DAY17 夜明けの香り
夜が薄れていく。
空の端が、ゆっくり白んでいった。
焚き火の残り火が、
小さく赤く、息をしている。
その上に、
小さな鉄製ケトルが乗っている。
ケトルがコポコポと
リズミカルに 音をたてる。
金属のマグカップに
お湯が注がれる。
ふわりと漂う、
香ばしい匂い。
(……コーヒー?)
俺は跳ね起きた。
一馬「っあああ……!
この香り……文明のにおいだぁぁぁ!!」
誠「おはよう。一杯どう?」
誠がマグを差し出す。
湯気が白く立ちのぼる。
一馬「うぉぉ……!
これ、コーヒーか?インスタント!?
この世界でこの香りは反則だろ!」
誠「ローザの店で買ったんだ。
高かったけどね。」
一馬「あーいいなぁこの匂い、この感じ」
俺は受け取り、
熱いのも気にせず口をつけた。
苦味とわずかな酸味。
それだけで、
生きてる気がした。
一馬「……これ、神かよ……」
誠「あははそんなに喜んで貰えると
高い買い物したかいがあるよ。」
誠は笑って、
自分のカップを傾けた。
焚き火の火が、
二人のカップを照らす。
その香りに誘われるように、
寝袋がもぞもぞと動く。
瑠奈「……なに、コーヒー?の匂い?」
半分寝ぼけた声。
髪がふわりと揺れ、
彼女が顔を出した。
誠「おはよう。コーヒーいる?」
瑠奈「コーヒーいらない。
ハーブティーがいい。まだあるでしょ?」
一馬「ハーブ?
この荒野にお姫様でも住んでんの?」
瑠奈「……はぁ?
なにその言い方?」
一馬「いや、コーヒーを飲めよ、
コーヒーこそ サバイバーの魂だろ。
戦場の黒い血液だぜ?」
瑠奈「ただのカフェイン中毒でしょ!」
一馬「違う!
これは“闘う者の儀式”だ!」
瑠奈「朝から声でかい!うるさい!」
二人の声が重なる。
誠「あはははははっお腹痛い!」
誠は苦笑しながら、
小さな鍋に湯を足す。
誠「……まったく、
朝から元気だね。」
彼は静かに乾燥ハーブを取り出し、
湯に沈めた。
やがて、
淡い緑の香りが漂いはじめる。
ハーブとコーヒーの匂いが混ざり、
岩陰の空気が少し柔らかくなる。
瑠奈「ふん、そんな苦い汁の
どこがいいのよ」
一馬「さてはお主…
まだまだお子ちゃまですな?」
瑠奈「うっさいっ!」
誠「はいはい、どっちも正解。
今朝は平和だね。」
焚き火の火がぱちりと鳴いた。
周りはまだ暗く薄っすら見える程度、
しかし鳥達の会話が夜明けを知らせる。
夜が薄れはじめた街道。
_____
ひび割れたアスファルトの上を、
三人の影が静かに伸びていく。
先頭を行くのは瑠奈。
軽やかな足取りで、
瓦礫と廃車の隙間を縫うように進む。
誠は中央、
地図を片手に足場を確かめながら進行ルートを確認していた。
一馬は最後尾。
時折、立ち止まって風の流れや匂いを確かめる。
その目だけが妙に落ち着いていた。
(……空気が変わったな)
冷たい夜風に混じる、生温いにおい。
遠くで鉄が擦れるような音。
一馬「……止まれ」
短く放たれた声に、
瑠奈と誠が即座に反応する。
三人の動きが一瞬で止まり、
夜明け前の静寂が訪れた。
瑠奈「……どうしたの?」
一馬「風が…止まってる。
“奴ら”が近い。」
誠が息をのむ。
目を凝らしても何も見えない。
だが、一馬の表情は確信に満ちていた。
廃ビルの陰で、
何かがかすかに動く。
瑠奈「なんなのよ」
一馬「シッ!!」
口元に指を立て音を出すなと促す
瑠奈は弓を構え、
誠は体を低くして背後を見た。
一馬「……三体…か。距離は--」
誠「え? 見えるの?」
一馬「見えねぇけど…なんとなく感じる。」
瑠奈「な、なんとなくって…」
一馬「音の“途切れ方”が変だ。
足並みが不揃い―― 複数いる。」
誠「??……な、なるほど?」
瑠奈「感覚で敵数当てるなっての…」
彼女が小言を言いながら、
矢の角度を微調整する。
緊張感が走る… その瞬間、
奥の路地から影がふらつきながら現れた。
瑠奈が矢を放ち、
鋭い音が夜を裂く。
一本、二本、三本。
倒れた音が遅れて響く。
誠「……当たってる。
全部。さすが!」
瑠奈「まぁ、私の腕がいいからね。」
射貫かれたゾンビに
一馬が一直線に走り出す。
一馬「おりゃ!」
トドメを刺して、
しばらく周りを見渡す。
誠は地図に視線を落とす。
誠「……この先の十字路、
右に抜けた方がいい。
ここから先は音が反響する。」
一馬「了解。」
一馬の声には疲れも焦りもなく、
ただ“当たり前”のような冷静さがあった。
瑠奈「ほんと、あんたって変よね。
怖がるタイミングがズレてる。」
一馬「いや、ビビってるぞ。
ただ、動けなくなるのが一番ヤバいからな。」
誠「……ふふ、合理的だね。」
ふと思う…一馬の動き――
反応が速いとか、勘が鋭いとか、
そんな単純な言葉では片づけられない。
まるで、何かを“先に知っている”ような。
誠(……偶然かな、それとも)
思わず足を止めてしまう。
一馬「誠どうした?」
誠「んっ?あっなんでもないよ。
ゴメン行こうか。」
誠は考えを飲み込み、
背中の荷を締め直した。
道の先で瑠奈が振り返る。
夜明けの光が、
ビルの隙間から差し込んだ。
瓦礫の影が赤く染まり、
その向こうに――
崩れかけた
「セントマーク病院」
の看板が見えた。




