DAY21 セントマーク病院④
夜風が冷たい。
錆びた手すりが、指の汗で滑る。
病院の壁をのぼる空気…風が強い。
足元のコンクリが
かすかに震えている。
投下ポイントを見渡せるように
屋上の柵を超え、縁に立っている。
ここには柵がない。
命綱だけが、身体を屋上に繋いでいた。
見下ろすと、
正面より裏手にある
非常用出入口に群れが動いていた。
ウォーカーたちが、
引き寄せられるように進んでくる。
息を呑む。
喉が乾く。
手の中の瓶が冷たい。
灯油の臭いが鼻に刺さる。
(怖い……でも、やるしかない)
この火炎瓶は、
錬次の動きを支える“壁”だ。
炎で通路を塞げば、
奴らは一瞬でも止まる。
脆くなっているゾンビ共は、
燃える事で機動力を削ぐ事が出来る。
その隙を作ることが、
僕の役目だ。
下には仲間がいて、
非常用の出入口を侵入して
最初に錬次が待ち構えている。
錬次が、あの通路で戦っている…
そう想像するだけで足元がすくむ。
一馬が、階段や2階の窓から
防衛線を見ている。
ここで止めなきゃ、終わる。
誠はライターを擦った。
今ではあまり見られないジッポライター。
しかしこんな世界には
とても有能な道具…
炎が、夜風に揺れて細くなるが
それでも、芯が残った。
瓶の布に火を移す。
一瞬でオレンジの光が立つ。
風が吹き上げ、
火が顔に照り返す。
(落ち着け……狙え)
非常階段入口に続くエリア。
金属音と呻きが重なる場所。
ウォーカーの肩が光った。
誠は瓶を振りかぶる。
腕が震える。
狙いを定め、
息を止める。
誠は屋上で瓶を構え、
通路の軸を赤く塗るように火を投げた。
火の弧が夜を裂き、
瓶が侵入導線の地面で割れた。
炎は一瞬で ‘壁’ になった
炎が勢いよく広がり、
ウォーカーたちが燃え上がる。
脆いウォーカーのひざ下が
燃え崩れ、そして倒れこむ。
それをアリでも踏みつけるように
ウォーカーが走り踏みつける。
広いコンクリートの
侵入導線付近には、
乾燥して燃えやすい物を、
ばら撒いてある。
火の勢いが広がり
広範囲でゾンビを燃やす作戦。
そして…相手の特性を活かす作戦…
ゾンビ共の特性は基本、乾燥状態。
油のノッたベーコン状態…
着火剤化のような火の広がり。
悲鳴にも似た音が響いた。
火の粉が風に舞い、
屋上の壁に跳ね返る。
誠はもう一本、瓶を掴んだ。
肩が重い。
足が震える。
それでも、止めない。
下では炎の波が広がる。
焼ける音。
鉄が歪む音。
風がその熱を上に運ぶ。
息が苦しい。
煙が目に染みる。
涙で視界が滲む。
「……頼む、持ってくれ」
次の瓶に火を灯す。
ライターの火が小さく跳ねる。
指先が焦げたように痛い。
「ふ、震えるな~、おぉぉ、落ち着け~」
自分自身に言い聞かせるように呟く。
火炎瓶を投げる。
炎が階段を包む。
金属が赤く光り、
群れが一瞬、動きを止めた。
風が屋上を叩く。
命綱がきしむ。
下から熱が突き上げてくる。
「ゴホッゴホッゴホッゴホッ」
思わず咽てしまう。
舞い上がる炎に昇る黒い煙…
誠は膝をつき、
息を整えた。
火の粉が夜空に散る。
星のように見えた。
その光の下で、
錬次の咆哮が聞こえた気がした。
遠く…遠くに…
でも確かに響いていた。
誠は小さく頷いた。
「……まだ、いける」
立ち上がり、
次の瓶を掴む。
夜が、再びうねり始めた。
風が一段と強くなった。
思わず体が起き上がり、
倒れそうになる。
炎の熱が押し返され、
誠の髪を逆なでした。
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風が、変わった。
瑠奈は弓を下げ、
壁際に身を寄せた。
ここは屋上の一つ下の階。
割れた窓から、夜気が流れ込んでくる。
下では錬次が暴れている。
鉄の打撃音が、
壁を伝って手首まで響いてるような…
窓際から周囲を確認しする。
誠の投げる火炎瓶の音も聞こえる。
割れる音。
燃える音。
群れの悲鳴。
全てが一つのリズムみたいに続いていた。
瑠奈は矢筒を確かめた。
矢は十分に用意してある。
矢はこの世界に置いては合理的な武器
・遠距離
・音はしない
・殺傷能力がある
・クラフトコストが低い
(ここで崩れたら、終わる)
息を整える。
壁のひび割れに影が揺れた。
風が急に荒くなり、
耳の奥で羽ばたきのような音がした。
瑠奈は再び周囲を見渡す。
左右…下…上空…
窓から誠の配置を確認する。
「え?……鳥?」
違うっ!
動きに勢いと重さを感じる…
普通の鳥じゃない!!
屋上の方から、
コンクリートを削るような爪の音。
一瞬、何かが這い上がった気配。
嫌な予感が、背筋を走る。
瑠奈は屋上に向かい走ってていた。
通路を抜け、階段を駆け上がる。
風が逆流し、
煙と焦げた臭いが混ざる。
「誠、無事でいて……」
階段の上から、
火の粉が舞い落ちてくる。
あらかじめ開放してある
扉を潜り抜け、弓を握り直す。
火矢を一本、矢筒から抜く。
油布の匂いが鼻を刺す。
心臓が跳ねた。
焦りよりも、
体が勝手に動く。
屋上の扉を蹴り開けた。
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夜風が顔を叩いた。
闇の中で、
何かが羽を広げていた。
巨大な鳥。
骨の露出した翼。
腐った羽根。
赤い眼。
ゾンビのハゲワシ。
信じられない高さから、
一直線に滑空してくる。
狙いは、自分。
誠「う、そだろ……!」
誠は瓶を落とした。
火炎瓶は壁を転がり落ち割れる。
火の粉が足元で弾ける。
命綱が風に煽られ、
背中の皮膚を引き裂くように締まった。
ハゲワシが突っ込む。
爪が光を裂き、
頬の横を掠めた。
熱い。
皮膚が裂け、血が滲む。
目を開ける暇もない。
羽音が耳を打つ。
誠「うわぁぁっぁああ」
驚きと恐怖に足から力が抜け
尻もちをついてしまう。
そして反射的に頭を抱え丸くなる。
「誠ッ!!」
瑠奈の声が、風の中から響いた。
鋭く、切羽詰まった声。
彼女はすでに弓を構えていた。
視界の端に誠の影、
その頭上を滑る異形の鳥影。
指が勝手に動く。
弦が鳴る音よりも先に、
心臓の鼓動が先に走った。
火矢の先端が夜を裂く。
放たれた瞬間、
風が逆流し、
矢の尾が光の線を引いた。
照準などいらない。
狙うより、感じる。
ハゲワシの翼が砕け、
炎が羽根を呑み込む。
瑠奈(まだだっ!)
走り寄りながら次の矢を射る。
勢いが落ちたハゲワシに追撃を入れる。
息絶えたハゲワシが
羽根を止め、
首から勢いよく
真下に落ちる。
焼けた肉の臭いが風に流れた。
誠「る、瑠奈ちゃん…」
瑠奈は息を吐いた。
目は離さない。
彼女の指先はまだ弦に触れていた
瑠奈「………しッ」
聞き耳を立て周囲の警戒をする。
瑠奈「誠…火炎瓶で援護続けて…」
誠「あっああよし!」
誠は再び火炎瓶を握りしめ放物線を描き
火炎瓶を投下していく。
瑠奈も屋上から火矢を放ち応戦する。
遠くに銃声の音が響く……




