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第一章 役立たずスキルで追放されました


「……ユウ=エストレイン。貴様に告げる。冒険者ギルド・ルーセ支部は、貴様を正式に除籍する」


その声が広場に響いたとき、辺りにいた誰もが、面白そうにこちらを振り返った。


「おい、やっぱりな」「あのスキルじゃ当然だろ」


「感情が見える? はっ、何の役に立つんだよそんなもん」


吐き捨てるような言葉が、いくつも投げられた。


僕はそれを、ただ静かに聞いていた。


立ち止まっても、抵抗しても、どうせ結果は変わらない。


最初から、そう決まっていたようなものだ。


 


「……わかりました」


そう返した僕の声も、周囲の嘲笑に掻き消されていった。


 



 


感情視エモーションサイト》──それが、僕のスキルだった。


人の感情が、色として見える。


怒りは赤。悲しみは青。喜びは黄色。

複雑な思いほど、波形は揺れ、読みにくくなる。


でも、誰かの“心”が揺れた瞬間だけは──

視界の片隅に、確かに色が灯る。


けれどそれは、“戦えないスキル”だった。


治癒もできない。物を動かすこともない。

ただ、心が見えるだけ。


 


だから僕は、ずっと言われてきた。


「お前は役立たずだ」「戦力外だ」「空気を読むだけの奴なんていらない」と。


そして──

今日、それが“正式に”宣言された。


 


冒険者ギルドを追放された僕は、荷物をまとめ、町の門をくぐった。


荷物といっても、ボロ布のような旅装と、硬いパンが二日分。


そして、スキルを記した魔導石がひとつ。

それだけだった。


 


空は晴れていた。


妙に澄んでいて、むしろ腹が立つほどだった。


「……自由って、こんなに静かなもんか」


言葉が風にさらわれていく。


僕の声を、誰も知らない世界へ連れていってくれた。


 



 


森の外れを抜ける頃、僕の視界に奇妙な色が揺れた。


“深く滲んだ青”──それは、悲しみ。

しかも、静かに沈んだまま、出口を持たない重い色。


「……誰か、いるのか?」


声をかけると、茂みの向こうで小さな影が揺れた。


一歩近づくと、葉の隙間から、人影が覗いた。


──少女だった。


歳は、十二、三。

長い黒髪に、薄汚れた服。

裸足のまま、ただ立っていた。


でも、それ以上に気になったのは──

彼女の目の奥に、色が“沈んでいた”ことだった。


言葉はなかった。


けれど、彼女の周囲には深く沈んだ青が、

風の中で微かに揺れていた。


 


「……寒いだろ。これ、使って」


僕は黙って上着を脱ぎ、少女に差し出した。


彼女は戸惑ったまま受け取った。

その手は、氷のように冷たかった。


 


──そのとき、青の波が揺れた。


感情の波形が、微かに変わった。


青に、うっすらと“白”が混じった気がした。


それは、悲しみの色の中に生まれた、

ほんの一滴の“安堵”だった。


 


僕は静かにその波形を見つめながら、心の中で呟いた。


 


(……このスキルは、戦えない。けれど──)


(誰かの心に、触れることはできるんだ)


 


その瞬間、確かに思った。


自分の“意味”は、まだ消えていない。


 


少女は、まだ言葉をくれない。


けれど、彼女の瞳に浮かぶ“色”が、少しだけ揺れていた。


 


──僕の目にだけ見えるその感情は、たしかにそこにあった。


焚き火の火が、ぱち、ぱち、と小さく音を立てていた。


森の外れ、廃れた教会跡。

壁は崩れ、屋根には穴が開いていたけれど、風は少なかった。


少女は、黙って僕の上着にくるまっていた。

その手は、まだ少し震えていた。


火の光が、彼女の頬を照らしている。


だが──その目は、ずっと遠くを見ていた。


 


《感情視》の波形は、まだ“青”。


けれどさっきより、わずかに揺れがあった。


一色だった色に、ほんのわずかに“揺らぎ”がある。


(……なにか、変わろうとしている)


言葉ではなく、色で伝わる心の兆し。


僕は静かに、火に薪を足した。


 



 


「君、名前は?」


問いかけに、少女は一度だけまばたきし、

それから、ごく小さな声で答えた。


「……レナ」


それが、この夜、彼女が初めて発した言葉だった。


 


「レナ、か……いい名前だね」


僕がそう言うと、少女──レナは、顔を伏せたまま、ほんのわずかに肩をすくめた。


視界の片隅で、波形が一瞬だけ揺れた。


白。

青の中に、ほんのりと溶ける、あたたかな白。


それは、気づかれたくないけれど──どこかで、嬉しいと感じている色。


 


《感情視》というスキルを、僕は初めて“嬉しい”と思った。


目に見えることが、こんなにも意味を持つなんて。


「……ずっと、一人だったの?」


レナは、答えない。


でもその代わりに、膝を抱えた腕が、少しだけ強くなった。


 


──青が深くなり、そしてその奥に、滲むような“灰”が混ざった。


(罪悪感、か……)


「……逃げたの?」


その言葉に、レナの身体がわずかに反応する。


返事はなかった。


でも、その沈黙と感情が、すべてを物語っていた。


 


「誰にも責められなくていいよ」


僕は火を見つめながら、ゆっくりと続けた。


「生きてる。それだけで、すごいことなんだ」


 


レナは、何も言わなかった。


でも、波形の青が少しだけ薄れた。


──白が、混ざる。


それはたった数滴。でも、確かにあった。


 



 


しばらくして、レナはぽつりと呟いた。


「……家、燃えた」


「魔物が、来て」


「お父さんも、お母さんも──いなくなった」


 


言葉の端々に、灰と青が揺れていた。


痛み、喪失、言えなかった感情。

それらが、火のゆらぎに乗って、こぼれ落ちていく。


「怖かった。でも、叫べなかった」


「……泣くことも、できなかった」


「だって、泣いたら──本当に終わっちゃう気がして」


 


レナの声は、震えていた。


感情の波形は、青から紫に、そして白に滲みながら揺れていた。


その瞳の端に、ひとすじの“本物の”涙が光っていた。


 


僕は、何も言わなかった。


けれど、その涙が落ちるとき、

視界に浮かぶ波形は、静かに、優しく──色を変えていった。


 


《感情視》のスキルで初めて見た、“癒える”という色だった。


 


 



 


朝が来た。


木漏れ日が、崩れた壁から差し込んでいる。


レナは、僕の上着を丁寧に畳みながら、顔を上げた。


「……ありがとう」


そう言って、ほんの少しだけ笑った。


まだ小さくて、ぎこちない笑顔だったけれど、

そこには、夜を越えた人だけが持つ、かすかな光があった。


「君は、これからどうするの?」


僕の問いに、レナは少しだけ考え込んだあと、ぽつりと答えた。


「……いっしょに行って、いい?」


その声には、昨日とは違う波形があった。


青ではない。


淡い白と、まだ名前のつかない小さな希望の色。


 


「もちろん」


僕は、自然にそう答えていた。


「一人より、ずっといいよ」


 


レナは、何も言わなかったけれど──その表情は、少しだけやわらかかった。


 


僕たちは、廃れた教会跡を後にした。


陽の差す道を、ふたりで歩いていく。


足元の草が、朝露に濡れている。


──その雫さえ、どこか希望の色に見えた。


 



 


自分でも知らなかった。


“感情が見える”だけのスキルが、

こんなふうに、誰かの涙に寄り添えるだなんて。


たとえ戦えなくても。

たとえ誰かに「役立たず」と言われても。


それでも、このスキルには意味がある。


心の波を、感じ取れるということ。


それだけで、救えるものがあるということ。


 


──たとえば、あのときの、少女の涙のように。

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