DAY5 あの日の記憶と桃缶の思い出
――思い出す。あの頃のことを。
新卒で入社して、5年。
数字も結果も積み上げて、若手の中では
少しは名が知られていた。
そんな矢先に来たのが、新しい上司だった。
学歴はFランク一応大卒。だが態度だけはSランク。
怒鳴る、けなす、揚げ足を取る。
時代錯誤もお構いなしのパワハラ上司。
おまけにモラハラつき。
「おい、天野一馬!てめぇのやり方は目障りなんだよ」
「報告書、読みにくい。ルーキー賞ひとつで天狗か?」
「上の受けがいいからって、俺の許可なしで動くな」
何度も嫌がらせを受けた。
会議の場でも、わざと名指しで突っ込まれる。
そのたびに周囲は空気にのまれ、結局は誰も庇わない。
……けれど、俺は黙らなかった。
「報告は正しいです。数字を見て下さい」
「一度でも現場を見てから判断して下さい」
言い返した。何度も、何度も。
そのたびに空気は険悪になり、敵意は濃くなる。
だが俺は引かなかった。
そしてパワモラ男の最後のざまぁない。
自分自身の失敗でなんとも呆気なく左遷された。
……だが、その代償は重かった。
根も葉もないネガティブキャンペーン。
いや、今思えば俺がした事も
傍から見ればネガティブそのもの……。
会社は協調性があればある程、
悪い噂に引っ張られてしまう。
会社に残った俺は、腫れ物だった。
「逆らえば面倒を起こすやつ」
敵が居ない今――そんなレッテルだけが残る。
仲の良かった同僚さえも、騒動の最中には目を逸らし、
まるで他人のふりをした。
気が付けば、居場所は無くなっていた…。
机に座っていても、空気は凍り、誰も近づかない。
孤立。疎外。息が詰まった。
辞める決意を決め、辞表を出す。
その時の上司は、なんと無く申し訳無さそうな顔をする。
しかし止める事せず、辞表を受け入れる。
退職のとき、同僚は気まずそうに
「辞めるのか?元気でな」なんて声をかけてきたが、
その顔を見るだけで嫌気が差した。
……何を今さら。
そして、会社を去った。
残されたのは、家と時間だけ。
外に出る理由もなく、気がつけば
カーテンを閉めきった部屋。
目の前にあるのは
モニターとキーボードだけ。
そこで俺は、ひとつの逃げ場に潜った。
ゾンビゲーム。数千時間、いや五千時間。
昼も夜もなく、画面の中だけが現実だった。
……その代償が、いまの俺を生かしているなんて。
あの頃の俺は、夢にも思わなかった。
……そして。
⸻
「いやぁぁー追いかけてくんなぁぁ!
早く開けて開けてっ門番さんいや門番様ぁー
仕事ちゃっちゃとしてぇ門開けてぇぇ早くぅう」
今の俺の現実は、コレ!
リオのいるギバーの店に戻ってきていた。
…はぁはぁはぁ
死ぬかと思った…
相手がウォーカーでもスタミナ勝負になると勝てない。
ウォーカーの競歩並みの速度ですら
振り切れなくなってくる。
「ふんっ、よくやった!」
リオは頭で軽く奥の部屋へ行く様、合図する。
そこに広がる神々しい程の景観!?
奥の部屋のカウンターに置かれた皿から、
香ばしい匂いが立ちのぼる。
小さな焚き火で炙られた肉と、温いスープ。
「おいっ!遠慮すんな。食え」
リオの声に背中を押される。
俺はスプーンを握り生唾を飲み込む。
まだ温もりがあります。っと主張する湯気が立つスープ。
バスケットに盛られた炭水化物なパン。
そして艶やかに滴る脂が煌く肉。
クエスト前に水分と糖分補給に
桃缶を流し込んで感動した事なんて吹き飛ぶ。
「……うめぇっ! ちょ、何これ……
あの桃缶とは次元が違ぇ!」
ガツガツと頬張り、
気がつけば皿は空になっていた。
「どうだ?腹に入って満足したか!?」
リオは腕を組んで俺を見据える。
「ヨシ!なら教えとく。7日目の夜を覚悟しろ」
「7日目……?」
そのキーワードに緊張感が走る。
『狂乱の血死潮』だ。
ゲーム内では『クリムゾンムーン』と呼ばれる。
「月が赤く染まる夜、
ゾンビどもは全力疾走で突っ込んでくる。
22時から翌朝の4時まで、地獄の時間だ」
……知ってる。
ゲームで、何度も何度も体験した。
画面の中でなら、笑いながらリトライできた。
だが、ここは現実だ。
一度の死が、本当に“死”を意味する。
「おい、顔が引きつってるぞ」
(そら、引きつるだろぉー!
ゲームならまだしも、
こんなっ現実的な世界で恐怖イベントぉぉ!)
リオはにやりと笑い、
机の奥から毛布を放り投げてきた。
「ギバーの店に寝泊まりはできねぇ。
だが今夜だけは特別だ。納屋で寝ろ。
外にゃ出るなよ。命が惜しけりゃな」
|(うん。キュンとした。)
毛布を受け取り、俺は黙ってうなずいた。
安心安全の一夜限りの宿…
夜は近い。
そして、あの“赤い夜”も。
……ゲームの様でゲームじゃない。
現実…いや超現実だ。腹の底から、ようやく実感した。




