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DAY23 セントマーク病院⑥

通路が赤い。

血と炎の混じった色だ。


一馬は銃を下ろし、息を吐いた。

鼓膜の奥がまだ焼けている。


耳鳴りの隙間で、

壁のひび割れを伝う冷風の音だけが響いた。


錬次は“喚声型”の叫びにより

動き出したゾンビを叩き続けている。


一馬「錬次ッ!もういい落ち着いた!

錬次、もう下がれ」


スレッジを肩に担いだ錬次が、

返事もせず通路の奥から戻ってくる。


顔は煤で黒く、額から血が垂れていた。


一馬「お前……死ぬ気か」


錬次「へへっへへへ……まだ、まだ動ける」


一馬「動ける奴ほど危ねぇんだよ」


短く言い捨て、

一馬は非常用出入口の鉄扉を押さえた。


焦げ跡が残るハンドルは熱い。


肩で押し込み、非常用出入口の

隙間に金属棒を噛ませる。


「ここを閉じる。一旦な」


扉の向こうで、

何かが壁にぶつかる鈍い音がした。


「……これで時間は稼げる」


錬次は壁に背を預け、

荒い息を吐いた。


その呼吸音が、やけに生々しい。


一馬「いいから休め。

お前が倒れたら前が抜ける」


一馬は通路を見渡した。


火は沈み、煙が床を這っている。


戦場が、一瞬だけ静まった。


階段を上がると、

空気の層が変わった。


焦げた臭いの上に、

鉄と薬品の匂いが混ざる。


二階の廊下には、

燃えて出た煙の煤《スス》。


かつての病室だった部屋は

閑散としている。


窓際に寄り、外を見た。


夜空が赤く染まっていた。

炎と煙の境界線が、風で揺れる。


(静かすぎる……)


血死潮(クリムゾンムーン)が続く時間帯だ。


だが、群れの足音が聞こえない。


思わず一馬は壁の端を叩き、

素材の感触を確かめた。


病院の構造は流石に金がかかっていて

思ったより頑丈だ。


(当然か……)


その瞬間、遠くから

腹の底に響くような低い声…


重い何かが……。


一馬「……嫌な声だな」


屋上の風が冷たい。


夜明け前の気配はまだ遠く、

空の端がわずかに赤い。


__________

________

______


しばしの静寂に

誠は火炎瓶の準備をして定位置に戻る。


誠はゆっくりとヘリに立ち

非常用出入口の通路を見下ろした。


そして視線で通路をなぞる様に

遠方方向へピントを合わせる。


大きな体の影が動く…

それはウォーカー達とは違う?


肥満で膨張した腹部が、

脈を打つように震えていた。


腐敗した皮膚が半透明に膨らみ、

内側で泡が破裂している。


いかにもジャンクフードが

好きそうな肥満体系のゾンビ。


誠「……何だ、あれ?

見たとあるような……。」


胸の奥がざわつく。


灯油瓶を取り出し、

震える指で火をつけた。


オレンジの光が

膨れ上がる影を照らす。


誠「動き遅いな、これなら――」


瓶を持ち上げた瞬間…


「誠、待って! それ、違う!」


屋上を警戒していた

瑠奈の声が走る。


声が風にかき消される。


誠「えっ?何っ?

違うって何が…」


瑠奈「火はダメ! あれ、ポルータだ!」


誠「ポ、ポルー…」


その名を聞いても、

誠の脳は追いつかなかった。


彼の目に映るのは、

ただの的だった。


瓶がすでに手から離れる。


火の線が宙に弧を描き、

闇の底へ落ちていく。


微かに瓶が割れる音と共に

ポルータの声が聞こえてくる。


全身が一気に炎に包まれ

焦げ臭い煙が立ち上る。


ポルータはよろよろと動きながら

非常用出入口に近寄っていく。


しかし動きを止め、

膨張し始める…その瞬間(とき)


ドバンッ!


次の瞬間、

重く湿った音が響いた。


空気を切り裂くような、

地上で突然の鈍い音。


一瞬の静寂……


空気が腐るような臭い。

肺の奥を刺す刺激臭。


煙が、ではない何か…

空気そのものが変質していく。


誠「え……っ!?」


誠の喉が焼ける。


誠「ぎっぎもぢわるい…」


ポルータが蓄えた有毒性の体液…

引火と破裂によるガス化の現象…


胸が締め付けられ、

呼吸ができない。


膝が崩れ、視界が滲む。


腐臭と酸が混ざった霧が、

屋上まで流れ込んでくる。


「誠!」

瑠奈が階段を駆け上がる。


布を口に当てながら、

彼の腕を掴んだ。


誠の唇が紫に変わる。


目が焦点を失い、

ゆっくりと倒れ込んだ。


瑠奈「ゴホッ……息しないで!」


命綱を素早く切る。


瑠奈「お、重っ…」


手すり内に引きずり込み、

瑠奈は屋上の陰に身体を運ぶ。


彼女自身も咳き込みながら、

涙で視界が揺れる。


下から聞こえるのは、

粘着質な泡の音。


ポルータの酸性体液が、

床や壁を溶かしていた。


非常口の扉が半分焦げ、

金属が音を立てて歪む。


中のバリケードが溶け落ち、

隙間が生まれる。


一馬がひとつ下の階から叫ぶ。

「瑠奈っ!誠つ!」


瑠奈「ポルータよ!

誠は…ダメ……倒れた!」


一馬「わかってる!ガスを避けろ!

その場を離れろ!いいな?」


煙は通路に流れ込み、

ゆっくりと沈んでいく。


その匂いを嗅ぎつけ、

ゾンビハゲワシが動き出す。


腐臭に誘われて、

ウォーカーたちも再び集まってくる。


ゾンビハゲワシは、二人を中心に

空でくるくる旋回しながら

機会をうかがっている。


瑠奈は弓を構えた。

指が震える。

涙で視界が霞む。


______

________

__________


錬次「おら……来いよ……」


下では錬次が、よろけながらも

スレッジを担ぎ直す


一馬は走り1階まで階段を駆け下りる。


非常用出入口で破裂したポルータの

体液と勢いでバリケートに隙間が出来ている。


一馬は非常用出入口の

隙間を見つめ、歯を食いしばった。


「……第ニ波…来やがった」


何処からか遠吠えが聞こえてきた。


夜の底が、

再び蠢き(うごめき)始めた。

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