DAY41 灯りの死骸と配線の向こう側
陽の光が真上から地表を温め、
少しだけ暖かい空気を運んでくる。
今回は依頼を終わらせ、
ジョーカーからの報酬を貰う為、早々に行動する。
目的地に向かっている最中、
朝に合流地点で話した内容を、
頭の中で反芻しながら歩き続ける。
会話をして得られた情報は大きく、
戦略や戦闘に有利になりそうな情報もあった。
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一馬「隼人さんは、実際に、
この世界に来てどれぐらい生活しているんですか?」
隼人「んー1年……は、立ってはいないかな。」
一馬「いっ!1…」
隼人はこの世界に来て大体、
230日程生活をしている。
しかし兵役出身の隼人にとっては、
意外と便利な部分があり、
生き残るには不便はなかったと語る。
みんなが絶句して黙ったまま耳を傾ける。
隼人「でも、一番便利なのがコレ!」
隼人がスマホを手に持ち、
スマホを振って見せてくる。
隼人「|Hey, honey, make a bone knife.《ねえ、ハニー、骨のナイフを作って。》」
空中にナイフが現れ、
反射的に手に取り、
木箱に向けてナイフを投げる。
一馬や瑠奈や誠は驚きを隠せず、
錬次だけは我関せずで、
ショーを楽しむように手を叩く。
一馬「えええええええええええええええええ。
何?何?何?何?その素敵使用は!?
そんな説明どこに存在してたんですか?」
隼人「あはははっ説明は特には無いよ。
ただ特殊部隊はハードも強くないと
生きてはいけないからね。」
隼人「特に僻地の任務には、
スマホは最高の相棒だからね。
設定を触っていたらこれが出来た感じかな。
アクセシビリティ機能…知ってる?」
隼人曰く最初は、
音声認識を使って会話相手をしてもらっていた。
何よりスマホでクラフトが出来る事自体、
不思議体験ではあるから、
気になって色々設定を触り試行錯誤を繰り返す。
ここで出来る事と出来ない事がはっきりする。
<出来る事>
・小物を即生成。
・作る物は1度作る必要がある。
・作る物は決めておく(登録する)必要がある。
・素材は持ち歩く必要がある。
・1度に作れるのは1つ。
<出来ない事>
・大きな武器や道具。
・作った事の無い物。
・修理。
・登録していない物。
・素材が無い物。
・同時に複数の物は作れない。
・食品に関する加工品は作れない。
一馬(ここまで聞くと便利なのか
不便な機能なのかは、わからなくなってくる。)
しかし隼人は一馬の表情で察したのか、
内容を補足し始める。
隼人「ナイフ以外には、
小型手榴弾に爆竹と…包帯にマッチ」
一馬「えっ!手榴弾も作れるんっすか?
爆竹は何で?…包帯はわかりますけど、マッチですか?」
隼人は笑みを浮かべ、話を続ける。
手榴弾の目的は明確で、
爆竹は誘導用にはとても有効だと説明する。
まとまった熱に大きな破裂音に、
火薬独特の匂い…
これだけでゾンビの誘導は十分意味がある。
マッチも作れるようにしたのには、理由がある。
まず木片や木くずでも、
クラフトが可能で、
何より火薬の元を普段から、
持ち歩いている為である。
かさばらない…
これだけでもサバイバルにおいては重要。
さらに、
濡れるや壊れるも死活問題である。
しかしスマホクラフトにおいては、
素材が水に濡れていても湿気っていても、
道具作成が可能である。
一馬はここまで聞いて、感動すら覚える。
確かに、この世界の天候は不安定で、
道具が水でダメになるリスクは高い。
しかも作れるが修理は出来ない事。
そして完成品は、
再クラフト不可である事。
瑠奈「弓…矢も作れるの?」
隼人「んー作った事ないからわからないけど、
小物武器ぐらいの質量だと思うから可能かな。
でも、普通の矢はあまり有効な手段ではないかな。」
瑠奈は納得できない様子で口ごもる。
隼人「ごめんごめん否定ではないよ。
実際、即クラフトはとても有効だしね。
ただ、1本作れても戦況は変わらないでしょ?」
少し沈黙が流れる。
隼人のいう事は確かに一理ある。
ゾンビは単体で行動はするが、
結果的に集団戦になってくる。
集団で攻めてくる状況を、
即クラフトで対処できるとは思えない。
瑠奈もそこは、
わかっているからこその沈黙である。
隼人「ただ僕が使っている所は、
見た事無いでしょ?」
一馬(確かに…まだ行動を共にして
短いのもあるけど、実際に見た事は今回が初めて。)
隼人「何を作るかにはよるけど正直、
ゾンビに骨ナイフなんて気休めだし、
手榴弾も小さいけど材料コストは高めだし。」
隼人は無邪気な笑顔で言葉を閉める。
頭で会話を反芻して、
考えながら歩いていると、
目的地が目の前に現れる。
今回の依頼内容は、
変電所の復旧である。
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変電所は、地図の上ではただの「点」だ。
だが現実は、点じゃない。
点の周囲には、匂いがあり、
音があり、そして
……寄ってくる理由がある。
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丘をひとつ越えると、
景色が変わった。
人工物の気配が濃くなる。
草の匂いより先に、
錆びた鉄の匂いが鼻に触れる。
湿った土の上に、
黒いケーブルが蛇のように這い、
途中で切れ、裂け、地面へ沈み込んでいる。
遠くに見えるのは、低い建物。
コンクリートの
四角い箱みたいな形。
屋上に、古いアンテナと、
倒れかけた避雷針。
その周りだけ、草が変に短い。
踏まれた跡があるわけじゃない。
ただ、熱が抜けた場所のように、
植物が伸びきれずにいる。
一馬は足を止めた。
空気が、少しだけ違う。
気温の話じゃない。
喉の奥に引っかかる、
薄い金属の粉。
それが、呼吸に混ざる。
隼人も同じ場所で止まった。
視線が揺れない。
風を見ているというより、
風が運ぶ“何か”を嗅いでいる。
瑠奈が小さく息を吐く。
誠は無意識に、
荷物の肩紐を握り直していた。
錬次は——口を閉じている。
普段なら先に何か言う男が、黙る。
黙るほどの理由が、
この場所にはある。
変電所、という言葉は明るい。
電気、生活、灯り。
だけどこの建物は、灯りの残骸だった。
窓は割れていない。
割られた跡がない。
最初から必要なかったみたいに、
細長い換気口だけが、壁に並んでいる。
——穴だ。
覗き返してくる穴。
一馬はその換気口に目を向けた瞬間、
自分の背中に薄い汗が浮くのを感じた。
中は暗い。
闇が詰まっている。
その光を吸い込むような暗さは、
外の音を吸い取る。
鳥の声がしない。
虫の羽音も薄い。
風だけが、建物の角で削られて、
ひゅう、と鳴る。
その音が、
いちばん嫌な鳴り方をしていた。
笛じゃない。
人の喉に似た、乾いた鳴り方。
隼人が低く言う。
隼人「……確実に居るね。」
一馬は反射で、
視線を走らせた。
草むら。
建物の影。
コンクリートの基礎の下。
どこにも“それ”は見えない。
だが、見えないということが、
ここでは安心の材料にならない。
見えない=いない、ではない。
見えない=潜んでいる、だ。
瑠奈が歩幅を小さくして前に出た。
足音を消すというより、
土に“知らせない”歩き方。
新体操の癖のように、体の軸がぶれない。
誠が囁く。
誠「……匂い、します」
一馬も気づいていた。
腐臭だけじゃない。
腐臭が“古い”匂いに変わる、
乾いた悪臭。
死体が湿る前に、
乾いてしまった匂い。
風に乗ると軽い。
軽いから、遠くからでも届く。
錬次が匂いに、しかめっ面をする。
錬次「……ここ、ヤバい匂いするな」
一馬「言うな。声を抑えろ…」
緊張感が漂う。
変電所の周りには、
フェンスが残っている。
高さは身長の2倍ほど
守るための柵で安全を考慮した作り。
その線を越えた瞬間——
世界が少しだけ静かになった。
一馬の耳が拾う。
どこかで、濡れた布を引きずるような音。
ズ……ズ……
規則的でもなく、不規則でもない。
“歩く”の途中で、何かを忘れている音。
隼人が手を上げて止めた。
隼人「……一体。角。
見えない位置…」
指先が、建物の右奥を示す。
視線の角度が、
迷いなく決まっている。
まるで、そこに“形”が見えているみたいに。
瑠奈が小さく頷き、
誠が飲み込むように唾を鳴らした。
一馬は斧の柄を握り直す。
金属が冷たい。
冷たいのに、手のひらは熱い。
この矛盾が、今の自分の全部だった。
一馬「……静かに動く」
そのつぶやきに皆賛同する。
“見つからないように”の意味であることは、
全員が理解していた。
一馬は、建物の換気口をもう一度見る。
黒い穴。
吸い込む穴。
吐き出さない穴。
そこから、
何かが出てくる気がした。
気がする、じゃない。
ここまで条件が揃って、
出てこない方が、むしろ不自然だ。
遠くで、コツ、と乾いた音。
……靴底じゃない。
骨が、コンクリートを叩く音。
一馬は、息を止めた。
空気が動く。
匂いが、ほんの少し濃くなる。
それは風向きが変わったのではなく、
近づいた匂いだった。
瑠奈が、唇だけで言う。
瑠奈「……来る」
誰も返事をしない。
返事をする必要がない。
返事をした瞬間、ここでは“鐘”になる。
そして
ズ……
ズ……
さっきの引きずる音が、
はっきりと足音に変わっていく。
見えない角の向こうで、
何かが、こちらの存在を確かめるように、
ゆっくりと、息をしていた。




