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DAY24 セントマーク病院⑦

第2波の立ち上がりは

思いのほか静かな状況。


だが、音のない静けさほど、

不気味なものはない。


煙が上がり

焦げた金属の匂いに、

酸の刺激が混ざっている。


空気が重い。


吸うたびに喉の奥が焼けるような…


非常用出入口の

バリケートは半分ほど

破裂の勢いに飛ばされ溶け落ちる。


そこから、

赤黒い霧がじわりと流れ込んでいる。


一馬は、

息を浅くして立ち止まった。


――酸性のガス。

 ポルータの体液が、

 まだ反応してやがる。


壁の一部が泡立ち、

音を立てて崩れていく。


腐蝕が進んでいる証拠だ。


一馬(このままじゃ、

 建物ごと死ぬな……)


ガスを吸わないように

しながら静かに移動する。


喉の奥に血の味が広がる。


錬次は奥の通路で、

スレッジを抱えたまま座り込んでいた。


額の汗が床に落ちる音が、

やけに鮮明に聞こえる。


錬次「おい、テンちゃん……」


息が荒い。


錬次「……あの音、なんだ?

外……花火か?」


一馬「んっ? 何でもない。

まだ残ってる。外で暴れてるかもしれない」


錬次「……そっか……」


言葉のあと、壁に手をつく。

立ち上がろうとして、膝が折れる。


一馬「駄目だ。お前は休め!

今出たら二人とも終わる!」


錬次は、顔をしかめて鼻を鳴らした。


目は虚ろで、

それでも「止まれ」と

言われることにだけ反発していた。


錬次の手足が疲労で震えている。


錬次をなだめ、2階に駆け上がる。


一馬は2階から窓へ近づく。

外の様子を覗き込む。


視線を素早く回す。


誘導導線やその奥、

病院正面の野外パーキング。


赤い月が、

雲の間から滲んでいた。


風は弱いせいもあり、

煙が地面に貼りついて動かない。


地面には膨張した影。


ポルータの残骸が、

まだ(うごめ)いていた。


焦げた腹が呼吸のように膨らみ、

泡を吹いては潰れる。


そのたびに、

周囲の地面が溶けていく。


(内部戦はもう限界だな)


病院の構造は強固でも、

化学腐食には無力。


このまま煙が広がれば、

薬品も医療機器も全滅する可能性。


戦うなら外。


汚染を“病院の外”に閉じ込める。


それが最適解。


一馬(事前に用意しといてよかった…)


リュックを引き寄せ、

金属の擦れる音を確かめる。


斧、弾倉、防塵マスクにゴーグル。


準備を整える動きに、

もう迷いはなかった。


荷物を詰めたリュックから

装備を取り出し準備を整える。


一馬は斧の柄を握り直した。

手汗で滑る。


けれど、その重みが安心感をくれる。


肺の奥が痛む気がする…

吸うたびに鉄の味がした。


一馬「……クソ、考えてる時間もねぇな」


(あの量の酸と毒を、

直接は危険だからな……)


ポルータの耐性を思い出す。


ゲーム時代――

打撃より、破裂させるが正解だった敵。


だが今回は違う。

リアルならではの2次被害。


「……なら、外で仕留める」


呟いた瞬間、

空気が変わった。


強い風と外気が、

腐臭と一緒に吹き込んできた。


風が頬を撫でる。

少し冷たい。


その冷たさが逆に、

意識をはっきりさせた。


下の階に下り

非常用出入口に向かう。


背後から今にも

気を失いそうな錬次の声。


錬次「俺も…後から追いつくよ…」

一馬「……ああ」


一馬は返事だけを残して、

扉の方へ向かった。


赤い煙の向こう、

闇が脈打つように揺れていた。


夜はまだ、終わっていない。


その中心で、

何かが“息をしている”。


扉を押し開けた瞬間、

風が顔を叩いた。


湿った熱気。

酸の臭い。

腐敗した肉と鉄の匂いが混じっている。


夜は赤く濁っていた。


月が血のように滲み、

雲の切れ間から光が落ちている。


一馬は斧を肩に担ぎ、

足を踏み出した。


靴底が、

溶けた床に沈むような音を立てた。


表面がぬるりと滑る。

熱がまだ残っている。


ポルータの残骸は、

建物の正面に転がっていた。


膨らんだ腹が泡を吹き、

液が地面を焦がしている。


周囲のコンクリートが、

酸で黒く染まり、

煙がゆらゆらと立ち上がっていた。


一馬は防塵マスクを着け

一定の距離を取る。


銃を構え、

残骸の動きを観察する。


何もない。


だが、風が運ぶ雰囲気が違う。


風の流れに逆らって、

何かが動いていた。


ぬめるような足音。


ゆっくり、

地面を擦る音。


「まだ、生きてる、のか……」


ポルータの腹部が膨張した。


中から黒い煙が漏れ出す。


パンッ!


破裂音


膿が飛び、

地面に落ちて泡立つ。


酸が跳ね、

小さく爆ぜる音。


一馬は反射的に後ろへ跳ぶ。


斧を立てて、

腕で顔を(かば)う。


火花のような液が、

袖に散った。


幸い小さく弾けただけだった為

だが、皮膚は焼けていない。


「……速攻決める」


非常用出入口に向かう

誘導選を一気に走り抜ける。


燃えそこなったゾンビは

身をかわしながら、駐車場まで一直線に。


少し奥の方から見える巨体。


「二体?三体…かよ……」


手の中の斧が重く感じる。


体が警戒を覚えるより先に、

感覚が“やるしかない”と決めていた。


火は使えない。

爆発は論外。


外とはいえ、

この距離で再び破裂すれば、

壁がもたない。


――物理的打撃で殺す。


判断は即決だった。


ポルータに向かい距離を潰す。


一馬は腰を落とし、

斧の柄を握り直す。


月光が刃を照らし、

反射した光が赤く瞬いた。


腐臭の風が、

わずかに後ろへ流れる。


呼吸のタイミングを合わせる。


(風上は、俺だ)


左のポルータが泡を吹く。


右の影が動いた。

同時に飛び出す。


一馬は走る。


靴がぬかるみを蹴り、

液が飛び散る。


目の前で、

膨張した腹が震えた。


斧を構えた瞬間、

視界の端で光が揺れた。


屋上の方向。

遠くに、誰かの影。


声が聞こえた…気がした。

だが、風に流されて消えた。


(……後でだ)


意識を戻す。


目の前のポルータが

反芻を繰り返すように

細かく動き始める。


ごぽっごぽっ


そして息を吐くように

酸性体液を吐き出した。


ポルータの動きと足元を見ながら

飛ばされる体液の方向を想定し身をかわす。


地面に吐かれた体液が

煙を上げ、泡を吹く。


空気に乗った

酸性の刺激が頬を刺激する。


一馬は跳び込む。


酸の霧を割りながら、

身を低くして刃を振り抜いた。


ズダンッ!


斧がポルータの膝に食い込み

膝の関節を砕く。


支えを失った重い巨体は崩れ

頭の位置が低くなる。


食い込んだ刃を外す勢いで

頭蓋に一撃を食らわす!


感触に手ごたえを感じる。


一馬(押し切る。全力で。)


矢継ぎ早に横から一撃を入れる。


ポルータの体液に

斧の刃の鋭さは失われた。


液が弾け、腕の袖が溶ける。


一馬「はぁはぁはぁ」


腕に焼ける痛みが走るが、

それでも止める気はない!


ブンッ!

ウォーカーの頭が吹き飛ぶ。


残っていたウォーカーが襲ってくるが、

ここまでくると

ウォーカーが雑魚に思える。


煙の中で、

赤い月がゆらいだ。


呼吸が荒くなる。


防塵マスクをしていても

酸の臭いが鼻を刺す気がする。


一馬「お約束ですか?もう一体…

わんこそばのような永久機関…」


軽口が、煙に溶け空へと消えていく。


視界の先で、

もう一体の影が立ち上がる。


夜が再び(うご)く。

空気が震える。

音が近づく。


一馬は、斧を構え直した。

まだ終わっていない。


風が変わる。

匂いが動く。


今宵最後の最狂が、

息を吹き返す。

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