DAY33 ジョーカーのギバーと命の勘定
遠目に見えた瞬間、
それは「建物」というより
拠点だった。
周囲の廃墟とは明らかに違う。
民家でも、工場でも、倉庫でもない。
意思が感じられるような施設。
かつて軍が仮設で設営した
前線用の小規模拠点を土台に、
その上から何度も手が入れられている。
外周は高いフェンスと
無骨な単管パイプ檻…。
要所要所が溶接で雑に、
しかし強固に固められている。
美しさはない。
だが、壊れにくい形だけが選ばれている。
敷地は広く、
元は資材集積所か、
あるいは簡易駐屯地だったのだろう。
地面には重機の轍が残り、
無数の鉄板が泥を抑えるように
敷き詰められている。
門と呼べるものは一つだけ。
装甲車の残骸を横倒しにして再利用した
即席のゲート。
その周囲には、
土嚢、ドラム缶、鉄柵、
用途の異なるものが
“防ぐ”という目的だけで
統一されて並んでいた。
見張り塔もある。
本来の用途を失った通信ポールに、
鉄骨を継ぎ足した即席の高台。
無機質で音がしない。
視線を感じる。
こちらを測るような、
値踏みするような気配。
瑠奈は思わず歩調を落とした。
瑠奈(……ここ、ちょっと違う)
その横で、
隼人は既に足を止めていた。
視線は門ではなく、
フェンスの継ぎ目。
見張り塔の影に、敷地の奥…
知っている場所を
なぞるように動いている。
隼人「……相変わらずだな」
誰に向けたでもない、
小さな独り言。
一馬がちらりと横を見る。
一馬「来たことある感じっスね?」
隼人は軽く肩をすくめた。
隼人「前に一度だけ。
物資の受け渡しでね。
……歓迎的では無いけど
追い返されもしない場所だよ」
誠は無意識に地図を握り直した。
誠「拠点として
……かなり完成度が高いですね」
錬次だけが、
素直な感想を漏らす。
錬次「なんか……ヤバそうだけど、
守られてる感じはするな」
一馬はフェンス越しに中を覗き、
乾いた笑みを浮かべた。
一馬「なるほど。
じゃあ今日は“初見さん”じゃなくて、
“紹介あり”ってやつですね」
隼人は否定も肯定もせず、
門の方を見据えた。
隼人「……まっ、
入ってからのお楽しみ」
ギバーの強固な門は、
歓迎も拒絶もせず、
ただそこに構えていた。
入る資格があるかどうかを、試すように。
ジョーカーのギバーは、
街外れの開けた土地に、
異質な存在感で鎮座していた。
コンクリートの建物ではない。
かといって民家の改造でもない。
軍用の仮設拠点を骨格に、
単管パイプと溶接跡が何層にも重ねられ、
フェンス、監視塔、
遮蔽物が用途優先で配置されている。
美しさは一切ない。
だが――合理的だ。
敷地は広く、
外周には高さの違う柵が
二重三重に巡らされ、
要所ごとに監視用の足場が組まれている。
ここは
「守るための場所」
「溜まるための場所」
そして
「命が循環する場所」だった。
隼人は、門の手前で足を止める。
隼人「……相変わらず、
愛想の無い連中だな」
一馬はその横で、小さく息を吐いた。
一馬「とりあえず入りましょう」
隼人は答えない。
ただ視線向け
眉頭を上げて笑みを浮かべる。
中に入ると、
人の気配が一気に増えた。
武器を持った者、
物資を運ぶ者、
交渉中らしい二人組。
生きている人間が、
ここでは協力して動いている。
中央にある大きな仮設テントの中へ
隼人が先導して一馬達は入っていく。
入り口を入ると、
綺麗に飾られた武器の列。
値札は無いが売り物だとわかる。
金はゾンビペイのみ。
この世界では、
「高い」「安い」という
感覚自体がよくわからない。
一馬は思う。
(……相場、わかんねぇな)
その中心に、男が居た。
男はジョーカーと名乗った。
いかつさは感じない。
声も低く、表情も薄い。
だが目だけが、
常に計算している目だった。
ジョーカー「……武器が欲しい?」
淡々とした声。
一馬は頷く。
一馬「はい。できれば、使える分だけ」
ジョーカーはカウンターの下から
箱を引き出し、中身を見せる。
ジョーカー「九ミリ、五・五六…」
一馬は数字を聞いても、
それが多いのか少ないのか判断できない。
一馬(……わからん。)
ジョーカーは続ける。
「値段は、今の相場で二割増し」
一馬は思わず笑った。
一馬「相場って……
正直、それがもう分かんないんですけど」
ジョーカーは肩をすくめる。
ジョーカー「それが現実だ。
物は減る一方で道は崩れる。
仕入れも、補充も、保証もない。
値段や相場はもう意味を持たない」
淡々とした事実の提示。
隼人は黙って聞いている。
誠は一歩引いた位置で、
数字の出ない会話に静かに青くなっていた。
一馬は、少し考えてから言う。
一馬「ゾンビペイ…残高は…
……全然足りない」
ジョーカーは即答だった。
ジョーカー「買うの?買わないの?」
否定も、嘲笑もない。
ただ計算結果を受け取っただけの声。
一瞬、沈黙。
一馬「じゃあ、
お金以外の交換方法は?」
ジョーカーの視線が、一馬に定まる。
次に、
ほんの一瞬だけ隼人を見る。
そして、口角がわずかに動いた。
ジョーカー「……話が早い」
ジョーカーはカウンターに肘をつき、
低い声で続ける。
ジョーカー「依頼がある。
それを片付けたら、
弾と__使える武器を渡す」
一馬は頷いた。
一馬「内容、聞かせてください」
ジョーカーは、
内容を喋りはじめる。
ただ一言だけ、現実を置く。
ジョーカー「とりあえず結果を出せ。
それを確認したら、銃を渡す。」
隼人「これは、契約成立?っでいいのかな。」
ジョーカー「ああ、問題ない」
隼人は、その横で静かに息を吐く。
(……やっぱり、ここは変わってない)
この世界で武器を得るには、
金でも、信頼でも足りない。
価値を示すしかない。
その条件が、
いま、一馬たちの前に置かれた。
ジョーカーのギバーでは、
銃の話はいったん脇に置かれた。
現実的な補充に、
話題は自然と移る。
刃物。
鈍器。
包帯。
乾燥食。
缶詰。
水の浄化タブレット。
ここでは必要な物を
必要な分だけ並べる品揃え。
一馬「値段は……弾ほどじゃない。
こっちは良心的?な値段」
一馬達は頷き、
ゾンビペイの残高を
QRコードで送り、集めて確認する。
十分とは言えないが、
無いよりは遥かにマシだった。
錬次は、
壁に立てかけられた
スレッジハンマーを手に取る。
錬次「なぁ、これどうだ?」
ジョーカーは一瞥して言う。
ジョーカー「重心のバランスが
いいスレッジだ。
耐久力も悪くない」
錬次はニヤッと笑い、即決した。
瑠奈は刃物を選ぶ時、
一切迷わなかった。
手に取る。
振る。
戻す。
その動きは、
戦場の中で何度も
繰り返された“確認”だった。
誠は食料と医療品を中心にまとめる。
量や保存性や
調理の手間。
黙々と、
“生き延びるための選択”
だけを積み上げていく。
隼人は、
ギバーの端で
街の配置図を眺めていた。
ジョーカー「……この辺りは
ちょっとした憩いの町だった」
ジョーカーが答える。
一馬は、
その言葉を聞きながら、
日数を数える。
(22日目から…)
ローザの拠点を出てから、
迂回ルートを選び、
雨に足止めされ、
ここまでで――
四日と、半日。
頭の中で、
赤い月の周期が静かに回る。
「……次のクリムゾンムーンまで、
あと一日半ですね」
一馬の言葉に、
場の空気がわずかに締まった。
ジョーカーは否定も肯定もしない。
隼人「ここから先、
移動しながら迎えるのは悪手だ」
隼人が続ける。
一馬「同感。
戦うなら、建物を利用する方が最善策」
瑠奈は、
ギバーの外に広がる町を見た。
ダイナーやパブが中心の町。
建物は低いが
通りは直線が多い。
瓦礫はあるが、視界は開けていて
街の配置はシンプルで整っている。
瑠奈「……この町なら、
対策は立てられる」
誠が小さく頷く。
誠「逃げ道も……分かりやすいです」
錬次「おしっ」
錬次は拳を掌に叩きつけ気合を入れる。
一馬は、
ジョーカーの方を見た。
一馬「とりあえず
クリムゾンムーンの後で。」
ジョーカーは一瞬だけ考え、
短く言った。
ジョーカー「……勝手にしろ。
だが、出来るなら生きて戻れ。
話はそれからだ」
それ以上は言わない。
それで十分だった。
補充を終え、
荷をまとめる。
ギバーの外に出ると、
夕方の光が、町の輪郭を鈍く照らしていた。
時間は、もう多くない。
だが――
準備する猶予は、まだ残っている。
一馬は、
町を見渡しながら小さく息を吐いた。
一馬「よし……
次は“迎え撃つ準備”だな」
みんな黙ってうなずく。
赤い月は、
確実に近づいている。




