DAY31 眠れなかった夜と不意打ちの亡霊
中学生だったころ、
瑠奈は
“優秀な新体操選手”だった。
子供ながらの軽い体重に
柔軟性と、親譲りの運動神経。
何より練習するたびに
体が思うように動くことが、
そのまま世界を
掴むみたいで楽しかった。
リボンが描く軌跡や
スティックのしなり。
跳躍した時の、あの瞬間…
まるで羽根でも
生えたかのような感覚が
瑠奈は大好きだった。
コーチに呼ばれた日、
「ジュニア世界代表候補」
その言葉を聞いた時の胸の熱さは
今でも覚えている。
……でも。
運命は、
簡単に折れる事がある。
繰返す練習に、
成長からくるアンバランス。
着地した瞬間、
バチンッと切れる。
目の前の希望も、
バチンと消えていった。
世界大会は遠ざかり、
推薦も消え、
仲間は先へ進み……
自分だけが取り残された。
そんな気がした。
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高校に入った頃、
友達に勧められた
弓道部に何となく入った。
再び何かを掴まないと
壊れてしまいそうな気がして。
弓道は思ってた以上に、
体の使い方が問われる。
「射法八節…」
姿勢と流れを整え、
心身を統一して矢を放つための基本型
飛んだり跳ねたりはしないが
体をまっすぐ保つための姿勢や
弓を力強く引くための
上半身の使い方。
柔軟性と全身…
そして骨を使う基本動作。
静かな呼吸や弦音…
何より的まで空気を切り
まっすぐ伸びる矢の軌跡。
……嫌いじゃなかった。
新体操みたいに、
自分が舞うわけじゃない。
しかし全身を
上手に使えないと
矢を飛ばす処か
弦すらも引けない。
日々の基礎トレーニングは地味だが
体幹と柔軟性と基本動作…
古傷も忘れるくらいに没頭し、
昔のように
走り飛ぶ事も出来るぐらい回復した。
そう思った矢先、
親の離婚話が持ち上がってくる。
父と母は毎日喧嘩ばかり。
家は冷え切り、
反抗期と現実逃避が
同時に重なっていく。
次第に学校が億劫になり
少しづつ心の感度が鈍くなる。
気づけば瑠奈は
部屋の隅で動けなくなっていた。
そして卒業を迎えた。
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何も成し遂げられなかった
19年間の最後の年。
その虚しさを埋めるように、
夜な夜なネットゲームを開いた。
ゾンビサバイバル。
派手で、雑で、非現実。
でも……気楽だった。
チャットに適当に混ざる。
時々相談…
愚痴に…恋バナ…
何気ない会話に癒され、
泣いた夜もあった。
画面の向こうは
誰か分からない。
なのに、不思議と
安心して話せた。
そんな中で──
一人、よく声を聞く
ようになった配信者がいた。
軽口で、
でも肝心な時だけ真面目で、
絶妙にふざけて、
妙に人を安心させる声。
知り合いでも
友達でもないのに、
いつの間にか気に
なっている相手。
(……あの人、何て名前だったっけ)
記憶の断片に薄く残る
ゲームのハンドルネーム。
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突然目を開けたら、
死んだ世界の草むらに
“寝間着姿”で転がっていた。
夢なのか現実なのか?
妙にリアルな草の匂いに
妙にリアルな温度感…
妙に…
そして、
地獄のサバイバル生活…
廃墟で出会った
ゲーム配信者の声に
そっくりな男。
目の前でウォーカーを
斧でぶっ飛ばしながら
私の名前を呼ぶ!
『ルナッ! 右ッ!』
今は、
ほんの少しだけ笑ってしまう。
あの頃、
画面の前で励ましてくれた
知らない相手。
その相手が、
よりによってこの地獄で
隣に立って戦っているなんて……
人生は本当にくだらなくて、
でもちょっとだけ優しい。
瑠奈「……バカみたい」
意味もなく、
小さくそう呟いた。
だが胸の奥にあるものは、
悔しさでも孤独でもない。
ほんの少し、
“強くなれた気がする自分”だった。
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瑠奈は深く息を吸い、
立ち上がった。
草の匂い。
朝に変わりかける空気。
廃工場の残骸を照らす光。
そしてすぐ横で聞こえてくる、
いつも通りのバカ二人の声。
下りてきて駆けつける誠に
大声で話しかける。
錬次「腹減ったぁ!!
マコちぃぃん!」
一馬「錬次テンション高ぇーよ!
飯しか頭にないのかよ…
あっ!噛み応えのある
塩分高めのジャーキーを
私は所望しております。
えーえーはいっ!はいはい
誠様ぁ?誠様ぁ?」
瑠奈「……はいはい、朝ね」
どうしようもない世界。
でも、歩くしかない世界。
肩の痛みを軽く回し、
隼人の立つ屋根の方を
ちらりと見てから
一馬たちの方へ歩き出した。
(……今日も死なないように頑張るか)
その目は、かつての瑠奈より
ずっと強い光を宿していた。
ジョーカーのギバーまで、
あと半日程度歩かなければならない。
乾いた空気が肌に張りつき、
夕陽が赤茶けた山肌を
なめるように沈んでいく。
廃れた道沿いには、
軒並み潰れたガソリンスタンドや、
屋根の落ちた倉庫が点々と続いていた。
隼人が地図代わりのメモを広げ、
軽く肩をすくめる。
隼人「この辺、夜歩くのはダルいよ。
ほら、あそこ。
スクラップ工場、とりあえず休もうよ」
瑠奈は疲れた顔で頷いた。
誠「さ、賛成です。
もう歩きたくない……足死んでる……」
錬次「そりゃあ俺なんか腹も死んでる!」
瑠奈「……さっき食べたばかりよ!」
一馬は、空を仰ぎ見ながら息を吐く。
一馬(確かに、夜に動くのは得策じゃ無いな…)
喋っている間に
スクラップ工場のガレージが見えてきた。
屋根は傾き、
鉄骨はまるで疲れきった
老人の骨のように曲がっている。
でも、風がしのげるだけで十分だった。
一馬「よしっ、ここで野営!
……増改築自由の敷金礼金0円
倒壊の可能性90%!
だけど寝床が無いよりマシっ!」
錬次「テンちゃん、
それ絶対寝れねえやつ!!」
隼人は笑いながらも、
周囲の音を注意深く聞く。
隼人「……中、俺が先に見る」
その声色には昼間とは違う
軍人のような雰囲気が混ざっていた。
一馬「いや、隼人さんは周囲を警戒して」
一馬は斧を肩に乗せて、
慎重にガレージへ足を踏み入れる。
一馬(…暗いな)
湿った油と錆びた金属の匂い。
どこかで金属が
風でこすれる音。
小さくライトを付けると、
奥に沈んだスクラップの山が、
影を揺らした。
後から瑠奈、錬次、誠が入ってくる。
錬次「……ほら、出てこいっ」
瑠奈「何よ、フラグ立てんな馬鹿ッ!」
一馬「あーあ、また
おバカコンビがもめてますなぁ」
瑠奈「だっ、誰が…」
その瞬間だった。
ギギ……ッ、ガサ……ッ。
スクラップの山が揺れる。
一馬「……ん?んんんんんん?」
一馬「え?動いたよね今?
え?え?何??
まさかね?
いやいやいや、まさかね?」
誠「か、かずまぁ後ろ!!」
ドォォォン!!
まるで鉄の塊が爆ぜるように、
スクラップの陰からゾンビが飛び出した。
油と錆にまみれ、
目だけが異様な白さで光っている。
繋ぎを作業着を着ている大柄なゾンビ!
胸元には「Safety and Security」
(安心…安全…)
が印字されている。
一馬「ぎゃああああああああッッ!?
ちょっ、待っ、誰ぇぇ!?
出てくんなよ!?
作業着パンパンなんですけど!!」
瑠奈「何言ってんのよ!!斧ッ!斧ッ」
斧を構える前に、
ゾンビはすでに目の前。
錬次「うおおお!!キター」
ドゴォォォッ!!
錬次の体当たりが直撃し、
ゾンビがスクラップにめり込む。
だがすぐに起き上がる。
だが起き上がる前に
一馬は斧を引き寄せ、
勢いのまま振り抜いた。
ザシュッッ!!
首が半分飛び、
鉄板に血が弾けた。
一馬「ッッハァ……ッ!!
いやいやいや!!
心臓爆発するかと思った!!
ホラー映画の出方すんなよ!!」
隼人は銃を構えていたが撃たず、
静かに息を吐く。
隼人「……さすが一馬くん」
一馬「いやいやいやッ!
感動させました!?
早すぎて俺自身
びっくりしてます。はい!
…ふぅーー死ぬかと思った。」
誠は震える腕で
スリンガーを構え、
周りを忙しなく見渡す。
瑠奈「……終わった?」
錬次「なんだっ手ごたえ無ぇーな」
隼人「ははっうん。
周りには気配はないね。
……大丈夫、続きはない」
静けさが戻り、
鉄と油の匂いがまた鼻を突いてくる。
一馬は心臓を押さえながら、
壁にもたれてズルズル座り込む。
一馬「もーやだ……
俺、ホラーはマジで無理……
リアルホラーはもっと無理……」
瑠奈「よく言うわよ。
敵の頭ぶっ飛ばすくせに」
一馬「いやあれは火事場の馬鹿力!
いきなりのアピール?
……ガチホラー無理でしょ?」
錬次「テンちゃーん、
さっきの叫び声すげぇ面白かったな!」
一馬「うるせぇ!!」
誠は安堵のため息と一緒に座り込み、
スリンガーをゆっくりしまった。
隼人は入口の影に立ち、
風の流れと物音の消失を確認していた。
隼人「……よし。
今度こそ寝れるよ。大丈夫」
その言い方は妙に優しく、
静けさをまとっていた。
瑠奈「……寝るしかないね」
一馬「だな……
次に叫ぶのは絶対錬次の番だからな」
錬次「俺は叫ばねぇよ!!」
一馬「いやよく吠えているだろっ!」
そんな他愛ない声が、
スクラップのガレージの奥へ
吸い込まれていく。
外は風だけが鳴り、
天井の穴からのぞく夜空には、
月明りに照らされる雲が漂っていた。
こうして、一夜が
静かに…静かに…落ちていく。
その静けさの下で、
それぞれの呼吸だけが、
かろうじて
「生きている」
という事実を刻んでいた。




