DAY34 赤い夜の湿った木の町
赤い月の光は、
この町の木材を血色に染める。
ダイナーの看板も、
パブの窓枠も…。
濡れた木肌を吸い上げるみたいに、
じっとりと光を含んでいた。
ここでは火が使えない。
それが、こんなにも
窮屈だとは思わなかった。
一本でも火を落とせば、
燃えるのは敵じゃない。
町そのもの…そして俺達自身。
空気は乾き
匂いを隠し持っている。
この町は、
火炎瓶を拒む形をしていた。
そして、逃げ場も…
ダイナーとパブは、
店の“顔”を広く見せるために窓が多い。
客席が広く、柱が少ない。
奥へ引けば回れるのか?
でも裏口に抜ける動線は細く、
階段は急で、踊り場はけして広くは無い。
籠城には向かない構造で
何より質量で来られると終わる。
だから、
戦いながら退路を確保する。
5人で戦う事が前提ではあるが
各店舗があまり広く無い為大きく動けない。
一馬「とりあえず右側に寄せる!」
一馬が声を飛ばした瞬間、
背後でガラスが割れた。
パァン、と乾いた破裂音。
パブの窓だ。
そこから、白い目が
いくつも飛び出してくる。
瑠奈の気配が近くに感じ、
細かく息をして走ってくる。
足音が一段、二段…
…壁を蹴って高くなる。
隼人の銃声が、短く鳴った。
あれは合図だ。
「ここは抜ける」
誠の声が混じる。
かき集めたプロテクターは、
誠に身につけさせている
錬次の雄たけびが響く!
なぜか、いつもより遠く感じる。
裏口を飛びだし路地裏に出た所で、
脆弱な壁を破り
ゾンビが割り込んでくる。
一馬達が踏み込んだ路地は、
ダイナー裏の搬入口へ繋がる細道だった。
積まれた木箱や、鉄のゴミ箱が倒れている。
ここを抜ければ、
通りの反対に出られるのに…。
赤い霧の中で、
路地の出口が
“生き物みたいに”
塞がっていく。
ウォーカーが
横から流れ込んでくる。
前から後ろから…さらに横から。
いつの間にか、
道が“肉の壁”になっていた。
一馬は外に出たが、
後退を余儀なくされた4人。
一馬「マジマジマジマジマジッ!」
いつもの癖で言葉は軽く出る。
でも喉の奥は、
常にひりついている。
一馬は”ククリナイフ”を握り直す。
今回は小回りの利く
ククリナイフをギバー手に入れた。
ククリナイフの刀身は、
短すぎず長すぎず、
柄が太く適度に握りやすい。
刀身の幅がある分重さがあり、
手首の角度だけ、微調整する。
背中に壁がある。
左は崩れた木箱。
右は錆びた配管。
前には、五、……いや六体。
一馬(逃げる道は……)
搬入口のシャッター。
半分だけ開いたまま、歪んで止まっている。
一馬は一歩下がり、
足元の感触を確かめた。
最初の一体が突っ込む。
腐った靴底と
腐った歯が見える。
一馬は半歩、斜めにずらして、
刃を“引っ掛ける”。
ズン、と重みが乗る。
刃が首元に食い込み
一馬は体重ごと引いて、相手を倒す。
倒れた瞬間、体を入れ替える。
一馬はそこに足を入れて、
倒れた個体の肩を踏み台にする。
二体目が腕を伸ばす。
爪が、顔の前をかすめた。
一馬「おっと、がつがつしない!」
軽口を言いながら、
ククリナイフの柄で、
顎を押し上げる。
一撃一殺は基本で理想だが…現実は。
顎が上がれば体制が泳ぐ。
そこに、刃を横から叩き込む。
ゴリッ、と硬い音。
頭蓋の側面が割れ、
赤い月光が、
飛び散る体液を一瞬だけ照らした。
三体目、四体目。
横から、後ろから、同時に来る。
一馬の脳が、急に冷える。
視界の端が鋭くなる。
一馬(右、半歩遅い。
左、先。背中…今じゃない)
音が、分解されて聞こえる。
砂を踏む音に、
ゾンビの体が軋む音。
息が漏れる音。
一馬は、あえて前へ出た。
壁に押し付けられたら終わる。
動ける場所は自分で作る。
隼人さん曰く、
武器は振り回すん物じゃない。
短く、伸ばし、当て、滑らせる。
刃には元々、
重さと鋭さが備わっている。
当たり所が悪いと、腕が痺れる。
肩に乳酸が貯まり熱くなる。
でも止まってはいられない。
一体を倒すたびに、
足元に匂いと液体が溜まる。
倒れた死体が
ぬかるみを増やし、
一馬の動きを奪おうとする。
一馬「……おいおいおいおいお
地面まで敵になるなっ…よっと!」
舌打ちが混じる。
背後で、またガラスが割れた。
遠くで、銃声が二つ。
そして――金属が叩き潰される音。
錬次「………ぅぉぉぉおおおおお」
錬次の咆哮…
一馬(錬次のスレッジだ。)
遠い。
でも確かに生きている。
一馬(まっ、あの体力馬鹿は
簡単には…死なないな)
一馬は、シャッターへ視線を向ける。
人一人が入れる隙間…。
あそこを通れるのは、今だけ。
一馬は倒れた
ウォーカーの胸に足を置き、
身体をひねりながら刃を抜く。
抜く瞬間が、一番危ない。
刃が骨に噛んで、動きが止まる。
刃を“置いていく”みたいに、
柄だけを捻って外す。
刃は骨を削って抜ける。
音が、嫌に生々しい。
一馬はそのまま、
シャッターへ走った。
ぬかるみで足が滑る。
でも、滑った分だけ前へ出る。
一馬「うわ、最悪! 体液とか勘弁!」
シャッターの縁に手を掛け、
肩から体をねじ込み、
腹で金属をこすりながら抜ける。
背中に何かが触れた。
ゾンビ腕が伸びてくる。
無造作に伸びきった爪が
背中に触れ服を裂く。
一馬「痛ッ……!」
振り返らない。
振り返ったら、引きずりだされる。
一馬は抜けた瞬間、
ククリナイフを持ち直し、
シャッターを強引に下す。
ガシャンッ!
シャッターの金属音が、
耳の周波数を支配して、
一瞬周りの音が静まり変える。
叫び声はない。
ただ、何かが崩れる音。
息が、肺を刺す。
喉が鉄臭い。
勢いあまって顔を打ちつけ、
口の中を切ってしまった。
打ち付けた顔が痛み出す。
さらに背中に鈍痛が走り熱を帯びる。
痛みに気づいた途端、
額から汗が噴き出してくる。
顔を上げ周囲を確認する。
そこはダイナーのキッチン。
油のにおいと冷えきった壁の質感に、
赤い月光が微かに覗き込んでいる。
通りの向こうで、
誰かが走る影が見えた。
1人、2人、3人……。
瑠奈?達か?
一馬はなぜか笑う。
一馬(マジ……これ、
全員どこ行ったんだよ)
笑えないが緊張が高まり
なぜか笑いしか出てこない。
一馬はククリナイフを持ち直し、
入口の方へ、足を向けた。
一馬(とどまるのもジリ貧だし、
とりあえず合流しないとな…)
冷静に戦況を整理し直す。
赤い月の光に照らされた霧が、
まだこの町の路地を埋めている。
ガンガンガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
ガリガリガリガリガリガリッ……。
一馬の背後で
シャッターを叩きつける音が聞こえる。
ガンッ!
ガンッ!
シャッターを叩きつける音が響くたび
緊張感と焦りが募っていく。
一馬は再び走り出した。




