DAY45 変電所の悪魔③
変電所の地下2階は
音を吸い込むように静まり返っていた。
照明はまるで息を潜めるように消えている。
非常灯だけが足元を微かに照らす。
換気口は動いておらず、
湿度が一層匂いを感じさせる。
靴の裏に粘ついた感覚が
纏わりつく。
隼人が先頭で足を止めた。
一馬「……なんなんですか、これ?」
三人が正面に見える、
用具室を注意深く観察する。
懐中灯の円が壁や床をなぞるたび、
光は途中で歪み、
影に飲まれて消える。
一馬「静かですね…」
隼人「うん。そうだね。」
用具室の鉄の扉に粘膜や、
硬化した卵形状塊りがへばりついている。
白でも黒でもない。
灰色が濁ったような、
生肉と繭の中間の質感。
壁に貼りつくように、
床から盛り上がるように、
そして——
何かを守るために広がっている形。
一馬は喉の奥が、
ひくりと鳴るのを感じた。
一馬(……スキャヴァーの巣、か?)
隼人が、
ライトの照射角をゆっくり上げる。
人の頭より少し大きいもの。
拳ほどのもの。
そして、
まだ形になりきっていない、
半透明の塊。
殻は柔らかそうに見える。
だが、表面には
乾ききらない粘液が張り付いている。
規則性は見ては取れない。
瑠奈「すごい数…」
隼人「確かに…でも孵化する手前だね。」
倒したスキャヴァー数で
思わずギャップを感じる。
一馬(意外に卵が多いな…。)
瑠奈が、小さく息を吸った。
瑠奈「もう……いないのかな?」
隼人「まだ、ここの扉は空けていないよ。」
一馬「よし、行こう。」
扉周辺の卵をナイフで破壊して、
硬化した粘液も剥がし扉を開ける。
三人は息を殺し集中力を高める。
長く感じられる程の沈黙が続く。
周囲を観察して一馬が口を開く。
一馬「な、何も…いない?」
女王らしき個体の姿はない。
動く影は何も確認できなかった。
生きている呼吸音も、
爪が擦れる音も、
何も聞こえてこない。
隼人が口を開く。
隼人「…とりあえず、
卵を潰して戻ろう。」
一馬「……賛成です。瑠奈、いいか?」
瑠奈「わかった。」
3人は作戦終了に合意して、
引き返す事にした。
しかし一馬の胸に、
説明できない違和感が残った。
だが、敵もいないし
ここで立ち止まる理由もない。
あれだけ音に敏感な、
スキャヴァーが現れないので、
卵の一掃する為に3人は散らばった。
卵に近づく。
一馬は斧を構え、
殻の一つに狙いを定める。
叩き割り潰していく。
形になりかけたスキャヴァーが、
割れた卵から流れ出てくる。
丁寧にトドメを刺しておく。
鈍い音がぐちりと
潰れる感触が、
斧を通して伝わってくる。
割れた卵から、
生臭い空気が一気に広がる。
瑠奈は無言で、
次の卵を踏み抜く。
瑠奈の顔は、
みるみる内に歪んでいく。
それを遠目から見た一馬は、
大爆笑している。
靴底が卵から出る液体で沈み、
床に広がっていく。
隼人は、
ライトを動かしながら
周囲を警戒している。
隼人「……こっちは終わったよ。
んっ?どうしての楽しそうに?」
一馬「ひーひーひーおもっ、
るっ瑠奈のか、かお……あっ」
瑠奈「か・ず・まぁ?」
一馬「いえっハイ!
何でもありません。
完全に完璧に一掃しました!」
隼人は雰囲気を見て察したみたいで、
微笑ましいとばかりに笑顔になる。
隼人「OK、戻ろう」
瑠奈「ふんっ!」
瑠奈は一馬を睨み返して、歩いていく。
3人は警戒を解いて、
地下2階の非常口から戻っていく。
**********
瑠奈はひと足先に地上へ向かい、
一馬と隼人は周囲を観察しながら地上へ向かう。
階段を上がり、
地上1階非常用出入り口‥ドアに手をかける。
きゃーーーーーいやぁーーー
突然の悲鳴!
聞きなれた声が通路まで響いてくる。
一馬と隼人は顔を見合わせて、
急いでゲート内まで走り出す。
一馬
変電所ゲートの内側に入り、
目に飛び込んでくる光景に、
思わず叫び出してしまう。
一馬「るなぁぁぁぁぁぁぁ」
何かを胸元に抱えて、
蹲り座り込む瑠奈の姿。
そこに巨体ゾンビが、
ハンマーを持って、
今にも瑠奈を襲おうとしている光景。
瑠奈までの距離はまだ遠く、
一馬は全力で近づこうと走る。
グシャンッ。
瑠奈の頭蓋に勢いよく
ハンマーが振り抜かれる。
瑠奈の頭蓋が損壊し即死する。
瑠奈は
糸の切れた人形のように、
勢いよく倒れる。
巨体ゾンビは、
興奮した様子で咆える。
一馬「……ああ…ああああ
ああああああああああああ
ああああああああっ…ぶっ殺す!」
一馬は突然の衝撃に激昂する。
一馬は、
巨体ゾンビに全力で駆け寄り、
動きを予測し始める。
しかし、一馬の勢いが、
徐々に徐々に失われていく。
斧に込めた力と怒りが、
抜け落ちていく…。
一馬「な、なん…」
巨体ゾンビが、
一馬存在に気がづいた。
持っているハンマー力に込めて、
一馬に襲いかかってくる。
一馬「れ………れん…じ?」
ダンッ!
ダンッ!!
ダンッ!!!
‥ダンーッ!!!!
肩や腕や足が
勢いよく血しぶきを上げる。
最後は頭蓋に、
弾丸がぶち込まれる。
巨体ゾンビは
膝から崩れ落ち倒れる。
隼人「はぁはぁはぁはぁ…
か、一馬くん大丈夫?」
隼人が遅れて合流して。
一馬「うわぁああああああぁ
おっおうぇぇああああああああ」
一馬の嗚咽に隼人は、
一瞬驚くも状況をみて、
瞬時に理解をする。
一馬の側に、
瑠奈の無惨な亡き骸。
瑠奈が大事そうに抱えているのは、
誠の生首…そして、
トーマスの生首が地面に転がっている。
一馬「おい、錬次?
起きろよぉ!錬次ぃ!
瑠奈?なぁ、瑠奈?
誠ぉードッキリなら…
許さねぇ…ぞ……。」
隼人は嗚咽をしながら叫ぶ
一馬を見て、言葉に詰まる。
絶望感で
一馬の声もでなくなった。
天を仰ぎ視点の定まらないまま、
一馬は膝をつき動かなくなった。
カチリッ…
隼人「!?」
一馬はこめかみに、
ハンドガンの銃口を押し付ける。
ドンッ…イィィィィン…
バチンッ!
隼人が一馬の頬を平手で叩く!
隼人「!?何やってるんだ!!
一馬くん?いいか!
一馬!!しっかりしろッ!」
隼人は間一髪の所で、
ハンドガンを叩き落とした。
一馬「もど、戻ら、もど、も……。」
一馬は隼人に、
もたれる様に泣き崩れ、
隼人は
警戒しながら黙って一馬を見守る。
空が曇り雨が降りはじめる。
**********
隼人は一馬から、
ハンドガンを没収して、
無理矢理、建物内へ戻した。
隼人が1番驚いたのが、
一馬の自殺行為。
隼人からするとまさか、
一馬が死のうとする事は、
想定していなかった。
建物の2階に戻ったが、
休憩所は混乱で荒れた跡がある。
とりあえず一馬を、
備品室に押し入れて、
休憩所の死体の一部を処理する。
部屋を整え、
一馬を休憩所に移動させる。
隼人「一馬くん…落ち着いた?」
一馬「………はい」
一馬は冴えない表情ではあるが、
落ち着いた雰囲気は感じとれる。
隼人(あんな悲惨な
光景を見たら無理も無いけど…。)
一馬「隼人さん…どう推測しますか?」
隼人は一馬の
意外な問いに驚いたのが、
現実に立ち向かう
一馬の腰は折りたくなかった。
隼人「ゾンビ熱の影響?
でも話しだと…24時間、
耐えれなかったら死ぬんでしょ?」
一馬は黙って頷く。
一馬は考え込むしぐさを見せる。
隼人自身も
衝撃的な光景の後では
適切な言葉が出てこない。
一馬が沈黙を破る。
一馬「隼人さん
少し、休みませんか?
もう身体バキバキです。」
一馬のいつもの調子が、
戻ってきた気はしたが、
カラ元気だとわかる。
隼人「そうだね…身体を休めようか。」
隼人(寝てられない…
しばらくは
一馬くんを注意してみてないと。)
**********
隼人「ハッ!?」
隼人は状況の把握に努める。
どれだけの時間、
意識を失っていたのか?
隼人(…寝てしまった!)
隼人は一馬の姿を探す。
休憩所にはいない。
給湯室に備品室にもいない。
隼人(嫌な予感がする…。)
屋上に駆け上がり、
周辺を見渡す…いない。
屋上から下を見渡す。
隼人「どこだぁ
一馬くん…早まるなよ…。」
壁際に寄せた死体の前で、
一馬が正座して座り込んでいる。
隼人は腰回りを弄る。
一馬から回収したハンドガンが無い。
隼人「かずまぁー」
声が聞こえたのか、
一馬が立ち上がり隼人の方に振り向く。
隼人に向かい、
声は出さず口を動かす。
一馬(生きて戻ります)
ドンッッ
隼人「!!!!!!」
隼人に言葉が
届いているかわからない。
銃声だけが
いつまでも遠くに響いていく。




