DAY25 ブラックアウト
ブラックアウトとは、
意識の灯りが突然ふっと消える現象。
人間は脳に強い衝撃を受けた瞬間、
痛みを感じるより先に“落ちる”。
映像が途中で途切れ、
世界が暗転し、
最後の一秒すら記憶に残らない。
血流でも、酸素不足でもない。
もっと単純で、残酷な理由だ。
脳そのものが壊された瞬間──
意識はサーバーの電源を抜かれたように停止する。
そこに抵抗は存在しない。
反射も、命令も、逃避も届かない。
ブラックアウトは、
“生きている”という意思より速くやってくる。
だからこそこれは、
本人の選択とは
乖離された最後の現象。
唐突に訪れる暗転と静寂。
その静けさだけが、
消された瞬間の“真実”を語る。
暗闇が…ぱちん、
と電源を落とされたかのように消えた。
まばたきの感覚よりも先に、
意識だけが浮き上がる。
何か見えない指が、
後頭部のどこかにある
“再起動スイッチ”を押したように、
世界が音もなく、静かに“点灯”した。
最初に戻ってきたのは匂いだった。
湿った土の、なつかしい呼吸。
裸には慣れたものだが…
胡坐をかいて座り直し頬杖をつく。
夜露を吸った草が
ゆっくりと太陽を受け入れる前の、
あの淡い青臭い香り。
胸の奥にしみこむほどの冷たい空気。
続いて、風。
頬に触れるのは
細く柔らかい風で、
早朝特有の、
色を持つ前の光を運んでくる。
さらに、遠くの空で──
小さな鳥が、
羽根を二回、三回と叩く音。
まるで世界が「起動中」の
サインを出しているように。
一馬はゆっくりと瞼を開けた。
視界に広がるのは、
薄い水色のキャンバスのような空。
雲は裂けた紙片のように千切れ、
その端がゆっくりと
めくれ上がるように形を変えていく。
呼吸をひとつした瞬間、
喉の奥が焼けて軋むような乾きを覚えた。
一馬(……リポイス。5回目……)
見覚えのある草原に、
1日目の、あの温度。
あの湿り気…
朝の匂いが、
皮膚の表面に薄く張り付いてくる。
肩から胸にかけて、
ゆっくりと呼吸が巡り、
肺が新しい空気で膨らむ。
けれど心臓だけは──
前の世界の続きを
打ち続けているかのように、
速く、強く跳ねていた。
上体を起こす。
草の葉が指先に触れ、
細い水滴が皮膚の熱を奪っていく。
まるで“初めての朝”を
そのままコピーしたような、
どこにも傷のない世界。
しかし頭の奥では、
前回の“終わり”だけが
生々しい温度を帯びたまま残っていた。
喉の奥から、
乾いた声がこぼれる。
認めた瞬間──
記憶の扉が、静かに開く。
一馬「……あれは……ブラックアウトだ」
言葉にした瞬間、
背中を冷たい糸がすっと撫でていった。
リポイスが示す“異常さ”を反芻する、
1回目──2回目
序盤で死亡。
病院ルートにすら踏み込めなかった。
実際に効率的に動いた結果、
瑠奈にも誠にも会えず、廃屋で孤独死。
3回目──
2度目セントマーク病院に辿り着き、
終盤で“突然の暗転”。
4回目──
再び病院後半まで到達し、
また同じように“暗転”。
そして………いま。
5回目の冒頭に戻ってきた。
(セントマーク病院まで辿りつけたのは
……後半の2回だけ)
その2回は──
どちらも共通した最後を迎える。
「ポルータ戦の後、外へ出て
2体目を倒した瞬間にブラックアウト…」
つまり、
まったく同じ“場所?”で、
まったく同じ?“殺され方”をしている…
多分、初戦の病院防衛を含め
3度も……………
……………………偶然ではない。
環境の的要因による罠でもない。
ゲームの強制イベントでもない。
インドアの本領発揮!
動画の流し見による、膨大な知識。
ブラックアウト?が、なぜ起こるのか?
ガスで暗転?
いや、もう少し記憶に残っていてもいい。
死角からのゾンビ攻撃…
噛まれる?いや、首の骨が折れる?
一瞬で気を失う…考えづらい。
映画のワンシーンを連想する。
一人称視点でカメラの目の前に
殺し屋が銃を構えて追い込まれる。
淡々とセリフが続き、引き金を引く殺し屋。
撃たれたと同時に画面が暗くなる。
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銃…銃撃…ヘッドショット…狙撃か!?
オンライン参加型のゲームではよくある
プレイヤー殺し専門のユーザー。
他のプレイヤーかNPCかどうかは不明だが。
これは──
“狙われていた”証拠だ。
(……誰かが、俺を見ていた。
位置も……タイミングも……動きも……全部だ)
朝の風が、
草原の表面を静かに波立たせた。
その音に混じって、
ほんの微かに、自分の呼吸が
震えているのが分かる。
一馬「寒ぅぅぅ、こんな時期に
全裸設定ありがとぉー運営様っ!
セクシー監督でもやらせるつもりかよ。」
ここにはまだ、仲間はいない。
瑠奈の声も、
誠の気配も、
錬次の重い足音も。
ローザの病院も、まだ遠い。
すべて“一から辿り直す”必要がある。
そして今回は──
あの狙撃を避けなければ、必ずまた死ぬ。
一馬(……セントマークの後で、
確実に俺を仕留めにきた奴がいる)
気付いた瞬間、
胸の奥でくすぶっていた熱が、
静かに形を取った。
逃げではなく、
恐れでもなく。
“次こそは勝つ”という、
明確な意志だった。
(仕留めてやる──
このルートは、俺が勝つ)
草原の風が、まるで彼の決意に
反応するように方向を変える。
一馬はゆっくりと立ち上がった。
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だが、まだ倒れていない影がひとつ。
3体目のポルータが、
ふらつく体勢のまま立ち上がりかけていた。
(やる……!)
ふらつく影に向かい、
一馬は足場の悪い地面を蹴った。
ポルータの膝が砕けた瞬間、
重い肉の塊がゆっくりと沈んでいった。
酸を噴いていた腹部が
地面に叩きつけられ、
黒い泡を散らしながら痙攣する。
一馬は呼吸を一度止め、
残りの力を搾り出すように
頭蓋へ斧を叩き込んだ。
ズドゥン。
骨の割れる、重い音。
赤黒い霧が揺れ、
月の光がその隙間を裂くように差し込む。
一馬「……はぁ……っ……」
酸の刺激で喉が熱い。
袖の布が溶け、
肌がじりじりと痛んでいた。
周囲の空気が震えた……風。
向きが変わる。
匂いも変わる。
まるで未来の断片を掠め取るように、
肺の奥がざわりと揺れた。
反射で斧を掲げていた。
一馬(……来る──)
直後、世界が裂けた。
キィーーーーーンッ!!
耳を貫く金属音。
何もない空間に、細い閃光が走った。
斧を掲げていなければ、
額を撃ち抜かれていた。
斧の腹に、銃弾の痕が白く刻まれている。
一馬「……はっ……ははっ!」
衝撃で腕が痺れ、
一馬は数歩、後ろへ押し戻された。
狙撃だ。
迷いも、警告も、慈悲もない。
殺すための一撃。
耳鳴りが残る中、
視線の端で角度を計算する。
距離はある……が、角度はわかった!
(屋上じゃない……横だ
……一番近くの小さな商業ビル……!)
そのとき──
駆け寄る足音が一つ。
砂を蹴り、石を跳ね飛ばすリズム。
高い位置から地面へ降り、
さらに前へ前へと加速する足音。
振り返らなくても分かる。
一馬「……瑠奈!」
瑠奈は病院正面の側道を全力で走り、
駐車場へ飛び込んでくる。
後ろに束ねた長い髪が揺れ、
肩のストラップが跳ねる。
体を沈めるように滑り込みながら、
すぐに状況を把握した。
瑠奈「一馬ッ……!」
叫んだ声が風に切り裂かれ、
途中で吹き飛ばされる。
その刹那、
二発目の狙撃が来た。
ピシュッ!
空気を裂く鋭い音。
何となくだが、
一馬は即座に左へ体を投げ、
間一髪、銃弾を避ける。
しかし──
“方向”を確信した。
一馬「ルナぁぁぁ! 右45ッ! 低めの角度ッ!」
瑠奈は反射的に
パイプライフルに持ち替えていた。
瑠奈は滑り込む姿勢のまま、
照準を45度の角度に向ける。
スコープを覗き位置を確認。
一馬の指示した角度に小さな商業施設。
1階に飲食店であった名残と
2階には窓が見える。
そして屋上…
ライトをその方向を照らした瞬間、
相手のスコープが反射して光る。
動きに迷いは一切ない。
地面に片膝をつき、
身体の回転でライフルを“そこ”へ向ける。
「ふぅぅ…スッ」
瑠奈はゆっくり息を吐き
軽く吸って息を止め引き金を引く。
――銃口は、闇の奥。
――見えない敵を正確に捉えていた。
瑠奈のセンスが輝る!
乾いた引き金音が夜を切り裂く。
ドンッ──!
ライフルの反動に肩を預け、
柳のように全身で受け止める。
遅れて、建物の外壁に
跳ね返る金属音の反響。
威嚇狙撃は完璧。
狙撃手の照準を一瞬奪うには十分だった。
瑠奈「まだ……!」
排泄される薬莢に合わせ
2発目の準備に入る。
背後から重い足音が近づく。
「テンちゃーん!行くぞぉ!!」
錬次だ。
スレッジを肩に担ぎ、
ウォーカーを途中で
ぶっ飛ばしながら走ってくる。
相変わらず豪快な奴…。
一馬は、車の影に隠れ
狙撃手が居るであろう方向を静観する。
空に明るみが出てくる。
一馬も瑠奈も警戒は解いていない。
風が揺れた。
匂いが動いた。
ほんの小さな変化。
けれど、それは“未来の断片”に似ていた。
一馬(……終わった…のか)
赤い霧の向こうで、狙撃手が、
“こちらの驚異度”を見直しているのが
空気の温度で分かった。
狂乱の血死潮の夜は過ぎた。




