DAY26 灰色のベールを割る影
銃声の反響だけが、
夜の底に貼り付いたまま震えていた。
風はほとんど吹いていない。
しかし
“どこかから狙われている”
感覚だけは、
皮膚に薄く残っている。
一馬は斧を構えた姿勢のまま、
ゆっくり息を吐いた。
(まだ……終わってねぇ)
約300メートル先の
小型の商業ビル。
軽食カフェと、
安っぽいアパートのような窓。
その上の屋上に並ぶ室外機。
瑠奈がスリンガーに持ち替え
狙いを澄ます。
カチ、チリ……。
金属の噛む音だけが鋭く響き、
乾いた空気がひとつ震える。
瑠奈の目は
狙撃手がいたであろう建物に
ただまっすぐ向けられている。
瑠奈「行くよ」
一馬「……ああ」
短くそう言うと──
彼女は一気に3発、
石灰弾を撃ち上げた。
パシュッ!
パシュッ!
パシュッ!!
視界が失われる。
白い粉が空中で弾け、
風の流れに乗り、
渦のように散っていく。
続けざまに広範囲を3発…
石灰は“視界を潰すため”の弾。
正面駐車場の間に
不規則な白の膜が広がった。
敵にも、味方にも、
何があるのか分からなくする──
だがそれでいい。
一馬はすぐ近くの
車の影へ滑り込み、
右側の駐車列沿いに低く走り出す。
靴底が湿ったアスファルトに
吸い付くように沈む。
ポルータの体液がまだ熱を持ち、
ところどころ黒く泡立っていた。
(距離を殺す……姿勢は低く……)
左側では、錬次が動く。
錬次と目が合い同時に走り出す。
スレッジを肩に担いだまま、
車と車の隙間を通るたびに、
金属の部品がかすかに触れ合い、
鈍い音を立てていた。
狙撃手には雑音にしか
聞こえないはずだ。
石灰の白煙が広がり、
視界はさらに濁った。
瑠奈はビルを睨んだまま、
次の石灰弾を
装填しながら位置を変えている。
その動きは、
一馬と錬次の左右挟み撃ちと
無言でぴたり合っていた。
一馬は車の影から影へと移動しながら、
煙の揺れを見ていた。
……風向きが微妙に変わる。
……白い粉の流れがわずかに曲がる。
……ビルの淵あたりで影が揺れる“気がした”。
知識でも理屈でもない。
ただ“こういう時は、あそこにいる”
という直観。
(……右…中央…
屋上…室外機……)
確信ではない。
だが視線はそちらへ向いていた。
錬次も煙を背に
反対側から距離を詰める
錬次「テンちゃーん……
突っ込むぞ?……いい?」
声は小さく、
荒さの奥に焦りと直感が混じっている。
一馬は短く答える。
一馬「俺は左から
…お前は右から裏に回れ」
錬次「おうッ」
煙が流れた。
白い川が押し寄せ、
視界が一瞬だけ途切れる。
ビルは目の前
1階はバリケートが
張り巡らされて侵入不可。
ビルの屋上、黒い縁のあたりに──
赤い点がわずかに揺れた。
レーザー?
まだ狙っている?
(……いくぞ)
二人は同時に
建物の敷地へ飛び込んだ。
左から一馬。
右から錬次。
夜気が震えた。
ここからが“反撃”だ。
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夜の冷気は乾いていた。
赤い月光が、商業ビルの
壁を薄く染めている。
「物資の回収…か?
いや、籠城作戦って所だな…」
スコープでセントマーク病院の
様子を見渡す。
セントマーク病院の屋上の
縁に動く人影がひとつ。
さらに3人の出入り…計4名。
そして彼らが何を会話し、
何をしているかは確認しようがない。
しかし自分ルールがある為、
接近はしない。
“接触禁止”
“物資確認待ち”
“騒ぎが落ち着いたら回収”
そして4人は軍でも
傭兵でもない。
ただし盗賊にしては動きが
洗練されすぎている。
セントマーク病院の正面駐車場から
およそ300M離れる小さな商業ビル。
1階のカフェは
補強してあり侵入不可能。
2階の事務所窓には黒い布が貼られ、
侵入口は二重に固定されている。
準備と逃走経路は入念に
目的は物資の回収と
狂乱の血死潮を生存する事
ゾンビの大波がやってくる。
どうせ死ぬだろうから
その後には必ず“空の補給拠点”が残る。
そこには必ず、
死体以外の何か落ちている。
落ち着いて横取りする、
それだけが俺のルール。
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狂乱の血死潮も
いよいよ終盤に差し迫っている。
スコープの先に映るのは、
病院の正面駐車場と
非常用出入口に向かう導線。
そこへ、雑兵ゾンビと赤黒いガスが、
渦を巻くように押し寄せていた。
スナイパーの男はひとつ息を吐き、
視界から霧が晴れるように
“見極め”だけに集中した。
その瞳には恐怖も興奮もない。
ただの“職務”だ。
(……数は少し減ったな。
そろそろ、終わる)
スナイパーはスコープで
病院周辺を再確認した。
視線の先で──
男が走り出してきた、
「……なんだ?なぜ外に…?」
スコープの奥では、
ポルータが膝をついて崩れ
頭蓋に一撃を入れる男の姿…。
その真ん中にいる人影。
白いマスク。
斧を構えた青年。
足場を崩さぬ体幹。
その“動き”を見た瞬間、
スナイパーの眉がわずかに寄った。
(……動きが軽い
なにより攻撃の手順を知っている……?)
「強いな…おもしろい」
彼は迷いなく、
“最優先危険個体”
と判断した。
「……撃つ」
迷いは、一度もなかった。
病院内には4人そのうちの
一人が単独で出てきた。
物資を持って帰るには危険な相手…。
その前に──消す。
スナイパーはスコープを覗き込み、
静かに息を吐いた。
(……撃ち抜く)
次の瞬間。
引き鉄が落ちた。
音速の刃のような弾丸が夜を切り裂く。
白く輝いた瞬間、
太い金属音がビル群に反響する。
キィィィィ
「は?防いだ??」
斧に弾かれた銃弾に
僅かな誤算。
続けざまに2発目…かわされる。
スナイパーは即座に
次弾を装てんしたが、
その“狂い”が一瞬の間を作る。
構えたその瞬間…
スコープから明りが見え反射する。
瑠奈の反撃──
パイプライフルの銃声が
少し遅れてビルに響いた。
狙っていた場所から数十センチ近く
瑠奈の弾丸が、被弾する。
(……位置が割れたか。
仕方ない、離脱だ)
狩りに深追いは禁物。
スナイパーは屋上から
即座に身を引いた。
彼の中に焦りはない。
ただ、淡々と次の行動に移るだけ。
素早く丁寧にライフルを片付ける。
屋上には当然すぐには登れないように
2重に導線を設けてある。
当然逃走経路も確保してある。
(斧で銃弾を防ぐ?)
「ははっ!ありえないが最高ッ!」
偶然にしろ必然にしろ
もうこの場所には要は無い。
男は色づき始めた
空と街に共に消えた。




