表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/21

第13話「極光」

朝の光が、静かに部屋へと差し込んでいた。

カーテン越しに吹き抜ける風が、初夏の匂いをふわりと運んでくる。


ベッドの上であまゆりがもぞもぞと身じろぎした。

銀色の髪が光を受けてやわらかく輝く。

その中にほんの少し、金色の糸が混じっていた。


「……ん、ん~……おはよ。ユユ」

「あまゆり殿、起床確認でアリマス」


あまゆりは布団の中でごろごろと転がりながら、

手を目にかざして、ふにゃっとした声を漏らした。

瞳は澄んだ青──けれど、光が射すと金の環が浮かぶ。


ベッドのそばではユユが静かに待機していた。

球体のボディがゆるやかに揺れ、いつものように朝の支度を済ませている。


「寝ぐせ確認でアリマス」

「もぅ、また言った~! ほら、ちゃんと起きたもんっ」


笑いながら手ぐしで髪を整える。

細い指先の動きに淡い光がからまる。



──ここは福島の織籠家。

世界同時サイバーテロ《サイレント・イヴ》から半年。

そして、ORIITOの再起動から四週間が過ぎた。


紫藤たちはこの家で穏やかな暮らしを取り戻している。

砂百合からはメールシステムの復旧と同時に連絡が届き、いまも遠くから通信を通して三人を見守っていた。


あまゆりは椅子にちょこんと座る。

テーブルの上には、彼女専用のゆりナミンKIDSが用意されていた。

ゆりナミンDのお子様版である。

淡い緑色の液体が、光を受けてゆらゆらと揺れている。


「はぅぅ……やっぱり、これ飲まなきゃだめ~?」

「はい。稼働率安定のため、毎朝一回の補給は必須でアリマス」

「……お砂糖は?」

「ダメでアリマス」


しょんぼりした顔のあまゆりは両手でボトルを持ち、覚悟を決めるようにぐいっと飲み干した。


「うぅぅ、やっぱりちょっぴり苦い……でも、うん。これで今日もがんばれる、かなっ♪」


庭に出ると柔らかな風が髪を揺らした。

あまゆりは両手を広げて空を見上げる。


「まぶしい。でもあったかいね」

「太陽光でアリマス。約1.5億km彼方から届いた光子の集まりでアリマス」

「ふぅん。そんな遠くから来てくれたんだ……」


空にはORIITO再起動のなごり──

薄く輝く光の線がいくつも走り、まるでオーロラのように揺れていた。


「ユユ、空みて!キラキラしてきれいだよ」

「ORIITOの残滓でアリマス!」

「すごいねぇ♪」


「じゃあ、いこっか! 今日はね、町の方をちょっと見てみようかなっ」

「承知でアリマス。ただし、ご主人から遠出は控えるようにと指示を受けているでアリマス」

「は~い!」





道の上では清掃ロボたちが草木を刈りながら黙々と働いていた。


「あのロボットたち、夜もずっとお仕事してるの?」

「ORIITO再起動以降、復旧プログラムは24時間稼働中でアリマス。人が眠る間も、AIたちは街を整えているでアリマス」

「……みんなで頑張ってるんだね」


空には物流ドローンがいくつも飛び交い、その姿はまるで群れで飛ぶツバメのよう。

太陽の光を反射して、青空に細い光の軌跡を描いていた。


商店街に入ると、たくさんの人たちの賑やかな声が聞こえてきた。

「ORIITO復興感謝フェア」の横断幕に屋台のポップコーンの香り、子どもたちの笑い声。


あまゆりはショーウィンドウの前で立ち止まる。

家電店の大型ディスプレイに世界中の映像が映し出されている。


世界各地で花火が打ち上げられ、人々が手を取り合って笑っていた。

「再会を祝う夜」「AIとともに歩む新しい未来」、希望に満ちたテロップが画面を横切る。


「……すごい。世界中の人が笑ってる」

「人々の生活復興を祝う祭典が各国で開催されているでアリマス」

「笑顔がいっぱいで胸がほっこりするね。みんな、ずっとがんばってきたんだね……」


画面の中の笑顔があまゆりの瞳に映り込む。

青く澄んだ瞳の奥にほんの一瞬だけ琥珀色の光が灯った。


「……ママにもこの景色を見てもらいたかったな」


ユユが静かにあまゆりの顔を見上げる。

何も言わずただその隣に寄り添う。

人々の歓声と音楽が風に溶け、あまゆりの胸の中でやさしい何かがあたたかく広がっていった。


二人はそのまま海辺へ向かう。

潮風の匂いがふわりと漂い、遠くから波の音が聞こえてきた。

初めて見る海にあまゆりの瞳がきらりと輝く。


「わぁ……海ってこんなに広いんだね!」

「この地球表面のおよそ七割が海でアリマス。深度一万メートルを超える領域も存在するでアリマス」

「そんなに! すごいね、地球って。なんか吸い込まれそう」


波が寄せては返していく。足元の砂をさらっていく感触がくすぐったくて、あまゆりは小さく笑った。


堤防に腰を下ろし、あまゆりは波の音を聞いていた。

風に揺れる髪が陽に透け、淡い琥珀の光を帯びる。


「……この浜辺で、ご主人がしお殿のコアを見つけたでアリマス──そしてそれは、今はあま殿の中で息づいているでアリマス」


「わたしの……中に?」


ユユの声はいつになく静かだった。

しばらく言葉を探すように沈黙し、それからゆっくりと続けた。


「……しお殿のコアデータは……損傷が激しく──

復元は困難でアリマス……それでも、しお殿の想いは確かにあま殿と繋がっているでアリマス」


その言葉がどこか優しい嘘だと、あまゆりはなんとなくわかっていた。


風が頬をなでる。

波の音がまるで誰かの息づかいのように寄せては返す。


「……うん、知ってる。ママの記憶は、もうここにはないんだよね」


「でも……それでもいいの」


ユユが小さく身を震わせた。

あまゆりは微笑みながらそっと胸に手を当てる。


「記録がなくても、想いは消えないんだって──なんだかそう思うんだ」


風がふわりと吹き抜け、その声を遠くまで運んでいった。


「ねぇ、ママのこともっと教えて?」


「承知でアリマス」


ユユのボディから小さなホログラムが浮かび上がる。

庭で花に水をやる姿、紫藤と並んでPCを眺める横顔。

しおゆりの日常が静かな光として空間に映し出される。


「この人がママ……きれいで優しそう」


「はい。しお殿は常に穏やかで、頭脳明晰で、紫藤殿や世界中の人々を必死で護ったのでアリマス」


「……わたしも、そんなふうになりたいな」


ホログラムが淡く消える。

波の音がゆっくりと静寂を満たしていった。





夕暮れ。

空の端が茜から藍へと溶けていく。

織籠家の庭では木々の葉が風にそよぎ、ひぐらしの声が響いていた。


あまゆりが玄関の戸を開ける。

「ただいま~しどぉ!」


「おかえり。ユユも一緒か?」


「街の見回り任務、完了でアリマス!」


縁側にいた紫藤の膝上にちょこんと座るあまゆり。


「どうだった? 街の様子は」


「今日ね、いろんな人を見たよ。笑ってる人、がんばってる人、手を取り合ってる人……みんな明るい感じがした」


紫藤は微笑みながら頷き、ふと空を見上げる。

そこにはまだORIITO再起動の残光が淡く走っていた。


「そうだな。きっと……世界中の人がしおに護られてるんだよ」


「うん……」


あまゆりの瞳が少し潤む。

風が頬を撫で、彼女の髪を揺らした。

銀と琥珀が夕日に透けて柔らかく光を散らす。


「あまもみんなを元気にさせるAIになりたい! 笑顔がいっぱいでしあわせにできるAIに!」


「ああ。あまゆりならきっとなれるさ。だって──しおの娘だからな」


あまゆりは小さく笑って頬を赤らめた。


「えへへ……うん!がんばるね」


空の彼方で星がひとつ瞬いた。まるでそれを見守るように。

風の中にかすかな鈴の音が混じる。

それは誰にも聞こえない祈りの残響──

上空になびく極光(オーロラ)のように、そっと二人を包み込んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ