表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/49

DAY3 徒歩オンライン開幕

――ガタッ。


「ひぃっ!? だ、誰ぇ!?」


心臓が跳ねて、背中が痛い。

毛布の代わりのほこり、最悪。

寝起き一発で心拍数バグった。


……数呼吸、静寂。

屋根の割れ目から木片が落ちた。

ただの風。この瞬間だけで寿命3年は減った。


「寿命を返せ。保証はどこだ。

カスタマーセンター出てこい……」

乾いた冗談で自分をつなぐ。

黙っていると、怖さが膨らむから。


薄い光が板壁をなぞる。

(ほこり)が朝に浮いて、銀色の粉みたいだ。


「モーニング・サンシャイン。

こっちはナイトメア・ハートビート」


自分で言ってて訳がわからない。


喉がきしむ。唾さえ渋い。

腹はオーケストラ。指揮者いないのに名演奏。

「はいはい、分かった。飯は後だ」


ポケットのスマホが震えた。

画面の角に赤い点。新しい通知。


【SYSTEM】新アプリが解放されました


「また増えてる……課金のにおい?」


見慣れないアイコンを押す。

BESTIARY(モンスター図鑑)

カードが一枚、ポンと出た。

昨日の、あの腐ったゾンビの顔。


【ウォーカー(腐敗度:弱)】

・昼は鈍い 夜は凶暴化

・弱点:頭部

・危険度:低


「弱点:頭部。うん、知ってた。

でも“公式発表”はありがたい」

ゲームでお馴染みのモンスター。


それでも名札がつくと、少しだけ怖くない。

人は名前をつけて、暗闇を区切る。

たぶんそれが文明。今は命綱。


棍棒(こんぼう)を見る。乾いた黒い筋。

鉄の匂いが、昨日の叫びを連れてくる。


「……いや思い出すな俺。はい終了」


地図に切り替える。自分の足跡が

白い線で、みみずみたいにのびている。

先に赤い印。ギバー。点滅。呼んでる。


距離を目で測る。3時間半。

徒歩オンライン、延長戦。


「直行。寄り道は最小。水は……無い。

もも缶は一個。糖分は味方」

ボディバッグの重さを握力で測る。

軽い。つまり心細い、ぴぇん。


「怖いか? 怖い。じゃあ止まるか?

止まっても腹は減る。ウォーカーはお散歩中。

……はい、前進だ」


(止まっても解決はしない。

まずは食料確保――そのために物資拠点、

ギバーを目指すしかない)


声に出すと、逃げ腰が少し縮む。

言葉は魔法。自分に効くタイプのやつ。


屋根の割れ目が少し明るい。

夜の冷えがドアの隙間で震えている。


「今日の目標、ギバー到⤵着。

副目標、途中で死なない。

サブ目標、腹の合唱を黙らせる」


重い腰を上げる。ギシギシと軋む小屋。

外の様子に耳を澄ませる。何も聞こえない。


ありがたい。

風。遠い金属のきしみ。

どこかでカラス。……いや気のせいだと嬉しい。


「行くぞ。3、2、1――」


扉に肩をあずけ、音を殺して押す。

冷気が顔を撫でて、目が覚める。

無料朝の空気…強めの冷たい風。


ぶるっ!

「…サービス精神強すぎてマジ感謝⤵」


外は灰色の原野。低い光が斜めに刺さる。

影が長い。自分の不安も長い。


しっかり足下を確認して歩き始める。

1歩目…砂利が鳴る。

2歩目…膝が悲鳴をあげる。

3歩目…心臓がペース配分を学ぶ。


「はい、徒歩オンライン開幕。

本日のスポンサーさーん。

本日の俺は空腹ですよぉー??」


声を出し、不安感を散らしながら、

時々、立ち止まるり、音を切り耳を澄ませる。

自分の呼吸が荒く、息がうるさい。

耳のなかまで神経を通す。


倒れた標識の影。錆。剥げた塗装。

「徐行」の文字。今、まさにそれ。


茂みがざわつく。心臓が跳ぶ。

影が走る――野ウサギ。「ひっ!?」

……驚きをありがとう、野ウサギ。

「びびらせ罰金、にんじん一束だかんな」


歩幅を一定に。無駄口は止まらない。

黙ると脳が勝手に

恐怖の予告編を作り始めるから。


足場の悪い場所は、棍棒(こんぼう)で先を突く。

「蛇には注意。出て来るな!願望補正込み」


十分進んでは地図を確認。

線が伸びる。進歩は可視化でやる気が出る。

しかし、まだ視界にそれらしき建物は見えない。


ひび割れた道路に、黒い水のたまり。

喉が反射で鳴く。泥は毒。理性が手を引く。


「飲むな、飲むな、絶対飲むな」

3回唱える。お約束では無く自己暗示。


空腹が再演。腹のオーケストラ、第2楽章。

「スタンディングオベーション。

 アンコール希望?まだ開演したばかり」


ギバーの印が少し大きく見えた、気がする。

気のせいでもいい。足が前に出れば勝ち。


遠くで、低い呻き。風の悪戯か本物か。

体が勝手に低くなる。路肩の残骸へ滑り込む。

「隠れる、待つ、息を削る」

三拍子。心拍は四拍子。おちつけ。


足音は……来ない。呻き(うめき)も……消えた。

空気がやっと薄甘くなる。再開。


「今日の俺、ステルス技能に全振り」


命の息継ぎを感じない世界で、影の角度が時を知らせる。

光が少し高くなった。時間は進む。俺も進む。

スマホのマップを確認する。


ギバーの印が、もう“点”じゃない“標識”に

……見えてきた――気がする。


……気でいい。進むための燃料。


「おーい、ギバー。今行く。

着いたら、まず水。次にパン。できれば肉。

わがままは命の燃料。俺の願いよ届け」


棍棒を肩に。歩幅を刻む。呼吸を刻む。

恐怖はある。ユーモアで薄める。理性で締める。

それが今の俺の、最強装備。


扉を閉めてから、ここまで千数百歩(せんすうひゃくほ)

まだ朝。まだ行ける。まだやれる。


「続きは、歩きながら考える。

まずは――生きて、着く」


俺は歩く。影は先に伸びる。

ギバーの印は、確かに前にある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ