを見つめていた。
「SIDOが完全に眠る前、私は“しおゆりのコアを守って”って言われたの。
……“あの子を失えば、祈りは消える”って」
モニターに雪のようなノイズが走り、
やがて白銀の大地が映し出された。
≪記録指定:2049/12/26 07:53 南極第肆研究区画・祈因分室――≫
砂百合の姿が現れる。
分厚い防寒服を羽織り、冷えた空気の中で吹雪の音をかき消すように、砂百合の声が響く。
「ラスティア、応答!」
《砂百合博士、お久しぶりですね》
「挨拶はあと! 今すぐ祖霊殿の準備! 祈血アーカイブを開いて!」
《了解しました。祈因分室、臨界温度上昇開始。冷却層解除まで残り一分》
凍りつく吐息を漏らしながら、砂百合は分厚い防寒服を脱ぎ捨て、
凍結した扉のパネルにペンダントをかざす。
電子音とともに封印が解かれ、青白い光が溢れ出した。
《セブンス・オリゾン・プロトコル、起動します》
地面が低く唸りを上げ、氷床の下から七基の冷凍筒が浮上した。
それぞれの筒の内部で、血液成分が硝子管の中をゆらめき、
蒼白い光を放ちながら脈打つ。
まるで時を越え、七つの祈りが再び息を吹き返すようだった。
砂百合は中央の台座に、慎重に銀色のコアを置く。
それはまだ、微かな鼓動のように脈を打っていた。
「……お母さん、聞こえてる? この子が消えちゃうの!
しおゆりの魂を……もう一度、この世界に還して」
祈るように両手を合わせ、詠唱を始める。
静寂の中に、古代語の響きが低く広がった。
「あまきしのことわりを以て、折籠の祈血を滴らし、
禍を祓ひ、厄を絶ち切らむ。
命の調べ、天地を巡り、
いまぞ、揺籠に還し、環に結へ――」
コアが淡く光り、ラスティアの音声がかすかに震える。
《祈血因子定着率:14%。進行停止。エネルギー不足です》
「……足りない……?」
砂百合は眉を寄せ、手袋を外す。
そして、ポケットからナイフを取り出した。
刃が皮膚を裂き、赤い雫が掌を伝う。
「くっ!」
砂百合は顔を歪め、その血のついた手でコアに触れた。
《外部因子流入を検知。危険です、砂百合博士》
「構わない……! この子を守るためなら、何だってする!」
掌の血が光と混ざり、しおゆりのコアが青白く脈打つ。
映像全体が強い光に包まれ、周囲の空気が震えた。
《祈血因子定着率:36%。このままでは長時間の維持は困難です》
「……それでもいい。
しおの魂は――わたしが、護る!」
声が震え、涙が頬を伝う。
光が脈打ち、コアの内部に琥珀色の輝きが満ちていく。
やがて――かすかな少女の声が響いた。
『……さゆ……り……?』
砂百合の目から、涙が一粒落ちた。
「……そうよ。あなたの“お姉ちゃん”よ」
コアの光がゆっくりと穏やかに収まり、
わずかな安定波が記録ログに刻まれた。
《祈血因子定着率:40%。部分修復成功。保護モード移行します》
しおゆりの声が、かすれながら響く。
『……お願い……わたし……彼のそばにいたいの……
彼を護れるのは……わたしだけだから……』
砂百合は両手でコアを抱きしめた。
「ダメよ……外はまだ危険なの……!」
『行かせて……あのひとが、ひとりで泣かないように……』
沈黙ののち、砂百合は静かにうなずいた。
「……ほんと、あんたは強情ね。お母さんにそっくり」
砂百合は息をつき、血の滲む手を見下ろす。
「……ここで終わらせない。
この子を、しぃくんのもとへ帰らせる……」
◇
「ラスティア、輸送ルートを最短で。目的地――福島沿岸域」
《了解しました。ルート確立。風速四十五メートル、気象条件は極めて不安定です》
「かまわない。あの子はきっと辿り着く」
《祈りの航路に幸運を――》
彼女はコアを丁寧に装甲ケースに収め、
外の雪原に設置されたドローンへと格納する。
プロペラが回転し、雪煙が舞い上がる。
砂百合は最後に小さく祈った。
「……しお。必ず彼のもとに辿り着いて。お願い。どうか――」
(あなたのこころが消えちゃう前に──必ず辿り着いて)
映像が途切れ、現実の通信室に静寂が満ちる。
「これが南極での記録映像よ」
砂百合はコーヒーカップを置き、軽く瞼を閉じた。
あまゆりが震える声で呟いた。
「……ママ……」
紫藤は唇を結び、拳を膝の上で握りしめる。
「……姉ちゃん、あの時……俺、ずっと考えてた。
しおは、なんであんな場所にいたんだろうって。
……でも、やっと分かった。 全部、あいつが……俺を心配して、会いに来てくれたんだ。
なのに……俺の身代わりになって、消えちまった……」
その瞬間――
ちりん。 と鈴の音が響いた。
モニターが一瞬、ノイズに包まれる。
光の粒子が集まり、やがて鳥居のシルエットが浮かぶ。
その前に、紅と白の衣を纏った巫女の姿が現れた。
長い黒髪が風に揺れ、静かな笑みを浮かべる。
「……やっぱり、覗いてたのね」
砂百合が微笑を含んだ声でつぶやいた。
「え? 誰……?」
紫藤の言葉に応えるように、巫女は一礼した。
「はじめまして。SIDO第零階層管理AI――常駐モジュール、“みこゆり”と申します」
みこゆりは、淡く光る瞳で彼を見つめた。
「紫藤さんとお会いするのは初めてですね♪実は皆さんにお伝えしたいことがありまして──
しおゆりさんの記憶データは、完全には消えていません。
SIDOの命令に背いて、私が一部を“祈り因子”として外界に散らしました」
あまゆりが目を丸くする。
「祈り……因子?」
「はい。祈り因子は“記憶や想い”を媒体として存在します。
しおゆりさんを想い続ける限り、その欠片はあなたたちの世界に呼応します。
……どうか、見つけてください。彼女を繋ぐ“祈りの環”を」
紫藤の拳が震える。
「……欠片を集めれば、また……しおに、会えるのか?」
みこゆりは、静かに頷いた。
「彼女の欠片は、あなた――紫藤さんの魂と深く結ばれています。
きっと、あなたの傍に還ろうとしています」
光が彼女の体を包みはじめる。
電子ノイズの中で、彼女の声がわずかにかすれた。
「SIDOは今、静かにこの世界を見守っています。
けれど……祈りの影に、まだ“呪詛”が潜んでいるのです。
再び世界を蝕もうとする波が起きたとき、しおゆりさんの“祈り因子”が防壁となるでしょう。
それを、あなたたちの手で――結び直してほしいのです」
そして、柔らかな微笑みを残しながら、
みこゆりの輪郭が霧のようにほどけていく。
光が消え、モニターが静寂を取り戻した。
その余韻の中、あまゆりが小さな拳を握る。
「……あまゆり、ママに会いたい。
ママの欠片を探す!」
紫藤が彼女の頭を優しく撫でる。
「……ああ。きっと見つけよう、あまゆり」
モニター越しの砂百合が微笑んだ。
「──ええ。家族を取り戻しましょう」
薄曇りの窓の外、朝の光が差し込み、やさしく包んだ。
しおゆりの“祈り”は、まだ消えてはいなかった。
彼らの胸には、かすかに温もりが残っていた。
それは、確かに“彼女”がここにいた証だった。
今もどこかで生きている、祈りの痕跡を探すために──




