第八話
再び開かれんとする連合国軍との大戦を前に、キュウカ軍の将兵達は大いに奮い立ちます。
それは又、キュウカ自身にとっても同じで、敵将たるアタウとの決戦を想い、その心に一軍の将として望んでも安くは得られない好敵手との死闘に対する歓喜を抱いていました。
そんな、キュウカの許に祖国であるサ・ルサリアより、使者が送られてきます。
その使者から齎された報せには、女王の名の下にサ・ルサリア諸侯達の援軍が派兵される旨が記されていました。
それを知り喜ぶ者達を前に、キュウカは、僅かばかりの焦燥を洩らします。
キュウカは、そこに女王の意図に反する諸侯達の思惑がある事を見抜いていました。
前面の強敵を前に、味方の内に災いと為り得る患えを持たねばならない事を、キュウカは、危惧せずにはいられませんでした。
キュウカは、密かに諸将を自らの陣営に集めると、祖国からの援軍が信用に値しない事を告げ、これに十分な警戒をするよう命じます。
そして、進軍の歩みを常より遅らせてその行程の半ばに陣営を構えて、そこで祖国からの援軍を迎えるべく待ちました。
数日の後、援軍が到着すると、キュウカは、それを率いる諸侯達を集めて会盟を行います。
その場でキュウカは、集った諸侯達にこの度の東大陸連合軍との戦いに於ける全軍の指揮を執る総大将は飽くまで自分である事を認める旨の誓紙を認めさせると共に、祖国の女王に対し、自分へと全軍を統べる権限を持つ元帥として認める証しに玉杖を授ける事を求めました。
キュウカは、女王への求めが認められ正式に全軍を率いる元帥となると、その証したる玉杖を手に諸侯・諸将達へと軍紀の厳守を命じ、それに反する罪を犯したものは身分の如何なく厳罰に処する事を言い含めました。
それを聴いて諸侯の多くが、その内心で大いに震え上がります。
更にキュウカは、信頼する諸将に諸侯の補佐役を任じると、連合国軍との戦いに臨むべく再び進軍を開始しました。
斥候の報せにより、連合国軍が既に布陣を終え待ち構えている事を知ったキュウカは、自らの眼で敵の布陣を確かめた後、その本陣を敵の眼前に晒す形で布陣を果します。
従う諸侯の内より、その布陣の愚を嘲笑う声が聞こえるとキュウカは、『自分達が先に戦場に至る事を果せていたならば、その有利を活かして敵に奇襲を掛ける策もあったが、思い掛けない来客を迎えなければならず、それも叶わなかった。備えを果した敵を相手に、無駄な策を弄して徒に味方の将兵を疲れさせる訳にもいくまい。ここは、ただ威風堂々として構えているのが上々』と笑って応えました。
これに習い布陣を果したサイフォン以下の諸将の振る舞いにより、敵に一日の有利を許した自軍の動揺を収めたキュウカ軍は、無事にその布陣を終えます。
中央にキュウカの本陣、左右にサイフォン・ウリョウの両陣、その背後にサッペンハイムの諸将が率いる各陣が置かれ、そして、最後列にサ・ルサリア諸侯の陣が配されました。
その陣容を聞き、敵である連合国軍の主将は、味方の全軍を以って最前のキュウカの本陣を衝く策を計りますが、それこそがキュウカの求める所だとアタウに諌められて思い止まります。
自らの本陣を囮に敵を誘い出し、これを破らんとしたその策をアタウに見破られたキュウカは、見張りの兵を立てると、全軍に戦いの英気を養うよう休息を許し、自らも諸侯・諸将を集めて宴席を設け、将兵に酒を振舞いました。
その宴の席で、サッペンハイムの諸将が、大いに酒を楽しみ、自らの芸を披露して場を盛り上げると、キュウカも共に笑い共に喜んで自らも芸を披露して場に華を添えます。
そんなキュウカ達の姿を諸侯達の多くが冷淡視しますが、その諸侯達の中に在って最も若き青年である一人の諸侯がキュウカに問います。
『公爵、否、元帥、我等、諸侯の多くはこれから先の戦いを思って酒の味も楽しめない有様なのに、何故、貴方達はその様に浮かれていられるのですか』と。
それに対し、キュウカは、笑って答えます。
『勝利の既に決した戦いを何故に恐れる必要があろうか。この宴は、その戦勝の前祝。我がサッペンハイムの将兵でこれを楽しまぬ者は、私と戦場を共にした事の無い初陣の者達位であろう』と。
その言葉を聴いて件の諸侯は尚更に、そのキュウカ達の振る舞いを不思議がります。
『やはり、大公は、既にこの戦いの勝利を確信しておられましたか』
サイフォンは、キュウカの口から語られた言葉に、自らの予想通りだった事を喜び、杯を呷って大いに笑い声を上げます。
『何故、戦ってもいないのに勝利を信じられるのですか』
件の諸侯は、キュウカ達の遣り取りを訝り更に尋ねます。
『その答えは唯一つ。それは、敵の大将があのアタウという者ではないからだ』
そう答えて、キュウカは、更に言葉を続けます。
『私も、敵の大将があの者であったならば、実際に戦う前に自らの勝利を信じられはしないであろう。それ程までに、あの者は手強い相手だ。しかし、彼が副将という地位に止められている限り、我が軍の勝利を疑うに理由が無い』
『大公、貴方は仮にあの者が相手で在ろうと勝てる策を既にお持ちなのではありませんか』
サイフォンは、キュウカの心中にある秘策の存在を指摘して、再び酒杯を呷ります。
『如何にも、将たるもの必ず勝てる備えなくして、何故に兵を率いて戦う事を望むモノか。唯、彼の者の苦難を思えば、それを用いるのが忍びないだけだ』
キュウカのその言葉を聴き、サッペンハイムの諸将は、この度の戦いの勝利が疑い無き事を知ります。
そして、その言葉の真実は、この数日の後に交えられる連合国軍との戦いによって示される事になるのでした。
対峙した両軍が互いに動かず相睨み合う事の七日目にして連合国軍に動きがあります。
アタウは、自らが直接にキュウカの許へと赴き、彼を説得する事を主将へと申し出ました。
そして、それを許されると、僅かな護衛の兵のみを連れて、キュウカの本陣の前に進み出でます。
キュウカは、アタウの意図を知ると、自ら親衛騎を連れて彼の求めに応じました。
キュウカの人物をして、深慮遠謀の名賢と讃えたアタウは、その賢明なる者が何故に他国の領土を侵し奪わんとするのかとその過ちを挙げると共に、これ以上の戦いを求めず兵を引く事がその名声を全うする術であると説得します。
それに対しキュウカは、連合国の諸王がサッペンハイムの豊かさを羨み、浅ましくもそれを奪い支配しようとした事を天下の大罪として厳しく咎めました。
アタウは、キュウカの言に一理を認めますが、支配に対し支配を以って報いる事を仁者の行いに違うモノだと説きます。
それに対しキュウカは、東大陸連合国の国力とサ・ルサリアの国力を比べれば、それはまるで『丈夫(大人の男)』と『竪子(子供)』程に力の差があることを挙げ、年長者は年少者を深き愛情を以って教え導く存在であるべきなのに、それに反して弱き者から力尽くで宝物を奪わんとする愚行を指して、憤りを顕わにします。
道理を説かれて言葉を失うアタウに対し、今度は逆にキュウカが何故に将として兵を率い戦うのかを問います。
自らの故国の安寧を護る為だと答えるアタウ。
その言葉を聴いたキュウカの表情には、更なる憤怒が宿ります。
『我が主にして、今は亡きサッペンハイムの大公・フィラムは、その性は穏やかにして和を尊び、何よりもその祖国と領内の平穏を愛し求めた仁君であった。しかし、貴国の暴虐極まりない侵略から領民を護ろうとして戦い、その為に尊き生命を落した。私は、不才なる身なれど、大公より後事を託され、その最後の願いに報いる為、領国の安寧を誓った。嘗て、大公は、救国の志しを抱き集った無頼の徒を統べていた私と領内にて邂逅し、我が身を流浪の者と知りながら、その身分の差を越えて礼節を尽くして臣下に迎え、実の子に対するが如く深き情けを以って報いてくださった。仮令、この戦いが天の意志に逆らう行いであろうとも、私は、亡き大公の恩を裏切り、その最後に誓った約束を違える訳にはいかないのだ。この我が戦いが天下の秩序を乱す振る舞いであり、それを防がんとする貴公に真の大義が在るというならば、私は、我が同胞の自由を守る為に、《軍神》の名を以って貴公に大義を与える天に弓引き、その悪逆の穢れを以って復讐の鬼神と為る事すらこの身の誉としよう。だが、上天は自らが過ち、この世に偽りの王を在らしめた事を恥じ嘆き、我にその偽りの王を討ち、混乱する世界に新たなる秩序を打ち立てるという天命を与えた。アタウよ、私と貴公、天の意志によって選ばれし真の王に仕える者は何れか、ここで決せん!』
キュウカは、その厳しく言い放った言葉と共に乗騎の<白皇>へと鞭を入れ、単騎でアタウと挑みます。
師より託された<烈華槍>を振るい戦うキュウカの武勇は、常の彼の穏やかさとは真逆の熾烈なモノでありました。
その一騎討ちに奮い立つ両軍の将兵の中で、サッペンハイムの諸将達は、キュウカの抱くその意志の貴さに対し、感涙で頬を濡らします。
キュウカの繰り出す攻撃を見事に受け止め凌ぐアタウ、しかし、その心中では、キュウカこそが天の意志に選ばれた真の士であると自らの敗北を悟っていました。
互いに打ち合うこと数十合を数えても尚、キュウカとアタウの一騎打ちに決着は着きませんでした。
『《軍神》キュウカよ。将の戦いは、自らの振るう刃で決するモノに非ず。その用兵の采配を以って決すもの。この勝負、貴公に譲ろう!』
そう言い放ちアタウは、自らの乗騎に鞭を入れ退きます。
陣営に帰還したアタウは、キュウカがその怒りを抑えて自分に情けを掛けた事を心中に察しますが、一軍の将としての務めを全うするべく覚悟を固めました。
そして、キュウカも又、次に相見える時こそがアタウとの真の決着を着ける決戦となる事を予見していました。
こうして、両者の想いがぶつかる決戦の舞台の幕が開かれる事になります。
それは、キュウカの胸に悲しみ深き勝利の痛みを刻み込む事となる戦いでありました。
来る連合国軍との決戦を前に、キュウカは、諸将・諸侯を自らの帷幕に集め、軍議を行います。
それまでのキュウカの知略と采配に集められた者達の多くが、その秘策に期待を寄せていました。
そんな周囲の考えを裏切るように、キュウカは、諸人に連合国攻略の策に対する意見を求めます。
それに対し、ウリョウは、自らが別夜陰に乗じて働隊を率い、敵の本陣を奇襲するという策を計り、サイフォンは、自らを先鋒にして敵の第一陣を破った後、その勢いに乗って全軍で総攻撃を仕掛ける策を計りました。
その両者の策を聴いたキュウカは、ウリョウの策に対しては、敵に備えがある時の危険の大きさを、サイフォンの策に対しては、敵の守りが堅く破れなかった時に敵の反撃を防ぎ切れない事を指摘します。
ならば如何するべきかと問う両将に対し、キュウカは、『敵で最も手強き一軍と最も組み易き一軍を考え挙げよ』と求めました。
思慮の末に諸将は、前者に対してはアタウの率いる一軍を挙げますが、後者に対してはその答えを示せませんでした。
それでも満足そうに頷いたキュウカは、前者をアタウの一軍と認め、後者をそれ以外の全てだと答えます。
そして、更にもう一つ、『敵が私の将としての才覚を如何に評しているか知っているか』と問いました。
その答えを持たぬ諸人に対し、キュウカは、『それは「策を弄するに長けた小賢しき者」』だと笑って答えます。
そして、キュウカは、更に言葉を続けて言います。
『敵軍を率いる諸将は、アタウのみ唯一人を除いて、未だこの私の事を侮り油断している。そして、アタウも又、これまでの私の戦い振りを知るが故に、この度の戦に於いても私が知略を以って策を練り、その策謀によって戦いの勝利を計ると考えて、それを警戒している筈。故に、この度の戦、我等は、正々堂々その正面から敵に挑み、これを討ち破る。勝つ為の術は既に我が胸中に在る。唯、未だ足りておらぬのは、将たる皆の覚悟のみ。諸君、私を信じ、油断無くその采配に従うべし。明日の明朝より前に陣を払い、日が昇ると共に決戦へと臨むべく出発をする。遅れる者在らば、身分の別なくこれを裁く。これより見張りの兵以外の皆に休息を与える故、明日の決戦に向け十分に英気を養え』
そう告げて、キュウカは、軍議を解散させました。
告げられた命令に従い、諸将・諸侯が帷幕より去る中、サイフォンとウリョウの二将だけは、そこに止まり残りました。
二人に言葉を掛けられるより先に、キュウカの方から二人に言葉を掛けます。
それは、二人の慧眼を褒め称える言葉でした。
その言葉によって二人は、キュウカが自分達を使って諸将・諸侯達の意識を改めさせた事を確信しました。
苦笑する二人に対し、キュウカは、『この度の戦は、これまでの戦いとは違い、下手に策謀を廻らせれば、逆にそれを相手に利用されて手痛い反撃を受ける事になるだろう。それ程までに、あのアタウという者の智謀は侮れないという事だ』と告げます。
その言葉を受けて、二人は、其々が真剣な眼差しを向けて問います。
『アタウという者、貴方がそれ程までに恐れるに値する存在なのですか』と。
それに対し、キュウカは、『先の戦で、我が策謀によって瓦解した味方を唯一言のみで甦らせたその将器は、賞賛するより畏怖するに値する見事さであった。彼の者がいなかったならば、あの戦いに於ける勝利でこの度の討伐の大局の全てが我が望みのままになっていた筈。それを思えば、この天の差配を恨まずにはいられない程だ』と答えました。
その言葉に、サイフォンとウリョウは、改めて、アタウに対しキュウカが抱く想いの程を知ります。
二人が抱くその感情を読み取り、キュウカは、穏やかなるその眼差しの内に、熱い想いを宿して告げます。
『確かに、あのアタウという者は手強い敵だ。しかし、我が軍には、彼と彼の率いる連合国軍を討ち破る為の幸いが天より与えられている』と。
その言葉の意味を図りかねる二人に対し、キュウカは、更に言葉を続けます。
『それは、私の許に、何よりも信じ頼れる者達を与えてくれた事だ。サイフォン、ウリョウ、そして、今我が許に在って仕えてくれる諸将達、皆の支えが在ればこそ私は、彼のアタウを破り勝利を得る為の術を見い出せた。先の言に偽りは無い。明日の決戦、必ずや我が軍の勝利で終わる』と。
『《軍神》、貴方という存在に率いられているからこそ、我等は何者をも恐れず、如何なる戦にも望めるのです。そして、それは、貴方に従う全ての将兵とて皆同じです』
『そうです。我等、この戦いが始まった時、否、貴方と出会い仕えると誓った時から、貴方を信じ如何なる戦いに於いても恐れる事無く臨む覚悟を決めております。そして、その覚悟は、この先に何が在ろうとも決して揺らぐ事はありません』
ウリョウ、サイフォン、二人の口から語られたその言葉は、正にキュウカに従う全ての将兵達の想いの代弁でした。
『分かった。私は、その皆より向けられた想いに必ず報いよう。サイフォン、ウリョウ、明日の戦いの勝敗は、お前達二人の働きに掛かっている。その活躍、大いに期待しているぞ!』
示されたそのキュウカの想いの言葉に、二将は頼もしいまで強く頷きます。
それを見たキュウカは、これから臨む決戦に対する勝利を確信しました。
陣を払い出陣したキュウカ軍に対し、連合国軍もこれを迎え撃つべく布陣を改めます。
連合国軍の陣立ては、アタウの一軍を先陣に置き、その後ろに構えた本陣の左右に全軍が置かれるという数の有利を活かしての包囲戦を狙うモノでした。
更には、見渡す限りの広い平原に在りながら、その背後に川を配する背水の布陣にキュウカは、それを計ったアタウの決断に流石と舌を巻きます。
その再び死地に活を得んとするアタウの戦術を前にして、しかしながら、キュウカは、不敵な笑みを以ってそれに挑まんとしました。
キュウカは、諸将・諸侯を集めると、その勝利を決する戦術を指示します。
『サイフォン・ウリョウ、其々に軽騎3千の精鋭を預け先鋒を命じる。死力を尽くして、必ずやアタウの軍を討ち破り、彼の者を虜にせよ!』
『ディフ、重騎2千を預ける。これを率い我が左翼を固めよ!』
『ラズウィル殿、歩兵3千を以って我が右翼を!』
『リレイ、キョウナ、其々に重騎2千と歩兵1千を預ける。我が背中の守りを!』
『ヒユウ、軽騎5千を預ける故、我と共に本陣を衝け!今日こそがお前の宿願を我が前に示す時、その嘗ての言に違わぬ勇猛ぶりを以って、この私にお前こそが最高の剣士であるという証を見せてみよ!』
『諸侯の皆々は後詰として控え、攻撃の好機が訪れたと判断したなら、各々が討って出られよ!』
キュウカの命令を受け、諸将の全員がその戦術を理解し、自らに与えられた使命にその闘志を昂ぶらせて奮い立ちます。
それに満足したキュウカは、自らの率いる親衛騎と本隊の兵達に振り返り、その手にした<烈華槍>を振り上げ叫びます。
『我等本隊は、これより敵の本陣を目掛け突撃を仕掛ける!皆の者、死を恐れるな!死を求めるな!唯生きて勝利の喜びを得る事のみを想え!我等が勝ちは既に決している!この戦いは、その誉を得る為のモノ!皆、共に最高の誉れを掴み取ろうぞ!』
キュウカの宣言に、全軍の皆、手にした武器を天高く振り上げて応えました。
『全軍、突き進め!!』
そのキュウカの号令の許、先鋒の二将が駆け出すと、それに続く形でキュウカの本隊、そしてその左右両翼と後ろを固める諸将の隊が討って出ます。
それはまるで、引き絞られた弓によって放たれる矢の如くに疾く鋭い進撃でした。
アタウは、討って出たキュウカ軍の動きを見て取り、その意図がこちらの包囲に先んじる一転突破の本陣への攻撃だと知ると、主将に何が在ろうとも軽挙妄動する事無く構え続けることを忠告し、キュウカ軍先鋒の進撃を食い止めるべく自らの一軍を率いて出陣しました。
それに対しウリョウは、自らがアタウの攻撃の勢いを止め、サイフォンに敵軍の腹を衝いて切り崩す戦術を計り、サイフォンもそれを面白いと快承して従います。
サイフォンは巧みな手綱捌きで乗騎の騎首を回らせ、率いる兵の機動力を活かした戦術で、アタウの軍を大いに攪乱させます。
そして、その隙を突いたキュウカ軍の本隊は、アタウの背後に在る敵本陣へと突進します。
正にそれは正々堂々たる正面から仕掛ける奇襲の攻撃でありました。
その勢いに浮き足立つ敵軍の兵を相手に、キュウカ・ヒユウの軍は大いに暴れ回り、それによって敵の混乱は更なるモノとなります。
味方の本陣を護ろうと左右に備えていた連合国軍の諸侯が動きますが、ディフ・ラズウィルの二将が率いる軍がこれを阻み、それに続く形で突撃してきたリレイ・キョウナの軍が左右より其々に更なる攻撃を仕掛けます。
背後の川に退路を絶たれ、周囲をキュウカの軍に烈しく攻められた連合国軍の本隊は、進退窮まった事に恐怖を抱いた主将が軍の采配を放棄して逃げ出した事により、完全に浮き足立ちます。
そして、その本隊の壊滅を目の当たりにした他の軍も浮き足立ち、遂にはアタウの軍を除く他の全ての軍が総崩れとなりました。
キュウカは、その戦況を具に見て取ると、配下の将兵の逃げる敵兵への追撃を止め、未だ孤軍奮闘するアタウの軍と戦うサイフォン・ウリョウの二将への援軍を命令します。
そのキュウカの采配を愚として、功を焦り敵軍への追撃に動いた諸侯の兵達は、退路の川に落ちて生命を落すより、戦って生き残る事を考えた敵兵の反撃によって手酷い被害を受けました。
それを見たキュウカは、『追い詰められた獣は、生き残る為に死力を尽くし抵抗をするモノ。これを自らの身を損なわないように狩ろうと求めるならば、無理に追い詰めず、その逃げ道を作る事で生きる希望を与え、それから相手が十分に疲れるまでゆっくりと待って行うモノ。貴殿等は、山野の狩りを嗜まないのか』と鋭く指摘すると、その被害を懼れてそれ以上の追撃を禁じました。
味方の敗走によって孤立無援となったアタウの軍は、キュウカの命令の許、二重三重の囲みを以って包囲されます。
それでも尚、諦めず抵抗して戦い続けるアタウを前にして、キュウカは自らその降服を促すべく彼の許に行きました。
包囲の兵を下がらせ、アタウの前へと進み出たキュウカの口より、彼に対し降服を求める言葉が告げられます。
しかし、アタウは、一軍の将として敵国に降る事は受け入れられぬと、自らの生命を犠牲にしての更なる抵抗の意志を示しました。
その悲壮なる覚悟を受けたキュウカは、烈しい憤怒を以って言い放ちます。
『貴殿は、先ず臣として互いの故国を想う心を以って言を交えた君子の徳を求める論戦で私に敗れ、次に豪傑として自らの意志を以って武器を交えた一騎打ちに敗れ、そして、今、将として自らが求めた己の誇りと故国の威信を懸けて交えた兵を用いる戦いに敗れた。<仁倫>・<武勇>・<知略>、その三度の敗北に恥じる事を知らず、更には、自らの詰まらぬ誇りの為に、自分に従う忠義の将兵の生命を無駄に散らせることを求めるとは、それでも一軍を統べる将か!』
キュウカの口から発せられたその言葉に、アタウは、自らの不明を大いに悟ります。
そして、配下の将兵の生命を救う為、武器を捨てキュウカへと降りました。
キュウカは、降服したアタウとその配下の将兵から、武器のみを取り上げると、アタウを始めとする全員に騎乗を許したまま、敗者に対する縄の縛めも施す事無く共に轡を並べて凱旋の帰路に着きました。
こうしてキュウカは、見事なる勝利を以って、東大陸連合国軍との大戦を制したのでした。
(続く)