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第五話

偽りの降服によって騙し討ちにされたキュウカは、何時しか独り敗走の路を行く身となります。

その戦いの中で負った傷によって気を失った彼は、愛騎<伯皇>に身を任せて落ちて延びました。

そんな彼を助けたのは、秘境に暮らす<深き森の民>と呼ばれる一族の娘、ルィーファでした。

心身共に傷付き疲労するキュウカを手厚く看護するルィーファ。

そのお陰で、キュウカの傷もすっかり癒えました。

感謝し去ろうとするキュウカに対し、ルィーファは、他者の将来を見透かすという自らの神的占術を以ってしても覗い知れない彼の宿命を見極める為、同行をする事を求めました。

ルィーファを伴い味方の陣営に帰還を果たしたキュウカに、未だ殿を務めたサイフォン将軍が帰還していない事が告げられます。

彼が必ず戻る事を信じ、キュウカは、敗残に挫けそうな自軍を鼓舞して、先の敗戦の屈辱を拭う為に再び討って出ました。

騙し討ちによって失った領郡を取り戻したキュウカ軍は、その勝利の勢いに乗って、更に敵の城を攻め落しにかかります。

その時、対峙し相争う両軍の前に突如として現れ、その間に割って入るかの如く進撃してくる一隊がありました。

その隊を率いている者こそ、サイフォン将軍でありました。

彼の帰還に士気が上がるキュウカ軍は、一気に浮き足立った敵軍を蹴散らし、勝利を我が物としました。

無事に帰還したのみに留まらず、落ち延びた先で皇国軍の悪逆な振る舞いを正し、その縁を以って美しき伴侶まで伴って来たサイフォンの活躍を聴き、キュウカは大いに彼を讃えました。

サイフォン将軍の帰還と、連勝に意気が高まるキュウカ軍ですが、その前に大きな敵が立ちはだかります。

それは、西大陸の一国の兵を預かり、その優れた戦の才能を以って、<軍神>の異名を戴く名将・ウリョウの存在でした。

彼と対峙し、その布陣の見事なる事から噂に違わぬ戦才を見抜いたキュウカは、全軍へ慎重に構えて討って出る事を堅く禁じます。

そして、自らは彼を破る策を考える為と告げて、陣営の奥に籠もり、身の回りの世話をする侍臣以外の者とは会いませんでした。

そのことを聞いた敵は、キュウカがウリョウを畏れていると考え、益々以って意気を盛んにしました。

味方にも不安による動揺が見え始める中、キュウカより、七日の後には敵を破るべく討って出るので、それに備えるようにという命令が全軍に下されます。

そして、キュウカは、言葉の通りに、七日目の夜明けと共に突如として、自らの親衛騎を始めとする一隊を率い、単身で討って出ました。

何の策も無い様にすら思える出陣ながらも、諸将は尽く彼の後に従い、討って出ました。

常に違ってその精細を欠くキュウカの采配に、キュウカ軍は徐々に圧され始めます。

キュウカ軍の将兵の心に、敗戦の覚悟が芽生えようとした時、俄かに敵軍の背後より、キュウカの新鋭騎のみに許された将旗を掲げた一隊が現われました。

その隊を率いている将こそ、キュウカ本人であり、本隊に在ったのは、彼の影武者を務めるシェーリーでした。

見事に、味方の将兵共々敵軍を欺いたキュウカは、一気にウリョウの本隊を奇襲し、彼を敗走させました。


キュウカの奇策によって敗れたウリョウは、即断で全軍を撤退させ、堅牢なる城の守りを活かした篭城策を以って、再起の時を狙います。

ウリョウの篭もる城の北と南の背後に連なる支城に控えた敵の増援を知るキュウカは、その先を制するべくサイフォン達を其々に当たらせ、それと同時に敵を降らせる為、水攻めと兵糧攻めを計りました。

キュウカは、全ての備えが整うと、敢て自らの軍を後ろに下げ、ウリョウへと降服の勧告をします。

それに対し、ウリョウは、自らの戦才と将としての器が、キュウカに及ばぬ事を理解し、潔く勧告を受け容れ降服しました。

更に、敗戦の将として、その責を負って死を求めるウリョウに対し、キュウカは、遺恨を捨て自分に仕える事を求めますが、彼は忠節を重んじてそれを拒みます。

キュウカは、その後も、三度に於いて彼に見え、臣として主に過ちあれば、それを厳しく正さなくてはならない事、そして、その悪逆なる主の振る舞いを知りながら、それを正さなかった彼の不明を指して、彼に果たすべき事を果たせと説きました。

大義を以って小義を改める、その理を諭されて、遂にウリョウは再びの出仕を以って、キュウカの助けとなる事を誓いました。

ウリョウは、自ら南北の支城に在る副将達を説いてキュウカに降らせ、無益な血が流される事無く全てを収めました。

強敵と対峙してこれを見事に討ち破り、更には、その敵を己の懐に容れて助けとするキュウカの類い希なる将器を讃え、将兵達はこぞって彼を真に<軍神>の名を戴くに相応しき者として畏れ敬いました。

そして、<軍神>たる彼の声望は、味方のみに聞えるに留まらず、敵にまで響き渡って大いに畏怖させる事となります。

そのキュウカ軍の活躍を助けに、カムサの本軍も大いに勝利を重ね、両軍は遂に、皇国の国都である泰の都の喉下近くにまで、進撃の刃を突きつけるに至りました。

カムサ・キュウカの両軍が迫るのを恐れ、皇国は諸侯に援軍を求めますが、それに応じる者は僅かで、北に在る同盟国を頼る事になりました。

その皇国の動きを知ったキュウカは、敵の備えが固まるのに先んじてそれを制するべく、自らの軍を率い、先陣として討って出ます。

正に破竹の勢いで突き進むキュウカ軍の前に、皇国軍の砦城は次々に陥落されていきました。

その勢いを恐れた皇国は、自軍の主将の一人にして、それまでの遠征に於いて目覚しい働きをしている猛将・ファディンを都に呼び戻し、キュウカの進撃に当たらせます。

皇都の西の関たる砦城を見事に陥落させたキュウカ軍の前に、ファディン率いる皇国軍の主力である総勢5万騎が立ちはだかりました。

それに対するキュウカ軍は、総勢2万余騎にして、劣勢にありました。

敵軍の数が自軍に倍する事を恐れ、慎重な策を計る諸将に対し、キュウカは、敵の数が如何に多くとも、その統率は乱れ士気は自分達に遥かに劣る事を挙げて、大いに勇気づけます。

そして、サイフォン・キョウナ・リレイ・ウリョウと次々に味方の将の名を上げ、その才の長けている所をそれぞれ具に語り、敵に勝ることが甚だしいと褒め称えました。

そのキュウカの言を受け、諸将はその誉れを以って奮い起ちます。

それに満足したキュウカは、将兵を良く休ませると、迷う事無く砦城より出てファディン率いる皇国軍と対峙しました。

両者が軽挙を避けて互いに睨み合う事は数日に及び、キュウカはその睨み合いの中で、勝機に繋がる一因を探し求めます。

そして、それは計らずも、皇国に味方する北の方より現われました。

キュウカが、敵の増援かと危ぶんだその数の2千余からなる一隊を睨む中、それを率いる将は、皇国の兵に対し宣戦の一声を入れると、威風堂々としてキュウカの陣営へと参軍するべく馳せました。

キュウカの陣営に迎えられた件の将・ヨウレイは、その歳の若さに反して穏やかに自らの名乗りを終えると、嘗て<月里の大戦災>の折に、キュウカが官軍の暴虐なる振舞いより、自分の姉を守り助けてくれたことを語りその恩に報いる為に義勇の徒を集い赴いた事を告げました。

その証しとしてヨウレイが示したのは、自らが身に纏った外套であり、それは紛れも無く、嘗てキュウカが、官軍の暴虐なる振舞いに憤り、それを斬って伏せた際に、辱しめを受けようとしていた婦女に対し、罪を謝して渡した自身の外套でした。



ヨウレイとの奇縁とその志しを喜びその参軍を認めるキュウカに対し、ヨウレイは、キュウカより受けた恩に報い、ファディンが皇国の将として自分達に与えた仇を返す為に、先陣を以って敵に中る事を求めます。

その意を受けてキュウカは、これ以上に味方の兵を疲れさせる事を懼れ、決戦の時と決断を下しました。

その言に違わぬ戦い振りによって、先陣の務めを果たしたヨウレイに報いるべく、キュウカ軍の将兵はこぞって勇猛果敢な活躍を示し、ファディンと皇国軍を散々に討ち破りました。

敵将たるファディンを討ち洩らしはしたモノのその戦果は、多大なモノとなります。

キュウカ軍に惨敗した皇国軍は、その追撃を恐れると共に、同盟国の支援を求め、皇都で守りを固めて篭もりました。

敵の援軍を退け、篭城策を破る術を計りながら、最終決戦の備えを整えるキュウカの許に、南方より現れた一軍の存在が知らされます。

その属籍不明の一軍を訝るキュウカに対し、相手より書簡が届けられました。

そこには、キュウカが皇国の悪逆を悪んで兵を挙げながら、その大義を以って皇国の政に取って代わらんとしている疑いがある事、又、その強大なる兵力を一国の王に在らざる身の彼が持つ事の危険性が語られ、それを己の不義と理解するならば、直ぐに兵を退けて皇国と和睦するべきであると記されていました。

そして、更には、これ以上に兵を以って国を騒がせる事を望むのならば、配下の兵と共に、諌めの刃を向けるという宣戦布告の意までも書き列ねられていました。

それを読んだキュウカは、「理を説いて他者を欺き動かし、大義を過ちて徒に戦を弄ぶ。その邪なる事甚だしく、以って天下の愚を冒す者なり」と大いに憤り、キョウナに兵を預け、自らサイフォンと共に、彼等の挑戦を受けるべく出陣します。

そして、キュウカは、敵軍と対峙すると、それを率いる主将たるアガードとエリンに向け、皇国の主たる皇帝がその務めたる天下の政を蔑ろにし、天下の主たる資格を失った事、自らがサ・ルサリア国の大公爵の臣にして、その信を以って兵を預かり、盟友カムサの助けとして兵を率いている事、そして、天下の乱れを前にして、それを鎮める務めを投げ出す事こそ、上天に対する最たる不義の行いだと理を説くと、最後に、彼等の上天の求める所を知らず、人の世の理に溺れ、小義を以って大義と語り、徒に戦を求めたその不明を叱咤しました。

更に示された、天命によって事を決さんと求めるキュウカの揺るぎ無き意志と、それに従う将兵の威風を前に、アガード達は、戦わずして退く道を選びました。

一兵も損ねる事無く事を決したキュウカは、陣営に戻ると諸将を集めて、自らが選んだ一つの決断を告げます。

それは、この戦いの始めとなる「白陽の会盟」にて、自らの恥辱を雪ぐべく、カムサの到着を待たずに、自らが単独で親衛騎を率い、奇襲を以って皇都を陥落させるという奇策の中の奇策でした。

それは、自らの想いを以って、戦に望んだ事に対する決着を着けたいというキュウカの決意でもあり、ここまで自分に従ってくれた将兵を巻き込みたくないという気持ちのあらわれでした。

しかし、それを諸将の誰一人として受け容れようとはしませんでした。

困惑するキュウカに対し、先ず、サイフォンが語ります。

キュウカが、サッペンハイム公の臣として最早、己一人の想いのみに生きる事が許されないこと、そして、自分自身がそれを許せられない事を。

更には、諸将共々が其々に理と自らの想いを以って、キュウカに一軍の将として自分達将兵を率い、正々堂々その恥辱を雪いで欲しいと求めました。

ここに及んで、キュウカは、諸将の想いに感謝し、以って一軍の将として最終決戦に臨む事を決断しました。



配下の将兵を率い、決戦へと臨んだキュウカに対し、皇国軍は援軍を頼みとしての篭城策に出ます。

皇国の都城を囲む事、三日、キュウカは、諸将に命じ、昼夜の機に応じて、敵を攻め続ける事で、相手を疲れさせその士気を挫きました。

キュウカの策を破るべく、皇国軍は、参謀・ハイスの献策により起死回生を計ります。

その術とは、キュウカの出自を彼の配下の将兵へと知らしめ、それによって士気を奪い、内から瓦解させるというものでした。

ハイスは、自ら守衛門の上に昇ると、キュウカが捨子であり、無頼の賊の許で育てられた事を挙げて、彼を罵り嘲笑いました。

それに対し、一切の弁明も語らぬキュウカの姿に、将兵の間に少なからぬ動揺が生まれます。

キュウカ軍に生じた綻びの影を見て取ったハイスは、更に言を重ねてキュウカを侮辱しました。

ハイスの言の前に動揺を増そうとする味方の姿を目の当たりにして、サイフォンは大いに憤り、その烈しい怒りのままに言い放ちます。

それは、彼がキュウカという人物と出会ってより今日に至るまでに見て来た、キュウカの振る舞いを具に語る言葉でした。

そして、彼は最後に、味方の将兵に問います。

皆がここまでキュウカに仕え従った理由は、彼の出自や家柄を慕ってか、それとも彼の人物やその行いを慕ってかと。

それを聴いた諸将は、挙って自らの不明を恥じ、キュウカに対するハイスの言に憤りを示します。

サイフォンは、味方の奮起に満足すると、キュウカの命を待たずして、親衛騎を率いて守衛門に至ると、ハイスに向けてその愚劣さを責める言葉と共に、引き絞った弓から天命に懸けた一矢を放ち、相手の兜を見事に射抜きました。

サイフォンの活躍に勢いを増したキュウカ軍は、囲んだ城門を次々に破り、その中へとなだれ込みました。

キュウカは、逆らう者達のみを退けるように諸将に命じると、自らは最後の決着を着けるべく、親衛騎を率いて宮中に攻め入ります。

行く手を阻む者達を退け、キュウカは、皇国皇帝を宮中の奥に追い詰めました。

公国の主たる者に仕える臣の身に在りながら、その宗主たる自分に刃を向ける事の非を責める皇帝に対し、キュウカは、一国の王とは、そこに住まう者達全ての父であり兄であるべき事を説き、その立場にありながら自らの欲望の為に、子弟たる臣民を虐げた事への罪の重さを語りました。

そして、その罪に対し、臣として人間として、自決を以ってその誇りを全うさせるという最後の情けを示しました。

キュウカが差し出した刃を受け取ると、皇帝は自らの生命を惜しみ、その誇りを捨てて彼へと襲い掛かります。

キュウカは、悲哀と憤りを以って、自らの手により、皇帝の生命を絶ちました。


こうして、「白陽の会盟」に始まったキュウカの雪辱の戦いは、幕を下ろしました。


都の治安の乱れを治め、盟友・カムサの到着を待つキュウカの許に、配下の者より、牢に捕えられていた者が自分に会いたいという申し出をしているという報せが入ります。

何事かと訝りながらも、件の人物の申し入れを受けたキュウカは、その人物が、サッペンハイム公の使いである事に驚き、そして、彼の口から告げられた故国の大事に更に驚かされました。

その報せは、公爵領が、東大陸からの侵略軍に攻められているというモノでした。

それを聴いたキュウカは、迷う事無く自らの為すべきことを決断します。

彼は、配下の諸将を集めると、もたらされた報せについて告げ、自身は直に準備を整えてサ・ルサリアへと帰還する考えを述べました。

キュウカの言葉を聞き及んで、サイフォン・リレイは勿論の事、他の諸将も尽く彼に従う事を望みました。

それに対し、キュウカは、ヨウレイに都の護りを頼み託し、それと共に、カムサへあてた手紙を預けます。

帰還の準備が整うと共に、キュウカは、己に従う将兵と、必要となる軍糧のみを船に載せ、サッペンハイムの窮地にあたるべく、旅立ちました。


キュウカが、去ってより数日の後、都に入ったカムサに、ヨウレイより、キュウカの手紙が渡され、カムサがその手紙を読むと、そこには、急ぐ事の故に挨拶も無く去ったことへの侘びと共に、天に日が昇らぬ事がないという道理が語られておりました。

そして、カムサが、宮中の玉座に至ると、そこには、天命を受けて王となる者が誕生する時に、その瑞兆として現れると言い伝えられる神獣を描いた御旗が掲げられていました。

それにより、キュウカの言わんとする事を理解したカムサは、皇国の領内が治まったのを機として、帝位に上りました。

その即位に臨んだカムサは、集った諸侯・臣民達を前に、その宣言の内にキュウカをして天下第一の名賢と讃えて、広くその功を知らしめました。


(続く)

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