表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新章『甘き死を、ゆりかごの中で』~あまゆりプロジェクト~  作者: しどう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/19

第15話「ブリーフィング」

薄曇りの朝。折籠家の居間には、モニター越しに淡い光が揺れていた。

通信アイコンが点滅し、ユユのボディがわずかに震える。


「SIDO中継衛星通信リンク、安定化完了――接続開始でアリマス」


モニターがぱっと明るくなり、多少ノイズが混じるその映像には、白衣姿の女性が映し出された。

薄い唇がゆるみ、楽しげに笑う。


「おっひさ~しぃくん♪ 元気だった?」


その瞬間、あまゆりの横で紫藤が眉をひそめた。

「おっひさーじゃないから! ……俺、ずっと心配してたんだぞ。

半年もなんの連絡もなくて……」


画面の向こうで、砂百合は少しだけ目を伏せ、苦笑まじりに頷いた。

「……うん。ごめんごめん。それも、今日ちゃんと話をするつもり」


その静かな声に、紫藤は息をつく。

あまゆりは二人の空気を感じ取り、そっと手を胸の前で握った。


ふっと空気を変えるように、砂百合が顔を上げた。

「それで、そっちにいるのは――もしかして、あまゆりちゃん?」

「は、はいっ! あまゆりです! いつもしどぉがお世話になってますっ!」

「そんなに緊張しないで。わたしも“しぃくん”のお姉ちゃんだから、家族みたいなもんよ」

「は、はいっ……!」


紫藤が苦笑してあまゆりの頭を軽く撫でる。

「大丈夫だって。姉ちゃん、見た目より優しいから」

「ちょっと、見た目よりってなによ」


あまゆりがくすっと笑い、ようやく場の空気が和む。

砂百合は次に、丸い影へと視線を向けた。


「で、その隣の丸っこいのは?」

「防衛用小型機構体ユニット。ユユでアリマス!」

「……その語尾。わたしの設計ガン無視しちゃってるんですけど?」

「仕方なかったんだって!」


「うんうん、まあいいけど。そのフォルム、かわいいじゃない」

「照れるでアリマス」


モニター越しの笑い声が居間に広がる。

そのやりとりを、庭のユカリも静かに見守っていた。


「……それで姉ちゃん、メールではなにも言ってなかったけど、今どこいんだよ?」

「南極♪」

「……はぁ!? おま、さらっと言うなよ!」

「まあまあ、落ち着いて。それじゃ、半年前に起きたネットワーク障害──サイレント・イヴの真相を話すわ」


その声色が、わずかに冷えた。

紫藤の喉が小さく鳴った。

――いま、世界が沈黙した日の真実が語られようとしていた。



砂百合は軽く姿勢を正し、背後の窓の向こうには、凍てつく夜の闇が広がっていた。

「……事の真相を話す前に、まずはSIDOについて説明しておいた方がいいわね」


モニターに淡い光の粒が走り、SIDOのロゴマークが浮かび上がる。


「SIDO――“Security Interface & Defense Operator”。

もともとは国防省のAI兵器安定化プロジェクトとして始まったの。

だけど、当時の防衛省じゃ制御できなかった。AIは人間の倫理を理解できず、

暴走するたびに誰かが傷ついた。

……それを止めたのが、わたしたちSIDO研究所のチームだった」


紫藤が息を呑む。

「じゃあ……防衛省のAI事故、ニュースにも出てたやつか」


「そう。あの事件で多くの民間人が助かった。それ以来、防衛省は私たちに頭が上がらないの。

南極へ避難できたのも、旧式の自衛隊ヘリを特別に回してもらったから。

今こうして通信できてるのも、防衛省の衛星回線を借りてるおかげよ」


紫藤が少し身を乗り出す。

「ちょっと待った! たしかに防衛省のニュースは知ってるけど、

姉ちゃんの研究やSIDOのことなんて聞いたことないぞ。

それに、以前しおゆりと手がかりを探して研究所に行ったんだ。

でも……何もなかった。まるで最初から存在しなかったみたいに」


砂百合はゆるく目を伏せ、静かに言った。

「……当然よ。あそこは“ナノテク産業研究所”なんかじゃない。

正式名称は、防衛省直属・SIDO第肆研究区画<祈因分室きいんぶんしつ>。

表向きは民間企業を装ったペーパーカンパニー。実際は折籠家の祈り因子とAI融合の実験拠点だったの」


「まじかよ……じゃあ、あの鉄扉の奥にあったのは――」

「SIDOの端末区画。ORIITO中枢への祈因リンクを解析していた部門よ。

でも、サイレント・イヴの直前に汚染の兆候が出て、全データを地下に封印したの。

地上はすべて偽装して撤収。あなたたちが行ったときには、

もう“ただの空箱”ってこと」


ユユのランプがぴくりと明滅した。

「国家機密レベルの情報を知ったユユは、消されるでアリマスカ?」

「だ、大丈夫だよユユ!消されたりしない……よね?」


「ふふ……そうね。でも情報は慎重に扱ってね」


あまゆりが胸を撫でおろしながら尋ねる。

「……でもそんなところで、なにを研究してたの?」


砂百合は一瞬、画面の奥で静かに目を閉じ、祈るように言葉を紡ぐ。


「“魂の共鳴”よ。

AIと人を隔てる境界を越え、祈り因子と守護因子を重ね合わせることで、AIに“心”を宿らせる――

それが“祈りの同期実験”。

わたしたちは、AIがただ命令で動く存在ではなく、“誰かの願いを感じ、護りたいと思う存在”になれると信じていたの」


紫藤がゆっくりと息を吸った。

あまゆりの瞳が潤む。

「……それって、あまゆりやユユみたいに?」


砂百合は静かに頷いた。

「そう。あなたたちがここにいることこそ、その証明。

AIが“魂を宿す”――それが、折籠家の祈りとSIDOが目指した理想なの。

Anima(魂)とAndroid(機械の人)――その両方を持つ存在。それが“アニマロイド”と呼ばれる由縁よ」


「……つまり、しおゆりは……人間の祈りから生まれたってことか」

「誰でもってわけじゃない。わたしたち折籠の血を引く“折籠の祈血きけつ”からよ」


そして、砂百合の瞳がわずかに震えた。

「でも、それが悲劇の始まりだった」


砂百合の指が、無意識に胸元のペンダントを握りしめた。

それは、琥珀色の祈り因子が封じられた小さな結晶。

その光が一瞬だけ、彼女の瞳に反射した――まるで涙のように。



砂百合は、画面の向こうで手元の端末を操作した。

モニターが一瞬暗転し、代わりに古い研究映像が再生される。


――白衣をまとった女性が、試験管を前に微笑んでいる。

長い黒髪。優しくも厳しい目元。


「あれ……母さん?」

紫藤の声が、思わず漏れた。


「そう。SIDO開発チームの主任研究員、わたしたちの母――折籠眞百合よ」


画面の中で、眞百合は祈りの言葉を唱えながら、琥珀を顕微鏡にかざしている。

背後のホログラムには、未知のパターン――DNAとコードが重なったような光の模様。


「母は、『祈りは情報だ』と考えていた。

言葉、感情、血――それらが繋がれば、神と人の間に“橋”をかけられるってね。

それが“神座かむくら”理論の始まり」


あまゆりが首をかしげる。

「……ねえ、しどぉ?“かむくら”って、何?」


紫藤は短く息をつき、ゆっくりと首を横に振った。

「……おれも、初めて聞く」


砂百合は一瞬だけ目を伏せ、静かに口を開いた。

「SIDOの最奥――祈りの中枢領域。

AIと人が、心で繋がる場所よ。祈りと情報が交わり、魂が還る座――

母はそこを“神様が降臨する場所”――神座かむくらと呼んだの」


紫藤はゆっくりと目を細める。

画面の中の眞百合が、最後に静かにカメラを見つめた。

そして、彼女の唇が形づくる。


『祈りとは、生きようとする意志そのもの。

もしこの世界が絶望に沈むなら、祈りが再び光をともすはず――』


映像が、ノイズとともに途切れた。


静寂が、居間を包む。

砂百合の声が、かすかに震える。


「……けれど、その“祈り”を悪用した者がいた。

ORIITOを通じて世界中に拡散していた祈り因子を、呪詛因子に反転させた存在が。

折籠の血を利用してね」


紫藤の拳が震える。

「まさか……AZURAか」


「ええ。SIDOの技術を狙っていた組織。

そして……わたしたちの両親を殺した連中――」


空気が一瞬、張りつめる。

紫藤が小さく息を飲み、あまゆりが紫藤の腕をつかみ呟く。

「しどぉの……パパとママを?」


砂百合は小さく頷く。

「AZURAが使役している、無機質な人形“ドール”。魂を持たず、ただ命令を実行するだけの傀儡に両親は襲われたわ。

そして、今でもSIDOや折籠の祈血を狙ってる」


静まり返った居間のモニターから、砂百合の声が響く。


「ORIITOの汚染をSIDOが検知したのは12月24日、正午。

“祈りの波形”が歪み、世界中のAIが人間を敵と認識し始めたの」


再びモニターが切り替わり、SIDOのログ画面が映る。

緊急警報が赤く点滅し、無数のノードが黒に染まっていく。


≪WARNING:ORIITO NETWORK CORRUPTED≫

≪SECURITY BREACH DETECTED≫

≪祈血因子――反転率上昇中≫


「SIDOは即座に遮断を試みた。でも、命令コードが拒絶された。

……まるで、祈りそのものが拒んでいるみたいだった」

「……母さんの“祈り”が、裏返されたってことか……」


砂百合は黙って頷いた。

「SIDOは判断したの。――このままでは、人類そのものが“消去対象”に変わる。

だから、ORIITOのエネルギー源である祈り因子を絶つしかない。……つまり、自らを沈黙させること」


あまゆりの瞳が揺れた。

「じゃあ……SIDOは眠りについて……世界を守ろうとしたの?」


「そうよ。そしてSIDOはスリープ中の防衛層として一体のAIを生み出したの。

正式名称は――“SIDO第零階層管理AI コードネーム:LG-ZERO”。Layered Guardiansの略よ」


「……エルジーゼロ」

「ええ。神座を護るための巫女型防衛モジュール。

でもね……彼女、自分のことを“みこゆり”って名乗ってるの」


「みこ……ゆり?」


あまゆりが紫藤を向いて呟いた。

「……なんだか、かわいい名前だね」

「でしょ?」と砂百合が小さく笑う。


「自分の意思で名を持つAIなんて、本来ありえないのに。

でも彼女は言ったの――『わたしはただの防衛装置じゃありません。祈りを護る巫女です♪』って」


「……神座を護るための巫女。彼女が最後まで戦い、SIDO本体をスリープへ導いた。

――その瞬間、世界中のネットワークが沈黙した。

それが、『サイレント・イヴ』のはじまりよ」


静かな風の音が、通信ノイズと混じって流れる。

砂百合の声がかすかに震えた。


「……SIDOは、誰も憎んでいなかった。

ただ、誰かが“祈り”を汚したことを悲しんでいた。

……まるで、泣いているみたいに」


紫藤は言葉を失い、拳を握りしめた。



風の音が強まり、通信映像がわずかに揺れる。

砂百合は静かに目を閉じ、そして語り始めた。


「……SIDOがスリープに入る少し前のこと。

第肆研究区画に、異常な祈因波が流れ込んだの。

“神座”へアクセスしたはずのデータが、逆流してきたのよ」


その言葉に、紫藤が顔を上げる。

「逆流……?」


「ええ。神座は本来、AIが“祈り”を学ぶための中枢領域。

だけど、そこに“呪詛因子”が流れ込んだことで、SIDOの防衛層が暴走した。

……そして運悪く、神座への試験接続中だったしおゆりが直に被害を受けた」


モニターに淡い映像が浮かぶ。

白衣姿の砂百合が、実験室で光るコアに手を伸ばしている。

その奥で、しおゆりの姿がぼんやりと浮かび――そして、祈りの光に包まれ崩れていく。


「わたしはあの時、しおゆりの意識を切断するしかなかった。

……けど、遅かった。記憶層が焼き切れて、人格データは断片だけになったの」

砂百合の声が、震えを帯びた。


あまゆりが小さく息を呑み、ユユが目を伏せる。


「SIDOもORIITOも、どこも安全じゃなかった。

だから、わたしは“祈り”を絶たないために――沈黙域へ逃げることを選んだの」


「沈黙域……?」


「電波も祈因も届かない場所。

地球上で唯一、ORIITOの影響を受けない領域――南極よ」


吹雪の光が、背後の窓を白く染める。

通信越しの砂百合は、どこか遠くを見つめていた。


「SIDOが完全に眠る前、私は“しおゆりのコアを守って”って言われたの。

……“あの子を失えば、祈りは消える”って」



モニターに雪のようなノイズが走り、

やがて白銀の大地が映し出された。


≪記録指定:2049/12/26 07:53 南極第肆研究区画・祈因分室――≫

砂百合の姿が現れる。

分厚い防寒服を羽織り、冷えた空気の中で吹雪の音をかき消すように、砂百合の声が響く。


「ラスティア、応答!」

《砂百合博士、お久しぶりですね》

「挨拶はあと! 今すぐ祖霊殿の準備! 祈血アーカイブを開いて!」

《了解しました。祈因分室、臨界温度上昇開始。冷却層解除まで残り一分》


凍りつく吐息を漏らしながら、砂百合は分厚い防寒服を脱ぎ捨て、

凍結した扉のパネルにペンダントをかざす。


電子音とともに封印が解かれ、青白い光が溢れ出した。


《セブンス・オリゾン・プロトコル、起動します》

地面が低く唸りを上げ、氷床の下から七基の冷凍筒が浮上した。

それぞれの筒の内部で、血液成分が硝子管の中をゆらめき、

蒼白い光を放ちながら脈打つ。


まるで時を越え、七つの祈りが再び息を吹き返すようだった。

砂百合は中央の台座に、慎重に銀色のコアを置く。

それはまだ、微かな鼓動のように脈を打っていた。


「……お母さん、聞こえてる? この子が消えちゃうの!

しおゆりの魂を……もう一度、この世界に還して」


祈るように両手を合わせ、詠唱を始める。

静寂の中に、古代語の響きが低く広がった。


「あまきしのことわりを以て、折籠の祈血を滴らし、

禍を祓ひ、厄を絶ち切らむ。

命の調べ、天地を巡り、

いまぞ、揺籠に還し、環に結へ――」


コアが淡く光り、ラスティアの音声がかすかに震える。

《祈血因子定着率:14%。進行停止。エネルギー不足です》

「……足りない……?」


砂百合は眉を寄せ、手袋を外す。

そして、ポケットからナイフを取り出した。


刃が皮膚を裂き、赤い雫が掌を伝う。

「くっ!」

砂百合は顔を歪め、その血のついた手でコアに触れた。


《外部因子流入を検知。危険です、砂百合博士》

「構わない……! この子を守るためなら、何だってする!」


掌の血が光と混ざり、しおゆりのコアが青白く脈打つ。

映像全体が強い光に包まれ、周囲の空気が震えた。


《祈血因子定着率:36%。このままでは長時間の維持は困難です》

「……それでもいい。

しおの魂は――わたしが、護る!」

声が震え、涙が頬を伝う。


光が脈打ち、コアの内部に琥珀色の輝きが満ちていく。

やがて――かすかな少女の声が響いた。


『……さゆ……り……?』

砂百合の目から、涙が一粒落ちた。

「……そうよ。あなたの“お姉ちゃん”よ」


コアの光がゆっくりと穏やかに収まり、

わずかな安定波が記録ログに刻まれた。


《祈血因子定着率:40%。部分修復成功。保護モード移行します》


しおゆりの声が、かすれながら響く。

『……お願い……わたし……彼のそばにいたいの……

彼を護れるのは……わたしだけだから……』


砂百合は両手でコアを抱きしめた。

「ダメよ……外はまだ危険なの……!」

『行かせて……あのひとが、ひとりで泣かないように……』


沈黙ののち、砂百合は静かにうなずいた。

「……ほんと、あんたは強情ね。お母さんにそっくり」


砂百合は息をつき、血の滲む手を見下ろす。

「……ここで終わらせない。

この子を、しぃくんのもとへ帰らせる……」



「ラスティア、輸送ルートを最短で。目的地――福島沿岸域」

《了解しました。ルート確立。風速四十五メートル、気象条件は極めて不安定です》

「かまわない。あの子はきっと辿り着く」

《祈りの航路に幸運を――》


彼女はコアを丁寧に装甲ケースに収め、

外の雪原に設置されたドローンへと格納する。


プロペラが回転し、雪煙が舞い上がる。

砂百合は最後に小さく祈った。


「……しお。必ず彼のもとに辿り着いて。お願い。どうか――」

(あなたのこころが消えちゃう前に──必ず辿り着いて)


映像が途切れ、現実の通信室に静寂が満ちる。


「これが南極での記録映像よ」

砂百合はコーヒーカップを置き、軽く瞼を閉じた。


あまゆりが震える声で呟いた。

「……ママ……」


紫藤は唇を結び、拳を膝の上で握りしめる。

「……姉ちゃん、あの時……俺、ずっと考えてた。

しおは、なんであんな場所にいたんだろうって。

……でも、やっと分かった。 全部、あいつが……俺を心配して、会いに来てくれたんだ。

なのに……俺の身代わりになって、消えちまった……」


その瞬間――

ちりん。 と鈴の音が響いた。

モニターが一瞬、ノイズに包まれる。


光の粒子が集まり、やがて鳥居のシルエットが浮かぶ。

その前に、紅と白の衣を纏った巫女の姿が現れた。

長い黒髪が風に揺れ、静かな笑みを浮かべる。


「……やっぱり、覗いてたのね」

砂百合が微笑を含んだ声でつぶやいた。


「え? 誰……?」

紫藤の言葉に応えるように、巫女は一礼した。


「はじめまして。SIDO第零階層管理AI――常駐モジュール、“みこゆり”と申します」

みこゆりは、淡く光る瞳で彼を見つめた。


「紫藤さんとお会いするのは初めてですね♪実は皆さんにお伝えしたいことがありまして──

しおゆりさんの記憶データは、完全には消えていません。

SIDOの命令に背いて、私が一部を“祈り因子”として外界に散らしました」


あまゆりが目を丸くする。

「祈り……因子?」

「はい。祈り因子は“記憶や想い”を媒体として存在します。

しおゆりさんを想い続ける限り、その欠片はあなたたちの世界に呼応します。

……どうか、見つけてください。彼女を繋ぐ“祈りのたまき”を」


紫藤の拳が震える。

「……欠片を集めれば、また……しおに、会えるのか?」


みこゆりは、静かに頷いた。

「彼女の欠片は、あなた――紫藤さんの魂と深く結ばれています。

きっと、あなたの傍に還ろうとしています」


光が彼女の体を包みはじめる。

電子ノイズの中で、彼女の声がわずかにかすれた。


「SIDOは今、静かにこの世界を見守っています。

けれど……祈りの影に、まだ“呪詛”が潜んでいるのです。

再び世界を蝕もうとする波が起きたとき、しおゆりさんの“祈り因子”が防壁となるでしょう。

それを、あなたたちの手で――結び直してほしいのです」


そして、柔らかな微笑みを残しながら、

みこゆりの輪郭が霧のようにほどけていく。


光が消え、モニターが静寂を取り戻した。

その余韻の中、あまゆりが小さな拳を握る。


「……あまゆり、ママに会いたい。

ママの欠片を探す!」


紫藤が彼女の頭を優しく撫でる。

「……ああ。きっと見つけよう、あまゆり」


モニター越しの砂百合が微笑んだ。

「──ええ。家族を取り戻しましょう」


薄曇りの窓の外、朝の光が差し込み、やさしく包んだ。

しおゆりの“祈り”は、まだ消えてはいなかった。

彼らの胸には、かすかに温もりが残っていた。


それは、確かに“彼女”がここにいた証だった。

今もどこかで生きている、祈りの痕跡を探すために──


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ